第4-20話 終結、そして狩り
無音。
先ほどまで、自分たちを苦しめていたはずの『起源』は跡形もなく消え去った。だというのに、現実感が伴わずにアイゼル達を苦しめる。
「……倒した?」
メリーの言葉が、屍の海の中に小さく響いた。
「倒した、んだ」
アイゼルの両目には確かにそう表記されている。『起源』は討伐。原初の神々は確かにこの場で消え去った。
「……良かった」
そう言って、エーファがその場にへたり込んだ。
「700年、か」
膝をついたアイゼルの側にきたグラゼビュートがそう漏らした。その双眸に、何が写っているのだろう。
「長かった?」
「どうだろうな。長かったようで、短かったような気がするよ」
「……そっか」
「まさか原初の神々を倒すとはなぁ……」
貪食の悪魔は未だ実感がわかないような顔をして、先ほど自分が撃った魔法の爆心地を見ていた。
『星界からの侵略者』たちの元凶を討った。その事実が、わずかにだがゆっくりとアイゼルたちの中に染み込んでいく。
「……帰ろう。王都が気になる」
「そうだな。いかに賢者たちがいるとはいえ、あの巨体の『侵略者』は厳しいだろう」
「降りようか」
アイゼルたちがいるのは、天高い城の最上階。降りるためにはあの螺旋階段を使う必要がある。途中にいた頭部だけの生き物たちがどういう反応をするか、分からないがそれを心配したって仕方ないのである。
「とにかく外に出るのだ」
いつの間に元に戻ったのか知らないが、謎の生物状態に戻ったリーナがそう言った。
「……そうだな」
入ってきた扉を押して、外に出ようとした瞬間に音を立てて天が落ちてきた。
「……え?」
「……始まったか」
ぽつりと貪食の悪魔が呟く。
「……え、何。知ってんの?」
「詳しくは知らん。あくまで推測だが、『起源』がこの空間を維持していたのなら、その主がいなくなった以上、壊れるのは必然だろう」
「いや、必然だろうって言われても……」
「転移魔法は使えないのか?」
ソフィアが貪食の悪魔に尋ねる。
「無理だ。俺には使えん」
「なら、どうやって帰るつもりだ」
「ここに来るときに通った魔法陣があっただろう。あそこまで戻れば、帰れるはずだ」
「じゃあ、これからこの城を降りるわけ?」
「ああ、急いで帰らねばならんがな」
「何をグダグダ言っているのだ! さっさと帰るのだ!!」
リーナの叫び声で我に返った三人は、慌てて部屋から飛び出すとそのまま螺旋階段に走った。
「私は一足先に降りているぞ」
先にソフィアがそう言うと、螺旋階段を使わずに宙に身体を飛ばした。それに次いだのがエーファ。一瞬で、変身するとそのまま空へと舞う。
二人とも空を飛べる魔術持ちだ。一気に飛んでも問題ないのだろう。
「メリー、手を」
アイゼルはそう言ってメリーの手を取ると自らも螺旋階段を中心にして真下に伸びている吹き抜けに身体を預けた。今のアイゼルは人間ではなく悲嘆の悪魔である。空を飛ぶことなど造作もない。
「……間に合うかな」
ポツリと呟いたメリーの言葉につられてアイゼルが空を見ると、真白な空は、ほとんど崩れて何もない虚構だけがそこにあった。
「……間に合えばいいけどね」
「アイゼル、下! 下!」
「ん? うおっ!!」
メリーに言われて急制動。しかし、一気に減速すると、それはそれで体に負荷がかかるので身体が崩れないギリギリにまで減速し、結局自分の足で着地した。
「……痛ったぁ…………」
「……自業自得だよ」
さて、いつまでもそうしていられない。アイゼルの次に着地した貪食の悪魔に続いて、アイゼルたちは外に出た。
そこには既にソフィアたちが、魔法陣を起動して待っていた。
「遅いぞ、あーくん」
「悪い」
世界の崩壊は既に城の半分にまで迫っており、一刻の余談も許さない。だが、
「空を飛べて良かったね」
「飛べるって言うか、慣性制御だがな」
まったくもって、魔法様々である。
そうして一行は、転移魔法の魔法陣をくぐった。念のため、アイゼルの知覚魔法でも検証したのだが、魔法陣そのものに出口の座標を指定する記述があり、魔力を流すだけで起動する仕様になっていた。
『起源』は魔法を嫌っていたが、自分が使うのは良かったのだろうか。それとも、出来るだけ自分の仕事を簡略化したかったのだろうか。
今となっては分からない。
常闇の中に無数に輝く星々を眺めながら、アイゼル達は外に出た。
今までは高さ350メルの所に門が開かれていたため、それを警戒して彼らは浮遊魔法をいつでも展開出来る様にしていた。
「おっ、出口だ」
しばらくトンネルの中を通っていると、急に行き先が明るくなった。彼らはどのような状態で、脱出しても大丈夫なようにと構えながらに門から出る。
すると、
「……これは」
最初に門をくぐったソフィアが声を上げた。続いてそれを追いかけた者たちも絶句。身にまとう浮遊感を打ち消しながら、眼下に広がる王都を見た。
「どうなってるんだ」
空は黄昏……と呼ぶべきだろうか。夜空と昼空が混じりあい、その境目は見つからない。空に浮かぶ巨大な月は、この世のものかそうでないのかの区別もつかない。
ただ、空間だけが捻じ曲げられ空から無数の侵略者たちが降り続いていた。
「俺たちが、あの世界を壊したから」
ズン、と重たい音を立てて着地。そこに目ざとい『星界からの侵略者』たちがやってくる。
「逃げ場を求めた『侵略者』たちが、やってきたんだ……」
その光景は、王都だけのものではない。世界中の至るところで同様の光景が繰り広げられていた。
「……なら」
アイゼルはやってきた『侵略者』を一刀の元に斬り捨てると、言葉を吐いた。
「それなら、ここに居る奴らを全部倒せば終わりってこと?」
その言葉に一同は顔を見合わせて、笑った。
「確かに、そうだ。その通りだ」
貪食の悪魔は愉しそうにそう言って笑うと、詠唱の構えを取った。
「さあ、やろう。残党狩りの時間だ」