第4-7話 救援、そして零等星
「……救難信号が、同時に四つも!?」
第壱遊撃部隊の連絡用魔導具に届いたのは四か所同時の救難信号。そんなことは今まで一度もなかったために少し動揺するが、その場にいるのは歴戦ばかりの王立魔術師学校生。
「仕方ない。今回は四人一組ではなく、個人個人で対処しよう」
すぐにその状況に対応すると、ソフィアが指示を出した。
「分かった。僕が最初のところに行ってくるよ」
「任せた」
救難信号は速度が命。少しでも悩んでいる間があるのなら、駆け付けた方が良い。
アイゼルは基地内にある馬小屋から自分の馬に乗ると、救難信号が上がっている場所に向かって馬を走らせ始めた。遠く、救難信号が上がった空が夜空になっているのが見える。
普通なら一か所のそれは、しかし今回はまるで虫食いのように空のいたるところが夜空へと侵食されていた。
『向こうもようやく本気を出したというわけか』
「16、いや17か……?」
見える範囲の侵攻場所を数える。王国内の見える範囲でこれだけの数が攻めてきているということは、見えない範囲も含めるとかなりの数の『星界からの侵略者』がやってきているのではないのだろうか。
「一体どうしたっていうんだ」
『大方、痺れを切らしたのだろう』
「……そんなに攻めたいのかよ」
『向こうがどうして攻めて来てるのかは俺にも分からんが、思うように上手くいっていないのは事実だ。だから、攻め方を変えたのだろう。あるいは』
「あるいは?」
『他の国が落ちたから、王国に全力を割けているのかもな』
「…………」
そう。『星界からの侵略者』は、王国だけに降ってきているわけではない。その現状は他国も同じであり、『正一位』の悪魔を有していない他の国は王国よりも危機的状況に立たされていると言って良い。
「嫌なこと言うなよ」
『だが、侵攻が始まって二週間。国と言わないでも大都市の一つが落とされたとしてもおかしくはないではないか』
「……確かに」
『星界からの侵略者』たちは、どうやって見分けているのか分からないが確実に人間だけを追いかけて、人間だけを狩っていく。それはきっとこの星の征服者が人間であることに起因しているのだろう。
侵略者らしく振舞っているというわけだ。
『それに700年前はこんなものじゃなかったしな』
「そうなの?」
確かに『正一位』の悪魔が六体も集まっておいて、追い払うだけで勝つことが出来なかった状況など異常に過ぎる。今回の事象を見れば、人間だけでも対処出来てしまうような状況にあるのだ。
『ああ。空はもう夜なのか昼なのか区別もつかないほどに汚れて天からも地からも『侵略者』が沸いてくる始末。奴らによって人の命はどんどんと減らされていった』
「よく追い返せたな」
『……魔界の王が追い払ったのだ』
「……マジ?」
予想外の人物が出てきてアイゼルはグラゼビュートに問い返す。
『ああ。そのせいで、魔物は『狭間の森』からしか現世にこられなくなったがな』
「あれって、そう言うことだったのかよ……」
予想外の事実にアイゼルは驚きを隠せない。どうして魔物が『狭間の森』以外では現世にやって来れないのかというのは、魔物研究者の中でも最先端の研究である。まさかこんな形でそれが解決するとは。
『……ッ! アイゼル、避けろ!!』
刹那、空が暗く染まると同時に翡翠の色に輝く人型が飛び出してきた。
「……馬鹿なッ!」
二足歩行で地面に立ち、うっすらとアイゼルを見つめるその顔には人間のものとは形が違うが確かに二つの眼球が付いている。人型の背中には六枚の翼。三対のそれは大きく誇示するかのようにひろげられていた。あふれ出る膨大な魔力は、背中の空間を歪めて光輪を作り出していた。
「君が……この世界の人間か……」
それは、ひどく歪な声だった。
「……喋れる、のか」
あまりに唐突で、あまりに衝撃的なその事象にアイゼルは魔劍を抜くこともせずに目の前の『侵略者』を見た。
「無論だとも」
今度はひどく聞き取りやすい声になっていた。あり得ないことだと、アイゼルの脳ではその事象を否定したかった。
だが、現実に目の前の人型は、
『お前との会話から、言語体系を分析して発音を合わせてきたな』
そうだ。そうなのだ。
今までの『侵略者』とは比べ物にならない知能。あふれ出る魔力。そして、生命の根幹から犯されるような悪夢。
『間違いない。零等星だ』
貪食の悪魔の声にこもるのは恐怖。
『名をスピカ。700年前の俺たちですら手も足も出なかった相手だ』
「化け物かよッ!」
「冷たい事を言ってくれるな」
スピカがそう返して嗤った。
「何故、救援は来ないッ!!」
ベリウスは今まさに壊滅していく地方都市の中で『アルゲニブ』からの攻撃を躱して叫んだ。
騎士団員としてのプライドを捨て、救援信号を上げること二時間。ベリウスたちは何とか二体の『アルゲニブ』を倒すことに成功していた。だが、たった二体。
この二時間の間に『アルゲニブ』はぞくぞくと現れ、今では30体を超える巨人が今まで騎士団たちが守ってきた地方都市を壊滅させていた。
逃げる暇など与えない。逃げる隙など与えない。
彼らの攻撃は地面を根こそぎ削り取りながら、その場に存在した生命を消していく。
ベリウスは壊滅した家屋に隠れながら、荒れた呼吸を整えた。
「死ねない。俺はまだ死ねない」
今朝共に行動していた友の行方は知れない。彼もどこかで生きていると良いと思いながら、ベリウスは胸元に掛かっている十字架を握りしめた。
「父さんは、生きて帰るからな」
その十字架は、二年前に子供たちからのプレゼント。それ以来、彼はそれを会えない子供たちの代わりにと常に手放さなかった。
ふと、顔を上げるとそこには潰れた家屋の下敷きになるようにして自分の子供たちを同い年くらいの子供が潰れて死んでいた。
「……すまない。すまないっ……!」
逃げ惑うことしか出来ない自分があまりに無力で、余りに情けなかった。そして、第壱遊撃部隊に頼ることしか出来ない自分があまりに恥ずかしかった。
「俺は……英雄にはなれないっ!」
悲鳴は消えず、血は溢れ、炎は世界を舐める。『アルゲニブ』による侵攻は瞬く間の間に、都市一つを飲み込んで消そうとしていた。
「僕は、行かなきゃいけないんだよッ!」
「へえ、どこにだい?」
スピカの攻撃を避けながら、血まみれのアイゼルが吠える。
零等星は正真正銘の化け物。今までアイゼル達が戦ってきたどんな相手よりも強く、どんな相手よりも圧倒的だった。
「そんなに死にそうなんだから、おとなしく死ねばいいのに」
「……こんな所じゃ死ねない。死ねるわけがないッ!」
使う魔法は一撃一撃が『正一位』と同格。動きはソフィアの動きを10倍以上に高められている。知覚魔法の攻撃予測範囲も広すぎて意味が無いのだ。
「待ってくれているんだ」
アイゼルは血が足りず、焦点の定まらない視線の奥にスピカを捉えて吠える。
「第壱遊撃部隊が来るのを、待ってくれている人が居るんだ!!」
「みんな死んでるよ」
「だから、悪いけどどいてくれ」
アイゼルが貪食の悪魔の権能を解放しようとした瞬間、右腕に走る鈍い痛み。
それは、世界からの拒絶に他ならない。
『アイゼルッ!!』
「……ちく、しょう」
『正一位』の権能は、しばらくの間世界から拒絶される。それは、いかに魔劍の中に納まっていようとも同じことで。
「暇つぶしにはなったよ。ありがとう」
スピカは、アイゼルに歩いて近寄りながらそう言った。
死ぬことは怖くない。けれど、期待されているのにそれを守れず死ぬことが嫌なのだ。
「おおっと、ここは俺たちに任せてもらおうか」
だが、スピカがアイゼルを殺すよりも先に割り込んできた四人組。
それは、確かにアイゼルの窮地を救った。