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「アレ?」
『アレを知らんのか?』
狼と2人で首をかしげる。アレとはなんのことだろう。
『……もしや渡り人の伝説も知らぬのか?』
「なに……それ?」
『……知らぬなら良い』
狼は一瞬顔をしかめると周りを見回した。
『ここだけ瘴気がない。お前が何かしたのか?』
「………………しょうきって……なに?」
狼を見上げた私の目と、狼の金色の目が合う。狼は数回瞬きをすると、急に笑だした。
『ふははははっ、お前っ知らずに祓っていたのか?』
よほど面白かったのか、姿勢を崩しお腹を押さえている。私は恥ずかしいような、ムカムカするような、初めての感情に戸惑いうつむいた。
『力はあるのに知識はないのか……それならば私が教えてやろう。丁度いい暇潰しだ』
にんまりと笑った狼はどうみても悪い狼だったが、行くあてのない自分に何か教えてくれるのなら、それもいいかと思ってしまった。
「……ありがとう?……えっと……名前は?」
『……名などない、好きに呼べ』
「…………じゃ、じゃあ毛並みが銀色で目も金色だから『エステル』」
そう言った私を見て、狼は困ったように前足で頭を掻いていた。
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「おかしい…………昨年まであんなに豊作だったのに」
急に作物が枯れ始めた。雨も降り土の状態も特段変わった所はない。ならば作物が何らかの影響で、病にかかったと考えるしかない。
「村長、ちょっとお話が……」
「どうした?」
「実は母親が……」
「えっ……うちも」
「俺の父親も……」
皆口々に高齢の両親の調子が悪いという。それも腹や胸などが痛いという訳ではないらしい。熱はないが、体がだるく食欲もないという。なかにはそれが原因でかなり衰弱している者もいるらしい。
「そりゃ歳だからっていうのもあるだろうが、こんなに一斉に弱るものか?」
誰かがそう言うと皆不安そうな顔をした。
「大丈夫だ。備蓄はたくさんあるし、隣村に良い医者がいる。何も心配ない」
私は皆を励ますように言った。
皆はいくらか安堵したように頷いて、自分たちの家に帰って行った。
1人になった私は小さくため息をつくと、枯れた作物を見回った。その時何故かエラのことが頭をかすめたが、このときの私は気にもとめなかった。