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不死川雪路は探偵に非ず  作者: 毒原春生
不死川雪路の首吊り死体
11/15

10




「二年の不死川だが、体調不良のため現在教員部屋で休養させている」


翌日の朝食前。今日も浅黒い肌が眩しい甲斐田先生が、食堂に集まった生徒達に向けてそんな話をした。

ざわめきが一瞬だけ止む。人形めいた容貌に名字の珍しさもあいまった、雪路の知名度の高さを知らしめるような光景だ。先生はその隙に、伝えたいことを続ける。


「各々、部屋で騒がしくしすぎないように。また、不死川が所属している班だが、予定に変更はない。他の班同様、合宿所屋外のゴミ拾いに従事すること。ゴミ拾いは十時に開始する。それまでに各自客室の片づけ等をしておきなさい。以上、朝食始め!」


その言葉を合図に、ざわめきが戻った。

雪路の名がある程度知られているとはいえ、結局のところ事は体調不良だ。最初はざわめきの中に懸念の声が混じっていたものの、すぐに他の雑談へと切り替わる。これが逝去の知らせだったらと益体もなく考えていると、隣に座る西藤が声をかけた。


「しーちゃん、大丈夫かなあ。起きた時に部屋にいなかったから、びっくりしたんだよね」

「夜、急に具合が悪くなったそうで。這う這うの体で先生の部屋に向かったらしい」

「ふむん?」

「用を足しに行ったら出くわしたのさ」

「ああ、なるほど」


変にとぼける必要もないので、昨晩先生にしたのと似た説明をする。

正しいことは言っていないものの、大まかな流れとして間違ってもいない。トイレに行った帰りに出くわしたのは事実なのだから。


「早く良くなるといいね」

「うん」


頷き、味噌汁のお椀に手を伸ばす。


「心配だなあ」

「そうだね」


向かいの席に座る南海くんと東田さんも、雪路を案じる言葉を口にして眉をひそめた。周りの生徒達と違い、同じ班で関わった僕らはすぐに別の話題へと切り替えられない。


僕も憂鬱だった。

もちろん、仮病である雪路を案じているからではない。

この中には、心にもないことを思っている嘘つきがいることを知っているために。そして、そのことを表に出さないようにせねばならないために。

こういう時は、感情の変化があまり表に出ないと評されるのがありがたかった。


「でも、話せるくらいではあるんですね。そこは安心です」


焼き鮭の身をほぐしながら、東田さんがそう呟く。


「そうだね。顔色はさっき死んだみたいに悪かったけど、意識は明瞭としていたよ」

「ともくん、縁起でもない言い方しないの」


横から咎められた。

なるべく変な嘘はつくまいと喋っていたのが仇になったらしい。反省をしつつ、ごめんごめんと西藤に謝った。

呆れたような表情の後、卵焼きを箸でつまんだまま西藤は口を開く。


「じゃあ、具合が良くなったらお話聞かないとね。悪化したのは急だとしても、もしかしたら昼から調子よくなかったのかもしれないし。もしそうならちゃんと言うよう注意しないと」


ぷんすかしている。

みんなでやれば楽しくがモットーの西藤としては、不調を隠した結果、楽しい合宿に水を差したというのは許しがたいのだろう。友人としてフォローするなら、それ以上に体調不良という大事なことを秘していたことに腹を立てているのだろうが。

思い込みは激しいが、西藤明梨は基本良い奴なのだ。


「黙っていたなら、あいつなりに水を差しちゃ申し訳ないって思っていたんだろう。もしそうだとしても、手加減してやりなよ」

「それはもちろん、わかってるけど」

「フグみたいになってる」


言いながら、ふくれっ面を突いた。


その後は西藤が別の話題で話を始め、それに受け答えしたり相槌を打ったりをしているうちに朝食の時間は終わった。

食器を片づけた後、僕は視線をさまよわせる。

そして目的の人物を見つけると、周りに人が少なくなったタイミングで声をかけた。


「南海くん」

「なんすか、とも先輩」


呼びかけに足を止めた南海くんは、怪訝そうな様子で首を傾げる。

もう一度視線をさまよわせて周囲の様子を確認してから、僕は用意していた問いかけを投げかけることにした。あまり人に聞かれたくない話題なのだ。


「君、昨日不死川雪路にいじめられているという話を聞かされなかったかい?」

「――」


ほら。人に聞かせたくない話だろう?







生徒達が外へ出ていく中、身を潜めるようにして別の場所に向かう人影があった。

向かった先は、教員が寝泊まりに使っていた客室。廊下の隅で最後の教員が全員出て行ったのを見計らい、誰かに目撃されないよう扉の前に移動する。

中で寝ている生徒の出入りを阻害しないようにだろう、部屋の鍵はかけられていない。事前に軍手をはめていた手で、ドアノブを回した。


音を立てないよう、慎重に扉を開閉する。

そのまま息を潜めて中へと進めば、部屋の片隅に敷かれた布団が目についた。

人一人分の膨らみが、わずかに上下している。耳を澄ませば、寝息のようなものも聞こえてきた。布団の中にいる人物が眠っていることを確信し、こくりと喉を鳴らす。

黒い髪の下にある枕と押入れを見比べてから、押入れの方に足を向ける。その中から枕を一つ取り出すと、それを持って布団へと歩み寄った。


(黙らせないと)


胸中に満ちるのは焦り。

怪我を体調不良と言い繕っているのかと思ったが、彼の発言がそれを覆した。

どういう経緯を辿って負傷せずに済んだのかはわからないが、とにかくまずい。意識が明瞭である以上、具合が良くなればなぜあんなところにいたのかという疑問に駆られるだろう。体調不良がうやむやにしてくれるかもしれないが、確実とは言えない。

変に探られると困るのだ。

衝動的かつ突貫の犯行である以上、「自分の意思で行っていない」という事実を確固たる前提として調べられるとボロが出かねない。この女にばれること自体は問題ないが、そこからどういう経緯で他の人間――特に彼に伝わるかわかったものではない。


だからこそ、ここで口を封じる。

突貫ながらも自らに疑いの目が向けられないことを考慮した昨夜と違い、今回はそんなものなど用意していない。警察も事故死では片づけてくれないだろう。

あるとするなら、全員が移動を行っているこの時間、アリバイの有無を明確に裏付けることはできないということ。つまり、今しかないのだ。これ以降は、場を離れるだけでアリバイを放棄してしまうことになる。

手段は簡単だ。枕を押しつけて、窒息させてしまえばいい。

相手は自分よりも華奢だし、何より弱っている。抵抗されても抑え込めるだろう。


(殺す)


殺意を胸に、枕を掴む手に力を込める。

こいつが悪いのだ。

運が悪ければ死んでいただろうが、怪我だけで済む確率は高かった。それなのに骨折一つもせず、こんなところでのうのうと眠っている。ちゃんと落ちていれば、こうやって確実に殺されることもなかったのだ。

そんな責任転嫁をしながら、人影は布団の中で眠る少女に枕を押しつけた。


「……ぅ、ぁ、ん、んっ」


ほどなくして、息苦しさに目を覚ましたのか、呻き声が聞こえ始める。

ほっそりとした手が、原因を取り除こうと枕を掴む。だが、その力は弱々しい。構うことなく、全体重をかけるようにして枕を押しつけ続けた。


「ぅーっ、ぅーっ、ぅー…っ!」


抗う動きが荒々しくなっていく。それでも、マウントをとっているこちらには敵わない。やがて力尽きるのも、時間の問題に思えた。


殺した。

そんな確信が脳裏をかすめた直後。


「いや、それ以上やると本当に死ぬからやめてね」


背後から聞こえてきた声とともに、羽交い絞めにされた。


「――――」


全身が硬直した。

第三者に目撃され、制止されたというのもある。だがそれ以上に、聞こえてきた声は今この場で最も聞きたくないものだった。


「やめてね、東田さん」


そんな声が、制止を繰り返す。

油を長年差していないからくり人形のようなぎこちなさで振り返れば、すぐ間近に平淡で凡庸な男子生徒の顔があった。ぼーっとした草食動物を思わせる愛想に欠けた顔が、困ったように眉をひそめている。


「……と、とも先輩。なんで」


東田祥子は、引きつった声を零しながら枕を落とした。


「けほっ。人の顔の上にものを落とさないでほしいものですね」


小さな咳の後、場違いに聞こえる抗議の声がする。

視線を布団の方に戻せば、東田が殺そうとした人物――不死川雪路が上体を起こすところだった。それはさながら、棺から体を起こす白雪姫のように。


「釣り糸を垂らしたのはこちらと言え、そこまで殺したいと思われていたのはやはり心外ですね。とはいえ、事が露見するのを恐れたことによる焦りの方が大きそうですが」


そう言って、表情を変えないまま肩をすくめる。

背後にいる先輩も、表情豊かな部類ではない。自分とて、無愛想な方だ。

しかし、不死川雪路は一線を画する。

人形を思わせる、端整で無表情な顔立ち。淡白――否、冷淡と言っても差し支えないがないほど人間味に欠けた少女に見据えられ、我知らず肩が震えた。


「さて」


人形のくせに、場を仕切るマリオネットの奏者のような言葉を口にした後。


「それでは、貴方の罪を詳らかに話すといたしましょう――――東田さん」


淡々と、死刑宣告を言い放った。


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