地球を滅ぼしに来た生命体は感情を知らない美しい少女でした。悩んだ俺はとりあえず彼女にファミチキを食べさせた
世界終焉の時が訪れたらなんてくだらないことを面白おかしく話せるのは、多分この国が平和だからである。
たらればの話をしても仕方ないのことだけれど、もしこの国が絶望に満ちていたならば大衆が考えることは幸福な妄想に他ならないからだ。
ないものねだりというのは誰しもがしてしまう愚かな行為であり人間だけに許された贅沢な悩みであるとも言えよう。
しかし、そんな日々は1人の少女によって崩れさることとなる。
「たった1人の少女により、首都は陥落しました」
テレビに映し出される首都の無惨な光景に思わずカレンダーを2度見した。
今日がエイプリルフールなのか、もしくは壮大なドッキリの企画ではないのか、確認したくてもあいにく俺は首都からは離れた都市で暮らしている。
こういうときに落ち着いた判断力があればよかったのだが、所詮井の中の蛙でしかない俺はあたふたするしか脳のないコピーロボットへと成り下がっていた。
(そうだ。Twitterだ)
急いで開いたページには少女のトレンドで埋め尽くされていた。
【首都崩壊】【日本終了のお知らせ】【空飛ぶ天使】【悲報 小型核の無効化】【人の形をした悪魔】
「なんだよ……これ」
膨大な数の画像や悲惨な呟き、どう考えてもドッキリとは思えない。
見知ったビルや建物が原型をとどめない灰色の骸へと変化している。
〖これが諸悪の根源です〗
そう呟かれた文字の下には宙を舞う1人の少女が映し出されていた。
外見は小学生から中学生ぐらいだろうか。
白い髪に藍色の瞳をもつ美しい少女。
一目見て地球人ではないことが分かった。
この世に生きるものとは思えないほど儚げで心を宿していない機械人形のように思えたからだ。
「一体どうしろってんだよ……」
地球上の軍事力をもってしても抑えられないような言わば天災と呼ぶに相応しい1人の少女の存在を自分たちは指を加えながら見ていることしかできないのだろうか。
それは即ち本質的に死を意味しているわけで、傍観者に徹するということは理不尽に突きつけられた余命宣告を受け入れることに等しかった。
さっきから離れて暮らす家族からの着信が鳴り止まない。
しかし、未だ現実を受け入れられない俺はそれどころではなかった。
今は他人の心配よりも自分の精神の維持でいっぱいいっぱいだったからだ。
「とりあえずコンビニ行くか」
こんな時でさえ、空腹すらろくにコントロールできそうにない自分というちっぽけな存在に絶望しそうになる。
俺みたいな奴がごまんといる人類が果たして未知の侵略者に太刀打ちできるのだろうか。
もしかしたらこれが最後の晩餐になるかもしれない。
目に付いた物はとにかくカゴに詰め込んで口座からは全額お金を引き出した。
少し驚いたのが食料が普段通りに店内に置かれていることだ。
日本人の思考で言えばこういう時こそ買い占めをしてもおかしくないと思うのだが。
まぁそれだけ沢山の人間が絶望してパニックになるよりも先に諦めてしまったのかもしれない。
首都は壊滅したというのになんというか冷めているんだなと思った。
今自分に何が出来るのか、そう考えた時にとりあえず経済を回すことを思いついた俺を誰が責められようか。
「ファミチキ全部ください」
手荷物をパンパンに抱えて近くの公園へと向かう。
なんとなく家に帰るのが億劫に感じたからだ。
俺にとって多分家に帰ることが現実の象徴で、だからこそ逃避したかったのかもしれない。
1歩1歩進むごとに鉛を詰め込んだ靴を履いているかのごとくその足取りはとても重く感じた。
正直に言おう。
俺は意地で歩いていた。
お偉いさんや国民や滅んでしまった首都にも、言いようのない怒りと虚しさを感じていた。
確かに侵略者が1番悪いと思う。
けれど、だからといって野次を飛ばし一向に協力しようとしない国民性にも問題があると思うのだ。
無謀なのは明白だし結果的に自分たちの死期を早めてしまうかもしれない。
それでも、いや、だからこそ全員で結束して立ち向かうべきだとは思わないのだろうか。
たった1人の少女に世界を明け渡してしまうような自分たちをとても情けなく感じた。
「ちくしょう!!」
誰一人居ない公園で俺は大声を出して叫んだ。
心に蓄積された膿を全て吐き出すかのように。
しかし、それは死神を呼ぶ方舟だったようだ。
「7744422224」
その声を人体が聞き取るのを拒絶しているかのように、目の前の少女の話す言葉をまるで理解出来なかった。
そして、その少女とはまさに首都を滅ぼした白い髪の少女だった。
「あ……」
言葉にならない情けない声が意思と反してぽろりと零れ出る。
瞳に映る少女はいっそ清々しいほどに美しく感じるのに、本能だけが必死に許容することを拒んでいる。
「388811159」
少女はそう呟くと俺の前に手をかざした。
死ぬ時って案外こういうものなのかもしれないな。
俺が死んだ経験がないだけで実際は多くの人々が劇的に死んでいるのかもしれない。
普通に生活していてもある日突然死ぬことなんてよくある話じゃないか。
あぁ、どうせなら最後にファミチキ食べたかったなぁ。
もしかしたらまだ間に合うかもしれない、なんて一心で俺は袋の中からファミチキを取り出した。
「555」
「……え」
「22555999」
「もしかして食べたいって言ってるのか?」
さっきまでとは打って変わってただじっくりとファミチキを見つめている白髪の少女。
つい今までなんとなく殺されてしまいそうな気配を肌身で感じていたのだが。
今は敵意? ではなくて興味をファミチキに向けているような気がした。
どうする?
これがおそらく分岐点だ。
このままファミチキを手渡して様子を見るという選択肢もあるのだが、そのまま殺されてしまう可能性だって十分にありうる。
対話が出来ない相手だから首都は滅ぼされたんじゃないか?
どちらにせよ死ぬのなら、せめてファミチキを食わせた人間としてこいつの記憶に残りたいというのも飾り気のない本音だった。
「もうどうなっても知らんぞ!!」
俺は少女の口がわずかに開いた一瞬を狙って、一気にファミチキを詰め込んだ。
「……?」
ほんの瞬き、目線を俺の方に向けたがとくに表情を変えることなくゆっくりとファミチキを食している。
「マジで食べてるよ……」
女の子(未確認生命体)にご飯を食べさせるという特異な経験を俺は余すことなく見届けている。
きっと最後の光景になるだろうと思ったからだ。
「おいしい」
少女は油艶めいた唇を動かして確かにそう呟いた。
「もしかして喋った……のか」
「おいしい」
「……まだあるけど食うか?」
「おいしい」
地球の食べ物を吸収したことで、もしかしたら環境に適応したのかもしれない。
俺はもしかしたらとんでもないことをしてしまったのではないだろうか。
「おいしい」
少女は俺の手荷物に目を向けている。
短期間でさっきの食べ物はこの袋から出てきたということを理解したのだ。
つまり少女は味覚に突き動かされている状況であった。
味覚を通して五感を学び、欲求に突き動かされて行動するという感情を覚えたのだ。
「はい」
少女にファミチキを手渡したが彼女はフリーズしたかのように微動だにしない。
「もしかして食べ方が分からないのか。えっと、こうやって手を動かして口元に運ぶんだ」
目の前でファミチキを食べて見せる。
しかし、彼女はぴくりとも動こうとしなかった。
「じゃあ……こうか」
俺は、少女の腕を掴むとそのまま彼女の口元までファミチキを持っていった。
「こうやって口開けて……あー」
何度も何度も口を開ける仕草を見せる。
少女は初めぴくりとも動かなかったが少しずつ真似をするように口を動かし始めた。
「そうそうそのまま口を開いて……そして食べる」
口が開いたままの彼女の手を動かしてやって、やっとのことファミチキを食べさせることに成功した。
「おー食えたな」
「おいしい」
「そっか」
そのまま食べる動作を覚えた彼女はファミチキを黙々と食べている。
「よかった……買い占めておいて」
半分やけくそになって買い占めたファミチキだったが結果的に正解だったらしい。
この後普通に殺されてしまう展開も全然あるけれど、もしかしたら死ぬ前に意思疎通ぐらいはできるかもしれないと思った。
「これも食ってみないか?」
そう言って俺はマスタードを乗せたアメリカンドッグを手渡す。
「おいしい」
「うん。おいしいから」
彼女はアメリカンドッグを口に入れた。
「?」
「それマスタードって言うんだ辛いだろ? 痛いって言えば伝わるかな」
「?」
味覚は普通にあるわけだし痛覚もあると思ったのだが。
いや、痛覚はあるが痛みを痛みだと認識していないのかもしれない。
交通事故を起こし重症を負ってもその傷を認識するまでは痛みを感じないと聞いたことがある。
「君がそれを食べて感じたのが辛いという感情だ。辛さは痛みでもあるから痛いという感情も知ったことになる」
「いたいからいおいしい」
「そう。確かに辛さは痛みだけれど旨みでもある。だから辛いはおいしいは正解だよ」
「いたいおいしい」
「痛くて美味しいのは辛さだけなんだ。だから、痛いのが必ずしも美味しいとは限らないね」
「からいおいしい」
「辛いは確かに美味しいけれど辛いには2つの意味があるんだよ」
「?」
「君は食べることで辛いを知ったけど、もうひとつは知ることで辛いと感じることができるんだ」
「からい」
「例えば君が食べているアメリカンドッグを俺が奪ったとする。君は味覚から感動を知る術がなくなるんだ。果たして君はどうするかな?」
「おいしいおいしいおいしい」
「そう、焦る探す欲するそれが正解。君は感情を知ることによって知性を得た。君が今までに分からなかったことが分かるようになってしまったんだ」
「おいしい」
「うん、それは君だけのものだ。そして君が生きている証でもある。証は決して誰からも奪ってはいけないし、誰からも奪われてはいけないんだ」
「?」
「ごめんね少し難しかったね」
真後ろのベンチに腰掛けると彼女も同じように座る。
「君は賢い。だから、それを見越して君に言いたい」
俺は大きく深呼吸するとしっかり彼女と向き合った。
「君は首都を滅ぼしたよね。あそこにはたくさんの人が暮らしていたんだ」
「おいしい」
「うん。美味しいものもたくさんあったし、それと同じぐらい美味しいを知ってる人たちもたくさんいた」
「?」
「つまりね。君はおいしいをたくさんの人から奪ったんだよ、それはとても悪いことなんだ」
「わるい」
「つまり、おいしいを奪うこと」
「わるい」
「うん。だから君はここに居てはいけない」
俺は持っていた袋を全て手渡すともう一度彼女と向き合った。
「これを持って君は元の場所に帰るんだ。君は感情を知った。だから、知らないはもう許されないんだ」
「わるい」
「ここに居ても君を叱れる方法が他にないんだ。君の罪を問うことが出来ない。君と、君の起こした責任だけが宙に浮いて誰一人幸せにはなれないんだ」
「しあわせ」
「つまりおいしいを感じること」
「おいしいしあわせ」
「君が居なくなることで生き残った人たちの幸せは保証される。君は居なくなることで感情を知ったまま元の世界で生きることができる」
「しあわせ」
「そうだね。君にとっての幸せは俺には分からないけれど、少なくともおいしいを探すことは出来るんじゃないかな」
「おいしいいたいからいわるいしあわせ」
「そう、それが君の生きている証だ。それを頼りにこれからも生きるといい」
少女は俺の方を見つめて何も言わずにじっと待っているように思えた。
「お別れはこの世界ではさよならって言うんだよ。さよならは2つあって悲しい時と嬉しい時に使うんだ」
「さよなら」
「うん、さよなら」
彼女はその意味を理解したかのようにそのまま宙へ飛んで行った。
光と共に彼女の姿が消失したのを確認すると、俺はやけに重いため息をはいた。
「わるい」