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「エステル、ここはすごいね」
『何がだ』
「住んでた村はこんなに、木がなかったし、美味しいものもなかった」
『そうか』
私は嬉しかった。短い言葉だが相づちを打ってくれ、いつも隣にいてくれる相手ができたことが。今まで友達ができたことがなかった。エステルは私の初めての友達である。
ここに来て20日がたった。ここは楽しくてよく歌を歌ってしまう。食べたものが美味しい時。火を上手くつけられた時。肌寒い夜にエステルがそばで寝てくれる時。
『……ぶつかるぞ』
そう言われて前を見ると目の前に木があった。
どうやらぼーっとしていてようだ。
「ありがとう、エステル」
エステルの耳の後ろを撫でるとぶわっと毛が逆立った。
『不用意に触れるな』
「ご、ごめんなさい。驚かせちゃったね……」
エステルはふんっと鼻を鳴らすと、少し早足になる。私も置いていかれないように追いかけた。
しばらく歩くと、大きな木の前にでた。
『この精霊樹の周りは食べれるものが多い。ここだけは前から瘴気が薄かった』
「そうなんだ。教えてくれてありがとう、エステル」
笑ったつもりだが顔がひきつっていないだろうか。長いこと表情を顔に出したことがないせいか、顔の筋肉がピクピクする。
『……この国の精霊樹は王宮と神殿、あとはここにしかない。この樹には精霊が宿りこの場所を護ろうとしている』
「ここは何か特別な場所なの?」
『…………さあな。それより採らなくていいのか?今日の夕飯』
「え、あっ、ちょっと待ってて~」
私は慌てて、茸や食べられる葉を採る。採りながらも時折、精霊樹を見上げた。
いったいいつからここに生えているのか。いつからこの森を護っているのか。きっと私が思い付かないほど昔からたった1人で…………
そう思ったら、自然と声がでた。
「この大地に根付きし精霊よ、汝に応え我の力を授けん─────」
そう言ったとたんに、目の前の精霊樹が光った気がした。
「……ラ…………エラ」
「…………誰?」
目が開かない。体も動かない。誰かが側で私を呼んでいる。
「ありがとう。君のおかけでこの森は助かったよ」
誰かが頭を撫でている。暖かいくて大きな手……
「何かお礼ができればいいんだけど。今は森のことで手一杯なんだ、ごめんね」
いいの。たくさん美味しいものも、友達ももらった。あなたが護っていた森を私も護れて嬉しい。
「ありがとう。じゃあせめてこれだけでも……」
フワリと木の香りがして、額に何か柔らかいものが押し当てられた。
「僕の名前はケミルス。この森にいる間、君が呼べば必ず助けに行くよ」
その声を最後にして私の意識は途絶えた。
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あの人間の子が何か言った途端に、精霊樹が光った。光に目を細めると樹の中から、半透明の男が顔を出した。
「君もありがとう。彼女をここにつれてきてくれて」
『……まさか精霊樹の精霊か?』
男は小さく頷いた。
「僕の力だけでは今の状態をあと5年ほど保つのがやっとだった」
『……それほどにか』
「ああ。僕もこの森と死ぬのだと思っていたのだけど…………」
男はいつの間にか倒れていた人間の子の方を見た。
「彼女は凄い力の持ち主だ」
『それは私も知っている』
あの人間の子が訪れ、歌った場所は狭い範囲だが瘴気が湧かない。その周りも丸1日は瘴気が薄い。
「……ここが変われば人間たちが来る。彼女を利用しようと思う輩もいるだろう」
『…………』
「僕はここから動けない。どうか彼女を護ってくれないか」
『……なぜ私が? 私もこの人間の子を利用しているだけだ』
この人間の子がいれば泉の水が飲め、遠くの川まで行かなくていい。自分には扱えない火を使える。食うものがなければ非常食にもなる。ただそれだけのことだ。
「ふふふっ……ならそれでもいい、彼女のそばにいてあげてほしい」
『…………それくらいなら、してやらんこともない』
そう言うと、精霊はなにやら可笑しそうに笑みを浮かべてまた樹の中に戻っていった。