裏の顔
「それで、お二人はヴァンドアからいらしたとのことですが」
司祭が二人を交互に見やりながら言った。
「わたしは……」
口を開きかけたフィナシェを、アサラが目で制した。
フィナシェはその方が都合が良いのかと思い、アサラに従うことにした。
「はい、仕事の関係でヴァンドアからやってきました」
フィナシェが口を閉じたのを確認してか、アサラは司祭にそう答える。
「しばらくの間、ここに置いて欲しいとのことですが……当方もあまり余裕があるわけでもありません。一気に二人も増えるとなると、かなり苦しいのですが」
先程アサラが渡した封筒の中身にそのようなことが書いてあったのか、司祭が心苦しいような顔を作っていた。
「その件でしたら、我々にかかった費用は後程教皇庁へ請求していただいて構いません。我々も手が空いている時はそちらの仕事を手伝いましょう」
アサラはこういった事に手慣れているのか、事務的な態度でそう応じていた。
「そうですか、そういうことでしたら」
そこで、司祭の表情が安堵したようなものへと変わっていた。
フィナシェはその態度に若干の違和感を覚えていた。この教会の備品は分不相応ともいえる物に思えたし、司祭の着ている修道服もフィナシェの物よりは高級な物だった。
この街はノリマに比べれば発展しているし人口も多いから、寄付金も相応にあるだろう。フィナシェのいる教会のように孤児を養っているわけでもないから、金に困っているようには見受けられなかった。
まあ、この司祭が少しばかり金にうるさいだけなのだろう。フィナシェはそう思って、それ以上は考えないことにした。
「失礼します、お茶をお持ちしました」
先程アサラが封筒を渡したシスターが、お茶を持って客間に入ってきた。
かなり手慣れた動作で三人の前にカップを並べると、その中に紅茶を注いだ。
「では、私はこれで」
シスターが一連の動作を終えて部屋から出ていくまで、一分もかからなかっただろうか。あまりの早業にフィナシェは思わず感心していた。
「どうぞ」
司祭に促されて、フィナシェはカップに口を付けた。思っていたよりも良い茶葉を使っていることがわかって、この教会の金銭感覚が少し不安になってしまう。
「随分と良いお茶ですね。普段からこのような物を飲んでいるとしたら、あまり感心できませんが」
アサラも同様のことを思ったのか、司祭に対して刺すような言葉を投げかける。
「いえ、今回はお客様用に特別にお出しした物ですから」
だが、司祭は顔色一つ変えずにそう答えた。
あ、嘘みたいね。本当にこの教会大丈夫かしら。
司祭の言葉が嘘だったので、フィナシェはこの教会の状況が本気で心配になってしまう。自分が心配したところで何の解決にもならないので、わざわざそれを指摘することはしなかった。それに、司祭が嘘をついていると指摘するのも面倒だった。
フィナシェは動作の先が読めるだけではなく、人の言葉の真偽を見抜くことができた。この力に気付いたのはいつの頃だったかは覚えていない。ただ、日々の生活で他人の言葉に違和感があって、それが嘘だったということが多々あったのでそれに気付くことができた。
「そうですか。それならいいのですが。教会は神の教えを説き、人々を導く役割もあります。贅沢をするな、とまでは言いませんが、過ぎたる贅は人々に対して示しがつきませんので」
「はい、それはもちろんです」
アサラは遠回しに贅沢は慎め、と指摘したが司祭は悪びれもせずに答えた。
「では、私達は少し街の様子を見て回ろうと思います。遅くならないうちに戻ってきますよ」
そんな司祭を気にすることもせず、アサラは立ち上がった。
「ちょ、ちょっと。あ、わたしもこれで失礼しますね」
アサラはフィナシェを一瞥することもなく部屋を出ようとするので、フィナシェは慌ててその後を追いかける。
「どういうつもりですか」
フィナシェは無言で教会の外に出たアサラに、非難するような言葉を投げかけた。
「ちょっと、この教会が怪しいかと思いまして」
アサラは周囲を見渡して人がいないことを確認してから、そう答えた。
「怪しい?」
「ええ。少しばかり分不相応な備品に嗜好品。そして、あの司祭の態度。何か裏があるのではないかと思いまして。そうなると、教会の中で話をするのは危険ではないかと」
「わたしは、そこまで考えが至りませんでしたが」
「私が必要以上に気を回し過ぎているだけ、かもしれませんが。用心に越したことはありませんから」
「そこまで気を回す必要があるなんて、今回の依頼は相当に厄介なようですね」
「そうですね。ですから、今回の私の相方には相応の悪魔退治をあてがった、と聞いていましたが。まさか、あなたのような方がいらっしゃるとは予想外でしたよ」
「わたしのことが信用できないと」
そう言われて、フィナシェは厳しい目つきでアサラを見る。背丈が違い過ぎるせいで、見上げるような形になっていた。
「あなたの仕事ぶりを評価した上での人選ですから、あなたに対して疑いは持っていません。ただ、あれだけの仕事をこなしてきた方にしては、少々意外だったといったところですよ」
アサラはフィナシェの経歴を知っているようで、フィナシェの実力を疑っているわけではないらしい。
「まあ、悪魔退治がこんな小柄な女では、疑われても仕方ありませんね」
フィナシェは自嘲気味に言う。
「それ故に、相手を油断させることもできる、とも言えますが。一概に短所ともいえないでしょう……ちょっと、人目に付くようになりましたね。少し、移動しましょうか」
アサラに言われて周囲を見ると、人がまばらながらも行き違いするようになっていた。神父とシスター二人が教会の前で突っ立っているのも怪しまれるだろう。
「はい」
二人は街中へ向けて歩き出す。
「この街も一見すると栄えているように見えますが、実際はどうなのでしょうね」
「ど、言いますと?」
アサラがそんなことを言い出すので、フィナシェはどういうことかと聞いていた。
「こういった繁栄している街には、必ず裏があるものですよ」
「裏、ですか」
アサラの言わんとすることが掴めずに、フィナシェは首をかしげる。
「商店街では人のやり取りがあって、活気もあるように見えますね。ですが、これも表の顔に過ぎません」
フィナシェはアサラの言葉の続きを待った。
「この街を裏で牛耳っているのは、とある悪魔です」
そして、アサラは衝撃的なことを言い放った。