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――――まるで、操り糸に吊られたマリオネットのようだと思った。
天井から幾重も垂れ下がった網目状の縄が、指に、手に、腕に引っかかり、華奢な人形を立たせている。いや、正確には立っていない。そっけないルームシューズを履いた爪先は、床から数センチ浮いた場所にあったのだから。
つまり、宙吊り。
黒檀を思わせる髪と白雪のような肌をした人形が、縄に吊られて浮いている。
人形は、幻想的で美しかった。
吊られている場所が古びた講堂の舞台で、光源が明かり窓から差し込む月明かりだけなのも一役買っているのだろう。着ているものは学校指定のジャージだというのに、まるで一枚絵のような厳かさを漂わせていた。
問題は、人形のようなそれはまごうことなく人間であり。
吊るされた人間の首に、縄の一部に引っかかっていることだった。
足が地についていない以上、自重による負荷は紐が引っかかっている場所にかかる。分散しているとはいえ、細い首に与えられている圧力は小さいものとは言えないだろう。
色を失った唇から、軟体動物のような生々しさではみ出た青紫の舌。濁った宝石のように理知の光を失った眼球が、虚ろに床を見つめている。ぴちゃりと、足元にあった小さな水たまりに、水滴の落ちる音が響いた。
隙間風を感じるたび、ぎぃ、と縄が軋んだ音を立てて揺れる。
吊られた体が動くのは、その時だけ。
揺れに合わせて、首が人の可動域を超えて傾いた。
はたして、その人形――少女は、静かに事切れていた。
「――っ」
息を呑み、口元を手のひらで覆う。そうやって、腹の底から込み上げてきたものを物理的にも精神的にも抑え込んだ後、一拍置いて息をついた。
人形。ではなく。死体。
その事実に、頭がくらくらした。
「…ぅぇ」
堪えきれずに小さくえづきつつも、視線を片時も外すまいと吊られた骸を見つめる。
そんな僕に、見守られながら。
「――――、ん」
小さな声とともに、瞼が瞬いた。
こきりと骨の鳴る音がして、ありえない角度になっていた首が正常な位置に戻る。
ぱちぱちと瞬きが繰り返され、そのたびに濁っていた目が透き通っていく。
白かっただけの頬が、血の巡りを感じさせる赤みを帯びる。
人形から人間へ。
ありえない巻き戻しを魅せた少女は、僕に気づくと花がほころぶような笑みを浮かべた。
首を小さく傾ける仕草に合わせて、セミロングの髪が一房、色づきかけた唇にかかる。
「先輩、今回の死体はどうでしょうか?」
その唇を動かしながら、少女は恥じらいと甘えが入り混じった――例えるなら、見せる前に汚してしまった新品の服をおずおずと披露するような――声音で問いかけた。
愛らしい所作は、ついさっきまで死体だったとは思えない。
だからこそ魔的で、人ならざるものを思わせる美しさがあった。
とはいえ、あながち間違いでもない。
死んでも生き返る人間なんて、属性としてはそちら側だろう。彼女のそんなところに魅入られている僕は、悪魔と契約をした愚かな人間のように正直に答えた。
「今回も素敵に凄惨で、おぞましいほど愛らしい死に様だったよ、雪路」
「あはっ」
僕の返答に喜びと安堵の笑みを深めながら、少女――不死川雪路は。
「それでは先輩。大変、非常に、甚だ、不本意ではありますが」
ふう、と。
一転して憂鬱そうに吐息を一つ零して、いつものように力強く宣言した。
「私を殺した犯人を、推理するといたしましょう」