第4-18話 読み合い、そして言霊
アイゼルは今まで幾度となく戦闘をしてきたが、純粋な読みあいの戦いとなると話は別だ。それはアイゼルにしても初めての経験であり、本番で挑むことになるなんて思ってもいなかったのだから。
しかし、闘いとはそう言う物。王立魔術師学校で嫌というほど叩き込まれた精神を抱えて、アイゼルは対敵した。
ぱっと、攻撃予測範囲が表示。
アイゼルの左胸、頸椎、太ももを抉るような円形状の攻撃予測がアイゼルの両目に映る。
だが、『起源』によって生み出された『天使』の両目にも当然のように攻撃予測線が表示される。彼の目に映っているのは、アイゼルが繰り出す神速の連撃。
まず一撃を持って両腕を破壊すると、その目を抉り、頭を貫く攻撃が表示されている。
両者ともに攻撃を変更。互いの攻撃を踏まえて、それを上から圧倒できるように切り替えていく。
アイゼルの両目に映ったのは、攻撃予測範囲が遥かに前方へとズレたものだった。彼が攻撃に移った瞬間に『天使』が撃ち抜く。そう言うことなのだろう。
だが一方で『天使』の一眼に映っているのは、真横から来る一撃。敵はフェイントをかけて、攻撃を空振りさせると横から致命打を狙ってくる。
故に、両者ともに攻撃方法を変える。変える。変えていく。
刹那が永遠にも感じる時間の中で、それに浮かぶ流木の二つは互いの存在だけを感じあう。
「そうか。こうなるのか」
アイゼルの呟きと共に、彼は剣を右下へと落とすと右足をゆっくりと真後ろへずらした。彼の両目に映る攻撃予測範囲は、アイゼルと『天使』を含める範囲全てが赤に染まっている。
埒が明かないことにしびれを切らした『天使』が、一切の読みあいを打ち切って全てを破壊しようと範囲魔法へと切り替えた。
対するアイゼルの取った行動は、範囲魔法が放たれる前に一刀の下に斬り落とす。だから、今必要なのは圧倒的な速度。
「往くよ」
アイゼルは腰を落とす。ゆっくりと両足の筋肉が肥大化すると、縛り付けられるようにして元の大きさに戻った。
「……ふぅ」
『天使』は知っている。知覚魔法を持っている敵なら、下手に魔法を使うとすぐに逃げられるということを。だからこそ、魔法を放つタイミングは敵が攻撃に移った瞬間でないといけないということを知っている。
アイゼルは知っている。知覚魔法で捉えられるような攻撃なら、動き出した瞬間に魔法を放たれるということを。だからこそ、必要なのは不可知の一撃。イグザレアの光速魔法のように、認知は出来るが反応出来ないという攻撃で貫くしかない。
だからこそ、速さを極限にまで突き詰める必要がある。
加速を一歩で行い、刹那の間に駆け抜けなければいけないのだ。
刹那、アイゼルの脳が無理やり拡張されたかのような違和感。それでいて、無理やり縛り付けられたかのような不快感。
……知っている。
これまでに嫌というほど体験してきた身体強化魔法の発動だ。
「……そうか」
アイゼルは思わず一言漏らした。
「身体だけじゃないのか」
後は素早かった。強化されたアイゼルの脳が、世界から不要なものを切り落として行く。
一つ、また一つとアイゼルの五感を捨てていく。
まず、戦闘において一番必要のない味覚が切られた。切られた部分は戦闘におけるリソースへと割り振られる。
ついで捨てられるのは聴覚。一瞬の攻防において、耳は必要ない。
そして嗅覚。最後に右手以外の触覚が消える。
アイゼルの両目に映っているのは、知覚魔法が繰り出した模擬戦闘におけるこの戦闘への成功確率。
【96%】
その数字にアイゼルは少しだけ笑った。かつて自分は、ここまで高い数字を出せた事があっただろうか。
答えはノーだ。あるはずが無い。
だからこそ、その数字にアイゼルは己の成長を悟った。そして、ここ一番というタイミングでこれだけの数字を出せることに感謝した。
対する天使の知覚魔法に、どれだけの数字がうつっていたのかアイゼルは知らない。彼に必要なのは、ただ駆けることであり。
事実、そうしたのだから。
「……はぁ」
傍から見ると、ただアイゼルが尋常でない速度で斬りぬけたように見えるだろう。そうではない。だが、それで良いのだ。
「流石だ、アイゼル」
貪食の悪魔は、それだけ言うと『暴食絶無』を発動した。狙いは『起源』。いかなる防御術式も無に帰すそれを見た瞬間に、『起源』はため息と共に転移した。
『俺を玉座から降ろすとはな』
そう言って現れたのは、貪食の悪魔の目の前。
『永久よ』
『起源』の詠唱は一瞬だ。たった一言を紡ぐだけで、どんな魔法であっても使うことが出来る。だから、貪食の悪魔もその魔法は躱せなかった。
「……ッ!」
貪食の悪魔と『起源』の間に生まれたのは永遠。それによって貪食の悪魔は遠方へと弾かれる。
「グラゼビュートッ!」
アイゼルが声を出したのは、貪食の悪魔が城の壁を突き破ってどこかへと飛ばされた後だった。
「……くそッ」
貪食の悪魔は、宇宙空間でも生き残れるような存在である。彼の心配をする必要はない。だが、
『次は、お前だ』
一切の予備動作なく、詠唱すらもないままにアイゼルの目の前へと『起源』がやってくる。
『永久よ』
そして、言葉が紡がれる。