意外な相方
これ以上面倒なことになるのは勘弁願いたいわね。
そう思いつつ、フィナシェは後ろを振り返った。
「神父、様?」
だが、そこに立っていたのは修道服を着ている神父だった。神父には似つかわしくないほど背が高く、フィナシェよりも頭二つ分ほどは高かった。
「なんだよ、のっぽの兄ちゃん。オレ達はこのシスターと遊ぶんだからよ。邪魔するんじゃねえよ」
目の前の男達からしても背が高く見えたようだったが、それでも全くひるんだような様子は見受けられなかった。
「先程から拝見させていただいていましたが、シスターはあなた方の誘いを断っているようにも見えましたが」
神父はこういった荒事にも慣れているのか、男達に凄まれても全く動揺していなかった。
「ああぁ」
「神父の兄ちゃんよぉ、痛い目合わないうちに逃げた方がいいぜ」
男達が神父を取り囲んだ。といっても、三人では完全に囲むこともできなかったが。
「やれやれ、仕方ありませんね」
神父は小さく息を吐くと、腕を伸ばしてフィナシェの手を取った。
「あの」
「逃げますよ」
「は?」
フィナシェが何か言う前に、神父はフィナシェの手を取って走り出した。
「ちょ、ちょっと」
神父の背が高く歩幅も長いこともあって、フィナシェは神父に付いていくだけで精一杯だった。
「おい、待てよ!」
まさか即逃げるとも思っていなかったようで、最初男達は呆気に取られていた。だが、すぐに我に返ったようで二人を追いかけてくる。
「どうするんですか、わたしの足が遅いから追いつかれますよ」
男達が徐々に追いついてきているのを見て、フィナシェは神父にそう言った。神父一人なら余裕で逃げ切れるのだろうが、フィナシェも一緒だとそうはいかなそうだった。
「大丈夫ですよ。そろそろ見えますから」
神父はすっと先を指差した。
「教会?」
神父が指さした先には、大きな教会があった。
教会の前に着いたところで、神父は足を止めた。
「さて、どうしますか。教会の前で騒ぎを起こすのはまずいでしょう」
追いついてきた男達に、神父は穏やかな口調で言った。
「ちっ、覚えてろよ」
さすがにここで騒ぎを起こすのはまずいと思ったのか、男達はありがちな捨て台詞を吐いて逃げていった。
「ありがとうございます」
少し驚かされたが穏便にすんだこともあって、フィナシェは神父に頭を下げた。
「いえ、お役に立てて何よりです。あなたのような可憐な方が、あのような場所に一人でいるのは危ないですから、今後は気を付けてくださいね」
「はい、そうし……」
神父に返事をしようとして、フィナシェの背筋が凍り付いた。
人間じゃ、ない?
目の前にいる神父はどこからどう見ても人間だ。背がかなり高く整った顔立ちに、それを際立たせるような長めの銀髪。修道服は露出が高いわけではないから体型はわかりにくいが、露出している部分からはやや細めの体型だと予想できた。
誰が見ても人間だと答える外見だ。
「どうしましたか」
フィナシェの様子がおかしいことに気付いてか、神父が覗き込むような形で聞いてくる。
「い、いえ。何でもありません」
フィナシェは小さく頭を振った。多分、気のせいだろうと思ったが、神父から感じる違和感は消えなかった。
「そうですか、それならいいのですが。あんな男達に絡まれたのですから、動揺してしまうのも無理からぬことです。しかし、どうして一人であんな場所にいたのですか」
「実は、ノリマの街からやってきまして」
「ノリマ? 随分と遠くからやってきたようですね。まあ、私も人のことは言えませんが」
「あなたもですか?」
「はい、ちょっと厄介な用事を抱えていまして。それで、この教会で待ち合わせをしているのですが」
神父の言葉を聞いて、フィナシェはハッとした。
目の前の神父が今回の仕事仲間だと気付いて、懐から例の封筒を取り出した。
「それは……」
神父はフィナシェが取り出した封筒を凝視した。
「なるほど、あなたが私の待ち人でしたか」
神父もまた、懐から同じ封筒を取り出す。
「まさか、あなたが今回の仕事の関係者だとは思いませんでした。わたしはフィナシェです。よろしくお願いします」
神父が仕事仲間だと確定したので、フィナシェは名乗った上で頭を下げた。
「これはご丁寧にどうも。私はアサラといいます。今後ともよろしくお願いします」
神父はアサラと名乗ると、軽く頭を下げた。
「わたしは今回の依頼について、何も知りません。詳しくはあなたから聞くように指示を受けていますが」
「はい。私の方も、そういう指示を受けています。ここで立ち話をするのもどうかと思いますし、何より他の方に聞かれるとまずいこともあります。ひとまず、この教会に入りましょうか」
「この教会の中で話をするのですか」
「ええ。全ての手筈は整っていますから」
アサラは教会の門をくぐる。
「あ、ちょっと」
フィナシェは慌ててその後を追いかけた。
「あなた達、この教会の人間ではありませんね。勝手に入ってきて、どういうつもりですか」
すぐさま、近くにいたシスターに咎められる。
「これは失礼を。私はアサラという者ですが、これを責任者の方に渡してもらえますか」
アサラはシスターに何かしらの封筒を手渡した。
「これを、ですか」
シスターは怪訝な顔をするが、封筒を見て顔色が変わった。
「すぐさま、司祭様に渡してきます」
まるで飛んでいくような勢いで、この教会の司祭の所へと走っていった。
「一体、何を渡したのです」
あまりのシスターの態度の変わりように、フィナシェは思わずそう聞いていた。
「私はヴァンドアから来ましたので。教皇庁からの封筒ともなれば、邪険にはできないでしょう」
アサラは事も無げに答える。ヴァンドアは教会の総本山ともいえる教皇庁がある都市だ。そこからの封筒ともなれば、シスターの豹変ぶりも理解はできる。
「あなたは教皇庁の所属でしたか」
「いえいえ、所属しているというだけで、下っ端も下っ端ですよ」
アサラはそう謙遜するが、フィナシェはそれを言葉通りには受け止められなかった。嘘を言っていないことはわかるが、ただの下っ端をわざわざ派遣するとも考えにくい。
「お待たせしました。詳しい話を聞きたいので、こちらにいらしてください」
この教会の責任者であろう司祭がやってきた。
「では案内お願いします」
「こちらへどうぞ」
司祭に案内されて、二人は客間らしき場所へと通された。
「今お茶を用意させていますから、おかけになって少しお待ちください」
司祭に促されて、二人は椅子に腰かけた。