村が壊滅した日
「どういうこと、なの」
母親に言われた用事を済ませて戻ってきたフィナシェは、村の惨状を見て唖然としていた。手に持っていた籠が滑り落ちるようにして地面に落ちた。
出かける前までは、小さいながらも至って平和な村だった。決して豊かな暮らしをしていたわけではないが両親は優しかったし、他の村人達もフィナシェに良くしてくれていた。
これといったものがない村でもあったため、若者の大半は成人すると村を出ていってしまう。そういったこともあって村に若者は少なかったが、その分大人達は残っている子供達を可愛がっているようだった。フィナシェも友人に恵まれて、昨日も仲良く遊んだばかりだ。
そんな村の面影は、一切残っていない。
あるのは無残に壊された家や、燃え盛る家。そして、あちこちに転がっている死体の数々。その中に友人の姿を見つけて、フィナシェは駆け寄っていた。
「ねえ、何があったの」
フィナシェは必死になって友人の体を揺さぶった。目立った外傷はないが、その目は虚ろで何を見ているかもわからない。数回体を揺さぶったが、全く反応が無かった。
「死んで、いるの」
友人が死んでいることに気付いて、フィナシェの体から力が抜ける。友人の体がフィナシェの手を離れて地面に落ちた。
「お父さん、お母さん」
そこで、フィナシェは両親の無事が気になった。
村の惨状を目の当たりにしながら、自分の家まで走った。
「お父さん!!」
家の前で、父親が倒れていた。フィナシェが駆け寄ると、僅かながら息があった。
「フィナシェ……か。もう、この村は駄目だ。お前だけでも、逃げなさい」
フィナシェの姿を見ると、父親は弱々しくそう言った。
「お父さんも、一緒に」
「俺は、もう駄目だ。母さんも、息はないだろう。だから、お前だけでも……」
父親はそこで事切れた。
「お父さん? お父さん!!」
フィナシェは泣きながら父親に縋りついた。
「フィナシェ、戻ってきたのね」
母親が体を引きずるようにして、家の中から出てきた。上半身が血まみれで、相当な重症だということが一目でわかった。
「あなたが出かけている時に、悪魔がこの村を襲って……」
「悪魔が?」
悪魔が村を襲ったと聞いて、フィナシェは周囲を見渡した。見える範囲では、その悪魔の姿は確認できなかった。
「もう、この村は終わりよ。だから、あなただけでも……」
母親の言葉は最後まで続かなかった。
突如として現れた悪魔が、母親の頭を叩き潰したからだ。
母親が物言わぬ姿になったのを目の当たりにして、フィナシェは言葉を失った。
「まだ、生き残りがいたか」
悪魔はフィナシェの姿を見ると、不気味な笑みを浮かべた。
「どうして、こんな酷いことを」
フィナシェは思わずそう叫んでいた。
「どうして、だと。そんなことはオレが楽しいからに決まっているだろう。他に理由があるとでも」
悪魔は小馬鹿にしたように返す。
「こんな小さな村を襲って、何が楽しいのよ」
「悪魔が人間を襲うのに、理由が必要か」
悪魔が心底からそう思っていることがわかって、フィナシェは体を震わせた。いくらお互いに相容れない存在とはいえ、こんな理不尽なことが曲がり通っていいはずがない。
「どうやら、お前で最後のようだな。せっかくだから、お前の悲鳴や骨が折れる音、体が千切れる様を楽しませてもらうとするか」
悪魔がそう言うのを聞いて、フィナシェは自分の運命を悟っていた。この悪魔からはどうやっても逃げられない。そして、悪魔の言うように自分は無残に殺される。
「だからって、そう簡単に殺されてたまるものですか」
フィナシェは悪魔に背を向けて逃げることはせず、対面したまま後ずさりした。
「ほう、少しは考えているようだな。一目散に逃げるようなら、背後から襲ってやろうと思っていたが」
それを見て、悪魔は意外そうに言った。
「だが、寿命が少し伸びただけだな」
悪魔はフィナシェの肩口目掛けて腕を振り下ろした。
だが、フィナシェはまるでその動きを読んでいたかのように動いていた。悪魔が動く前に、その腕の軌道から外れていた。
悪魔の腕は空を切って地面に大穴を開けた。
「妙だな。まるで、オレの動きがわかっていたかのような動きだ」
自分の攻撃があり得ないようなかわされ方をしたのを見て、悪魔は怪訝な表情をしていた。
フィナシェのような年端もいかない少女に、自分の攻撃を見てからかわすような体捌きができるはずもない。
だが、フィナシェは攻撃が来る位置を察知していたかのような動きをしてみせた。
「偶然、か」
悪魔はさして気にも留めず、フィナシェとの間合いを徐々に詰め始めた。
何か使えるものはないかと、フィナシェは周囲を見渡した。すぐ近くに燃え盛る家があるのが目に入った。
フィナシェは悪魔に気付かれないように、その家の近くまで後ずさりする。
「わたしのような小娘相手に、随分と慎重ね。そろそろ本気で来たらどう」
そして、頃合いを見計らって悪魔を挑発した。
「そんなに死にたいか。いいだろう」
悪魔はいとも簡単に挑発に乗った。フィナシェのような小娘に何かできるとも思っていないのだろう。
悪魔は腕を大きく振り上げると、フィナシェの顔に振り下ろした。
フィナシェはまたもそれを読んでいたかのように動くと、悪魔の足に自分の足を引っかけた。
悪魔は体勢を崩して、そのまま燃え盛る家に突っ込んだ。燃え盛る家は脆くなっていたこともあって、大きな音を立てて崩れ落ちた。
それを見て、フィナシェは全力で走り出した。
どれだけ時間を稼げるかはわからないが、少なくとも村の外に出るくらいの時間はあるだろう。
そして、もう少しで村の外に出られる、そう思った時。
「やってくれたな。もう楽に死ねるとは思うなよ」
悪魔が恐ろしい形相でフィナシェの背後に立っていた。燃え盛る家にまともに突っ込んだのに、さしてダメージを受けているようには見えなかった。
それを見てフィナシェはもう終わった、と感じていた。自分にできる最大限のことはしたが、それでもこの悪魔の足元にすら及ばなかった、それだけの話だ。
「そこまでだ。これ以上、好き勝手はさせない」
だが、運命はフィナシェを見捨てていなかったらしい。二十代前半くらいの青年が、フィナシェと悪魔の間に割って入っていた。