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第4-19話 否定、そして拒否

悲嘆虚妄ヒュリオンッ!」


 『起源アダマー』の詠唱に合わせたアイゼルの権能解放は、永遠が生み出されるよりも速かった。まだ作られかけの永遠は、事象を否定され打ち消される。


『良い速さだ』


 そう言って覗き込んでくる老者の顔を、アイゼルは斬った。だが、『起源アダマー』の実体を捉えられずに、老者の姿はぼんやりと消えて行く。


「あーくん、支援する」


 体勢を直したアイゼルに届いたのは、ソフィアの声。『三等星』の海はいつの間にか消えており、あるのはただ無数に積み重なった屍のみ。


「倒せたのか。早いな」

「そうでもないさ」


 『起源アダマー』はふらりふらりと、漂うように歩きながらアイゼルたちを見つめた。


『ほう。リリスではないか』


 そして、一点でその視線は止まるととても興味深そうにそう言った。


「久しぶりなのだ」


 それだけ言うと、リーナは前に出た。


『一体、いつだろうな。貴様が俺から力を奪い去ったのは』

「さて、覚えていないのだ」

『しかし、あの時交わした言葉を忘れてはいまい』

「勿論」

『では死ね』


 二人の間に何があったのかをアイゼルは知らない。ただ、一つ合点がいくのは貪食の悪魔(グラゼビュート)から聞いたこと。いわく、リーナは原初の神々(オリジンズ)より力を盗み出している。


 きっと、リーナは目の前の『起源アダマー』から盗んだのだろう。そして『従一位ファースト・ワン』の力を得たと。


「死ぬのは貴様だ」


 リーナはそれだけ言うと、その身体がまばゆい光に包まれる。


『虚無よ』


 だが、『起源アダマー』は何も許さない。リーナがしようとした、何かを先に止めるために使った魔法は文字通りの虚無を生み出す魔法。


 それはある意味で『暴食絶無グラトニア』に近い魔法かも知れない。だが決定的に違うのは、それは『無に帰す』という手順を用いないこと。虚無に触れたものは、そのまま無になる。


 過程はなく、存在するのはただ結果だけ。


「ドレイン」


 だからリーナは、魔法を使った。とっくに光の繭から抜け出た彼女の姿は……人。真っ白な神に、赤い瞳。一つ人間離れしたような、神秘性を持って『起源アダマー』の攻撃を奪った。


『ああ、此度はそれも盗むか』

「当然」


 それを隙と見たソフィアが魔法を詠唱。


「『重過超量グラビタス』」


 使う魔法は、上位者のみが使える魔法とされる『重力魔法』。シンプル故に効果は高い。問題は、それが『起源アダマー』に通用するのかどうかというところ。しかし、ここに来てから『起源アダマー』が重力を無視するような姿を見せたことは無い。


 ならば、通じる。


『なるほど。そう来るか』


 ソフィアが掛けた過重は『起源アダマー』の30倍。常人なら立つどころか喋ることもままならない重さ。だが、対するは神。地面にヒビを入れると、彼はその場に立ち尽くすようにしてソフィアを見た。


「行って」


 メリーが生み出したのは即死の細菌。


『壁よ』


 しかしそれは、『起源アダマー』との間に生えてきた壁によって防がれる。しかし、即死という概念を付与された細菌は、触れた壁を腐食させると破壊した。


 そこに飛び込むのはアイゼル。常にここまで共に歩んだ魔劍と共に、壁の中に突貫する。


『防げ』


 アイゼルの振るった一撃は、『起源アダマー』の頭蓋の手前、数センというところで不可視の空間に弾かれた。


 アイゼルと『起源アダマー』の視線が交差する。『起源アダマー』の持っている余裕は変わらず、ただ無間の笑みがそこにあるだけだ。


天罰エクスキューション!」


 空に浮かび上がったエーファが魔法を放つ。『起源アダマー』はため息と共に言葉を紡いだ。


『永遠よ』


 一瞬、エーファが飛ばされるのかと思い焦ったアイゼルが権能を解放しようとしたところで、詠唱が違うことに気が付いた。


『爆ぜろ』

「……ッ!」


 エーファと『起源アダマー』の間に生み出されたのは文字通りの永遠。だから、彼女の魔法は永遠の中に閉じ込められると、宛てのない旅に向かって進み始めた。


 そして、『起源アダマー』はアイゼルとの拮抗を面倒がり、爆破を生み出し距離を創る。


『ははっ。勝てるはずもなかろう』


 その言葉で、世界に戦慄が走る。


『屈服せよ』


 その言葉によって生み出された重力が、アイゼルたちの身体を縛り上げる。


「ぐぅっ……」

「はぅっ……」


 肺から空気を絞り出すことすらも難しいほどの重力。思わず、ソフィアもかけていた重力魔法を弱めてしまう。


『人の子よ』


起源アダマー』の声が残酷にも世界に響く。


『諦めたまえよ』


 それは、絶対強者の言葉。漫然な余裕と、絶無な焦りを含んだ語気。

 

 彼にとって人との戦いは遊びに過ぎず、弱者へのいたぶりに他ならない。


「諦めるか……」


 アイゼルはゆっくりと立ち上がる。身体は重たい。言葉も喋りづらい。だが、彼が思っているのは半年前の、何も出来なかった自分の姿。


「悪いけど、諦めることは辞めたんだ」


 一歩踏み出す。アイゼルにかかっている重力に床が耐えきれず、わずかにへこむとヒビを入れた。


「出来るとか、出来ないとか。諦めるだとか、諦めないとか」


 進む。一歩ずつだが、確かに前に進んでいく。


「そんなことは下らない」


 それは、ともすると半年前の自分アイゼルに語り掛けているような。


「必要なのは、決意なんだ」


 剣を構える。アイゼルの両腕が悲鳴を上げて、ミシミシと音を立てた。


「出来なかったら、出来るまでやるだけなんだよ」


 アイゼルの両目が敵を()()


「そうだろ?」

「ああ」


 あたりに響いたのは、ひどく重たい男の声。一切の色を喰い漁った貪食の悪魔(グラゼビュート)の言葉。


 それに気が付いた『起源アダマー』は初めて焦りの表情を見せた。


『お前、時間稼ぎかッ!』

「ソフィア、しっかり魔法を」


 アイゼルは重力魔法をかけられた瞬間に、貪食の悪魔(グラゼビュート)が攻撃の機会をうかがってることに気が付いていた。だからこその、語り。だからこその時間稼ぎ。


暴食絶無グラトニア』は神々の魔法。故にそれは、『起源アダマー』であろうとも、防御は出来ない。だが、出来るであろう回避はソフィアによって邪魔されている。


『被造物の癖に、造物主に牙を向くのかッ!』

「やられたら、やり返すんだ。今の僕たちには、僕たちの暮らしがある」

『後悔するぞ! 神亡き世界がどうあるのか。お前たちは知らない!!』

「いても居なくても関係ない。人は人で、生きていく」


 アイゼルの言葉に必死に返していた『起源アダマー』はわずかな刹那に嗤った。『起源アダマー』は予備動作なく転移が出来る。


 だが、アイゼルは二度目を許さない。


 だから、


悲嘆虚妄ヒュリオン


 発動するはずの転移が発動せず、『起源アダマー』は笑顔のままに消え去った。

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