有名なセリフで魔王に誘われついていくことにした勇者の話
魔王の城、最上階。緊張が走る最終局面。
魔王と対峙するは世界より送り出されてきた勇者。
激戦が繰り広げられていたが勇者が魔王の大打撃を受け吹き飛ばれされてお互いに距離が空いた。
周囲の柱は何本も折られ、張られている窓ガラスは残っているものを数えるほうが早い。
それらの壊された諸々を見渡し、魔王は振り上げていた腕を下ろす。
ふっ、と息を漏らす魔王。魔王の高笑いが自分たちしかいない玉座の間に響き渡る。
「ふっはっはっはっは!やるではないか!さすがは勇者といったところか!」
「………………」
どれだけ打撃や魔法をくらっても、腹が貫通しても、首が吹っ飛ぼうともみるみる再生されていく巨体な魔王。優に人間の2倍の大きさはあろう。
かたや勇者。義足をつけていた右足は吹っ飛ばされていて粉々に砕かれており、吹き飛ばされて地に倒れた体を支えるために左膝を折り右手の剣を杖替わりとして起き上がる。左腕は肘から先はすでに失っている。もう思い出せないほど前だ。
左肩は光線をくらい貫通し向こう側が見えていた。共に進んできた仲間は、もうすでにいない。
虚ろな瞳には感情が含まれず、ただ前を向く勇者の目には魔王はただ映っているだけ。恐怖や憎悪などはなく、ただ物体として映るだけだった。
満身創痍な体でそれでも倒れないのは、自分を前に進ませるために犠牲となった仲間を背負っているため。正義や平和のためなんて目的はどこかに置いてきてしまった。
魔王を倒して平和をと無責任な期待を寄せる他人。前へ進め進めとただ囃し立てる世間。その身朽ちるまで戦えと休息を許さない世界。
自分たちだってただのヒトだ。なんのために戦っているのかもはや分からなかった。ただ戦うのみが存在理由だった。歩みは止めることはなかった。世界を取り戻す唯一の勇者たちが、まさか歩みを止めるなんて。他人が、世間が、世界が許さなかったから。
勇者のなかにあるのはただ仲間からの絆。もしくは楔だ。立ち上げるしか、なかった。
右手の剣に力を込めて、なんとか立ち上がる。階下で命を落としてしまった最古の仲間の声が蘇る。彼が最後まで勇者のもとに残っていた仲間だった。
敵から受けた猛毒に侵されたものの治癒薬も底をつきどうにもならなかった。まれに倒した敵が保持していることもありそれに望みをかけていたがついに叶わず、彼の命が尽きてしまうその瞬間。
彼は持てる力を文字通り絞り出し、勇者を全回復させた。
『お前を残してすまない。だが……これで逝ける……』
言い残した彼は少し安心したような表情を最後に息を引き取った。
それをただ見ているしかできなかった勇者。はじめに脳裏をよぎったのは羨望。ようやくラクになれたのか、羨ましい。なんて。
しかし思い直した。どうせ俺もすぐに続くだろう。先か後かの問題なだけだ。
彼の渾身の回復だって、体力が回復されたものの、過去に失ってしまった左腕や右足を復元させることはできずに義足の傷を受けた個所の修復がされたにすぎないのだから。
それも、もう、終わる。長く苦しかった旅も終わる。
おそらく自分ひとりで、この状態で、勝てるとはとても思えない。
仲間が全員揃っていればもしかしたら……と可能性を考えてみたが勇者は自嘲する。ここにはもう俺ひとりだ、と。
魔王と対峙するところまで来れたんだ。もう解放されたっていいだろう、俺たちは。
いや、そもそも俺たちの敵は魔王だったんだろうか。
何が敵だったのか。まとまらない頭では、もはや分からない。
余計な考えはもういい。たとえ誰が見ていなくても勇者は立ち上がらなければいけないのだから。立ちふさがる敵を倒さないといけないのだから。命尽きるまで。だから。
早く俺を倒してくれ、魔王よ――。
無駄だとわかる必殺技を繰り出すためを、右手に持つ剣に力を込める。時間を稼いでくれる仲間はもういないのだ、傍からみても隙だらけであろう。
それなのに、魔王ときたら。こんな隙だらけの勇者を攻撃することもなく見つめている。高笑いもすでにやめていた。
「勇者よ、それでよいのか」
良いも悪いもない。
俺にはこれしか道がないのだ。
「このままではお前に勝ち目などない。それはお前もわかっておろう」
そんなの言われなくてもわかっている。力量なんて明らかだ。
仕切りなおして再戦なんて道はない。
俺が倒すか、倒されるか。それしかないのだ。
「人々にいいようにされて。自分たちは何もせずすべてをお前たちにやらせて」
「………………」
「痛みも苦しみもお前たちに背負わせてのうのうと生きている他のやつらの望むままに我に対峙して、お前は死ぬだろう。お前の人生、それでよいのか」
感情を揺り動かされる。どこかに置き去りにされた感情だ。
手を、とめてしまった。全生命力を注ぎ、ためていた力が使われることなく自分の中に返ってきた。
「俺……は……」
「そうだ勇者よ。どこぞで聞いたことのある言葉をかけてやろう」
久しぶりに感じた感情の行き場と求め、さまよわせていた勇者の視線が魔王に定まった。
不適な笑みを見せ魔王はこう言い放った。
「我と共に来るがよい。さすれば世界の半分をお前にやろう」
世界にはなんの未練もなかった。
なんのために戦っているのか分からなかったほどだ。
それもいいかもしれないな、と勇者は思った。
「……いいだろう。お前につこう」
「よくぞ言った!世界を蹂躙してやろうぞ!」
魔王は勇者へ歩み寄り、右手を差し出した。
勇者は持っていた剣をぞんざいに手放す。由緒正しいと謂われた聖剣はカランカランと軽い音を立て地に投げられた。支えとしていた剣を手放し体がぐらついたが、魔王から差し出された手を取り体制を整える。掴んだその右手を力強く握り返した。
勇者と魔王の同盟が成った瞬間だ。
さぁ。世界に復讐しよう――!
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