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その頃、神殿では。
聖女ビクトリアの世話を任されている神官たちがバタバタと走り回っていた。
「その髪飾りじゃなくて生花をつけて。あの方に会うのにこれじゃあ、あんまりよ」
元庶民であるビクトリアは華美な装飾品はもっていなかった。かといって着飾らないのはあり得ない。王が精霊樹に触れることを許したのだ。正確には精霊に東の森で何があったか聞き出せ、とのことだが。
「あの方に釣り合おうなんて烏滸がましいけど、せめてできる限り綺麗にして会いたいの」
そう、私は恋をしている。叶うわけない恋。初めてあの方に会った瞬間に恋してしまった。
聖女の正装である真っ白のドレスに、神殿の中庭に少し咲いていた白い薔薇を髪にさしてもらった。
「よし!行ってくるわ!!」
バチンと両頬を叩くと、私はドレスの裾を引きずりながら神殿の最奥に向かった。世話役の神官たちが皆、羨ましいような、微笑ましいような顔をしていたことは知らずに。
神殿の限られた者しか入れない庭園の真ん中に、精霊樹はたたずんでいる。
私は緊張で震える手を精霊樹の幹にそっと置いた。その瞬間下から巻き上げるような風が吹いて、思わず目を瞑る。すぐに目を開ければ、目の前に恋い焦がれた方がいた。
「やあ、久しぶりだね。僕の可愛いビクトリア」
「はっはいっ」
思わず声が上ずってしまった。だってこんなに美しい方を知らない。神秘的な褐色の肌に、深緑の髪。それに炎のような赤い瞳。
「来ると思っていたよ。東の森の件だね?」
「ひゃいっ!」
今度は盛大に噛んでしまった。どうしたら上手く話せるのだろう。心臓がバクバクと変な音をたてていて、背中にじっとり汗もかいている。
「そんなに緊張しなくていいのに」
精霊様の手が頬に触れた。その瞬間、私は大きく後ろに飛び退く。
「ご、こめんにゃさい!! そのっびっくりして……」
精霊様は目を瞬かせると、素敵な笑顔で笑った。
「本当に可愛い子だね、ビクトリア」
「い、いえ……そんなっ」
「……さて、本題に入ろう。いいかい、王にはこう伝えてるんだよ。『東の森では何もなかった。ただ私の同胞が長い眠りから覚めただけだ』とね」
「はい、精霊様。必ずその通りに伝えましゅっ」
「ビクトリア。僕のことはアウローラと呼んでほしいと前に言ったはずだよね?」
「ふぇっ…………」
色香を含むその笑顔に思わず変な声が出てしまった。喉がカラカラに干上がって声が出ない。パクパクと口を動かしなんとか声を絞り出した。
「アウローラ様…………」
「うん?なんだい?」
「こ、これで失礼します!!!」
私はもういっぱいいっぱいになって、その場から逃げ出したのだった。
恥ずかしい!もっとちゃんと話せると思っていた。もっとあの方の顔を見て置けばよかった。触れられた頬に手をおく。
「今日は顔を洗えないわ…………」