第4-15話 理由、そして造物主
『ほう。それは知らない魔法だな』
『ルナ・ナープ』を一瞬にして消し去ったアイゼルへと声が向けられる。今までと変わってまるで子供が知らない物に対する好奇心を発揮したときのような生き生きとした声。
『面白い。此度はまるで面白い!!』
その声は世界に響き渡ると、まるで大気そのものが歓喜しているかのように激しく震えた。ビリビリと震える世界にまともに立っているのは貪食の悪魔と悲嘆の悪魔だけ。
『原初の神々』の眷属である彼らだけは、かの声の主の威嚇にも威圧にも耐えうる。
『もっと見せてくれ。この無間の退屈に潤いをくれ』
そう言って呼び出されたのは翡翠の球。代わり映えのしない攻撃に、アイゼルとしてはだんだんと辟易としてきたところである。
「つまらぬ」
貪食の悪魔の一声に、生まれるはずだった玉が喰い散らかされ、消し飛ばされた。
「なあ、聞かせろ」
貪食の悪魔の声にはアイゼルがこれまで感じた事のない、怒り。そして恨み。700年前、何が起きたのかをアイゼルは知らないが、それでもなお貪食の悪魔の辛みを感じることが出来るほどにひどく冷たい声。
『何が聞きたい?』
「何故、襲う」
『ふうむ』
全てを包み込む声は考え込むように声を漏らすと、ゆっくりと厳かに口を開いた。
『あの世界は、俺の世界だ』
紡ぎだされた言葉に、皆が理解出来ず声の続きを待った。
『取り戻そうとして、何か問題があるか?』
「……どういう意味だッ!」
『どうもこうも、そのままの意味だ。俺は原初の神々であり、世界を創った。それだけだ』
「……ッ!」
貪食の悪魔は絶句。
……世界を、作った?
アイゼルもそれには理解が追い付かずに、言葉を何度も反芻した。
『お前たちもそうだ。俺が創った』
「なら、どうして襲う!」
『だが、ある時より異物が混じった。こう見えても俺は結構、被造物を見守っていたんだ。だが、ある時より混じった異物は、お前たちを著しく退化させた』
「……何が、言いたい」
『進むべきを進まず、与えられたものを信じ込み、一切の発展の機会を取り逃してきた。故に、俺は一度リセットすることにしたのさ』
「ならば、どうして一度に消さない。お前が造物主というなら壊すことも容易いだろう」
『そりゃね。だが、俺は被造物に愛着があるのさ。だから、最後の機会を送った。お前たちが正しく進化が出来る様に。異物に惑わされぬように』
「その異物とは……」
『魔法だ』
それはとても重たく、とても鋭く、世界に響いた。
『あれは俺の創ったものではない。あれは悪魔が創ったものだ』
『あれは人を堕とす。どこまでも、どこまでも』
『故に俺は魔法を使うものを優先して殺すようにした。人類の中でも、傲慢にも怠惰に手を染めた物を殺すように『侵略者』を生み出した』
『それが700年前。世界から『魔法使い』は消えた。目的は達し、俺は一つの安堵と共に、世界を見守った』
『だがどうだ? 『魔法使い』は消えたが、『魔術師』が生まれた』
貪食の悪魔はひどく苦々しげに口を噛んだまま、何も言わない。
『魔術師は、人という種の中に格差を設ける。それは生命の格差だ』
『一時の堕落は良い。だが、700年。俺にして一瞬。だが人間にすると途方もないほどの時間で人は堕落から抜け出したか?』
「それは……」
『だから、此度俺は全てを消すことにした。だがその前に、『人』という種がどのように育つかを見たかった』
声はそういうと、満足げに笑った。
『だから俺は嬉しかったよ。まさか、お前たちの方からここまで来るほどに育つとは』
「……ッ!!」
「そんな……そんなことのために、世界を壊そうとするのだ?」
『そんなこと、か。盗人の貴様には分かるまいよ』
『従一位』であるリーナは、『原初の神々』より力を盗んだ者。彼女は何かを言いたげに口を噛みしめたが、それっきりなにも言わずにそれを流した。
『では、人の子がどれだけ育ったのかを見せてくれ』
声はそう言うと、直上に生み出されたのは三つの球。
それはソフィアと、エーファ、メリーの目の前に生成されると瞬時に拡大し、割れた。中から産み出された『星界からの侵略者』たちは、それぞれを敵と定めて咆哮。
「……ッ!」
狭い空間に暴力的な大音量が響き渡る。それらは反響し、共鳴し、威圧しあってアイゼル達を襲った。
「色欲の悪魔、力を貸して」
「……まあ、仕方ないわね」
メリーの言葉に呼び出されたのは、とても扇情的な姿をした女性。ため息をつきながら現れた彼女は、メリーを支えるかのように後ろに立った。
「久しぶりだな」
貪食の悪魔はちらりと色欲の悪魔を見て、そう言うと。
「ちょっとアンタは話しかけないで」
「はっ。昔はあんなに……」
「それ以上喋ると殺すわよ」
……昔に何かあったのだろうか?
アイゼルはそう思って首を傾げた。
「リーナ、行くよ!」
「勿論なのだ!!」
既に変身しているはずのエーファがそう言うと同時に、彼女の姿が光に包まれる。
「えっ!?」
どういうこと? 変身を解除するの!!?
そう思ったアイゼルを裏切るかのように、光の中から現れた彼女の姿は今までの変身は何であったかと思わせるほどの威圧感と魔力を放つ異彩な姿。
「アルティメット魔術少女! エーファ・ルナプレーナ。ここに見参!!」
……どういうことなの?
「魔術少女の最終変身。見せつけてやるわっ!」
相も変わらず、変身するとキャラは変わるらしい。
一方、最後の一人はと言うと。
「みんな、誰かと契約していると少しだけ寂しいな。そう思うだろう『大回廊』」
「ノンプロブレム。マイマスタ―。私がいます」
「ははっ。そう言ってくれるのはお前だけだよ」
「もったいないお言葉にございます。マイマスタ―」
どうやら奥の手とやらは無いらしい。
まあ、それは良いだろう。ソフィア自体が奥の手みたいなものだし。
と、ソフィアに対してだけは少しだけ楽観的に考えるアイゼルの思考を再びの咆哮が遮って、戦闘が始まった。