第4-16話 強者と弱者
現れた『星界からの侵略者』たちは軒並み『零等星』。視界に入れるだけで、戦闘不能になるほどの頭痛に襲われる化け物たちであるが、しかし彼女たちはそれをこらえて立ち向かった。
「行くよ、色欲の悪魔!」
「あんまり、動きたくないのよねぇ」
ともすると怠惰の悪魔が言ってそうな台詞であるが、色欲の悪魔が言っても恰好は付く言葉であった。彼女たちが相対するのは『シュブラ・グニーア』と呼ばれる『零等星』。
全身を触手に覆われた女性体であり、身体にはいくつもの嚢を持っている。それは眷属を生み出すための袋であり、また眷属へと産まれ直させるための嚢なのだ。
「……これって効くかな?」
「さぁ? やってみないと分からないわ」
「確かに、そうだね!」
そう言うと、メリーが噴き出したのは細菌。ただの細菌ではない。『致死』と『断絶』の概念属性を埋め込まれた物だ。それは、人に対して劇的な破壊作用を持つが、しかし『零等星』には効かない。
「ありゃ、やっぱり」
「アプローチを変えてみましょう」
「うん、そうしよう」
そう言って再び魔法を紡ぐメリー。それは新しい魔法を習ったばかりの子供のようにとても無邪気であった。
「はぁっ!!」
一方、アルティメット魔術少女になったエーファは先制一番に蹴りを放った。筋肉質の人間のような、あるいはカエルにも思える『カンイ・クルグア』は鳩尾に叩き込まれたその一撃をこらえると、エーファの足首を掴んでぐるぐると回すと放り投げた。
しかし、エーファは魔術少女。
一切の慣性を無視して空中で停止すると、そのまま天井付近へと張り付いた。
「さぁ、覚悟はできた?」
「行くのだ! エーファ!!」
リーナの言葉と共に、彼女が手にしている魔術杖に莫大なまでの魔力が集まる。
「弾けて! スカイアロー!」
その言葉と共に生み出されたのは三つの矢。
それぞれに『破滅』『圧壊』『分離』の概念属性が付与された魔術の矢だ。
それは圧縮された空気の中を切り裂くように撃たれると、『カンイ・クルグア』が生み出した岩の壁に激突すると己が概念を与えて粉々に砕いた。
「もう! 無駄な抵抗は辞めてよね!!」
「エーファ! 切り札を使うのだ!!」
「勿論よ!」
だが、『カンイ・クルグア』もただでやられるわけにもいかない。一々、溜めの大きいエーファの魔術に付き合わずに肉弾戦を仕掛けにかかる。
「……ん、まあそこそこと言ったところか」
それは一見すると魚であった。されど忌々しいほどに人に似た『星界からの侵略者』であった。『ファル・ダン』と呼ばれる巨大な『零等星』は、単身立ち向かうソフィアの真正面に立つと、拳を構えた。
「肉弾戦か。面白い」
ソフィアは笑いながら『ファル・ダン』の目の前に立つ。
「良いよ。受けてたとう」
『ファル・ダン』に言葉を理解するだけの知能はない。しかし、目の前の、いかにも非力な人間が自らの掲げた拳の前に一つも引かないということには疑問を覚えざるを得なかった。
だが、だとしてもそれは彼の敵ではない。
そう思い、音速にも近しい速さで振り下ろされた拳はソフィアの細腕にガッチリと掴まれるとそのまま握りしめられた。
「……ゥウ!?」
思わず、腕を引こうとしてまったくもって動かないそれに『ファル・ダン』は驚愕を持ってその事実を受け入れた。
「実はこう見えても、かなり肉弾戦は得意でね」
ソフィアの威圧に、言葉を理解出来ぬ『侵略者』はわずかに後ずさった。
「いや、もう終わりだよ」
ソフィアの言葉が引き金だった。
全ての触手が千切れ『シュブラ・グニーア』が息絶えた。
光に包まれ『カンイ・クルグア』が焼き熔けた。
圧倒的な力によって『ファル・ダン』は撲殺された。
「こんなものかな」
全身を翡翠の返り血に染めたソフィアが笑いながら言う。
「……怖いぞ。今のソーニャ」
「む! なんてことを言うんだ。あーくん」
「そうですよ。今のはひどいですよ。アイゼル君」
「えぇ……。僕が責められるの?」
各々が倒した『星界からの侵略者』たちが消えて行くのを見ながら、アイゼル達は真正面にある巨大な扉を見た。
声はもう響かぬ。それはまるで、誘っているかのように。
「往こう」
アイゼルの言葉に、皆が頷く。そして、彼らは扉を開いた。
扉を開けた瞬間に、一つの風が彼らの足元を抜けていった。
「お前が生み出した『侵略者』は全て倒したぞ」
『構わないよ。そんなこと』
相対するのは人と神。
魔劍を構えた少年と、長い年月を過ごした老者の瞳がぶつかり合う。
後ろの扉が音を立てて閉まった。その音に驚いたのか、アイゼルの後ろにいたエーファが少しだけ肩を震わせた。
「やっと、追い詰めた」
『馬鹿を言うな。俺一人で十分だ』
コイツが、元凶。長いようで、短い旅路。
700年と、少しの恨みは『正一位』の悪魔に何を思わせるだろう。
「お前一人で、この人数を相手するのか」
アイゼルの言葉に、目の前の老者は笑い始めた。
『はははっ! 人の子よ。思い上がるのも結構だが、相手を見てから言うと良い。俺を誰だと思っているのだ』
老者はひとしきり笑った後、まだ笑いたりないのか冷たい笑顔を顔に揺蕩えながらに言った。
『いつから人は下らないことを言うようになったのだろうな』
その言葉から洩れる威圧感が、エーファを震えさせた。『原初の神々』の言葉はそれだけで、アイゼルたちの心を縛り上げる。
だが、
「下らなくても良い。僕たちは人類を救う」
『つまらん。見たところ、『悪魔憑き』ではない。『英雄』の素質があるわけでもない。ただの人間だ。思い上がるのもいい加減にしろ』
「……僕は、一人じゃない」
『……ほう?』
老者はアイゼルの言葉を試すかのように、首を傾げて先を促した。
「僕には、仲間がいる。天才が、悪魔が、悪魔憑きが、僕を助けてくれる」
アイゼルの言葉は、ここまでついて来てくれた仲間への感謝。彼の言葉に熱がこもるとともに、魔力が世界に渦巻いていく。
『仲間がいるとして、何だと言うんだ。所詮は人間。良いように踊らされて、死ぬのが落ちだ』
その言葉に、アイゼルは笑った。
「僕は悪魔だぞ?」
その言葉に、目の前の老者は微かに唸った。
「お前は造物主かも知れないが、そんな理由で僕たちの邪魔をするな。僕たちは僕たちなりのやり方で一歩ずつ前に進んでいくッ!」
『ぬかせッ! 人間如きに分かるものかッ!!』
老者は激昂。
もう戻れない。無論、アイゼルとてそのつもり。
『人が神に抗うことが、どれだけの大罪か。その身をもって知るが良い』
「……ッ」
僕は、勝てるだろうか。
絶望的な戦力差を前に、アイゼルは思考する。
片や人間。片や神。
最強に相対するは落ちこぼれと呼ばれた少年だ。
けれど、
けれど、引けない。
アイゼルがここにいるのは一人の力ではない。
『正一位』たちが700年前の反省を踏まえ、『賢者』がここまで送り出し、『貪食の悪魔』の力と、仲間たちの力でここに居るのだ。
だから、アイゼルは笑った。
己の力を信じなくても良い。
己の力を信じる必要なんてない。
「やろう、みんな」
アイゼルの言葉に、後ろにいる少女たちの返答は最初から決まっている。
出来るかとか、出来ないとかを、ウダウダ悩むのは辞めたのだ。
世界は単純。
やるか、やらないか。
「正一位が一人、『最後の大罪』アイゼル・ブート」
一人の少年が神へと名乗りを上げる。それは、神に誓うためではない。
弱者が無様に足掻くために。強者の喉笛を噛み切るために。
『原初の神々が一人、起源』
故に、神は造物主として言葉を返した。
それは、我が子が自分に牙を向いたことへの感激。
そして、二同じ愚行を犯さぬようにと戒めるために。
アイゼルは魔劍を強く握る。それはアイゼルにとって何よりも頼りがいのある武器で。
老者は何も言わずにただ笑う。
世界の果てで、戦いの火蓋が落とされた。