第4-6話 騎士団、そして救難
朝、太陽が昇る前に目が覚める。それは、騎士団に入った時から身体に叩き込まれた習性だ。だから今日もいつもと同じように、まだ薄暗い最中に目が覚めた。
全員に支給された毛布はとても薄く、野営するのには向いてはいない。ベリウスは寒さのあまり身体を震わせた。
「さぶっ……」
日中はまだ暖かいが、朝と夜は特に冷え込む。昨日の焚火の跡がわずかに残り火を燃やしていたが、暖を取るには到底足りなかった。
「おい起きろ。交代の時間だぞ」
ベリウスは地面で寝ている友を蹴って起こした。起こされた方はというと、薄く目を開けると何度か瞬きして時間を把握。見回りが交代する時が来たのだと知り、ぼんやりとした頭で身体を起こすと冷たい空気を肺の奥底にまで取り込んだ。
「寒いなぁ……」
「もう少ししたら日もでるさ」
ベリウスの言葉に友は欠伸で返すと、手に取りやすい様に地面に置かれていた剣を腰につけ、魔導具の入ったポーチを腰に付けるとちょうど帰ってきた見回り組と交代。彼らは二人一組で野営地から外に出た。
彼らがいるのは国境沿いにある小さな地方都市。しかし、『星界からの侵略者』がどこにでも唐突に現れるようになった今、騎士団の人数的にカバーできるのは都市だけ。そのため周辺の村人たちが都市へと疎開しており、普段よりもかなり人口は増えていた。
「しっかし『星界からの侵略者』ってのは何物なのかね」
ベリウスは草原の中を歩きながら、ぽつりと友が漏らした言葉にため息をついた。
「俺たちにゃ、分からんさ。何でも王都の学者たちが考えたって分からないそうなんだから」
「俺は騎士団に入ったら魔物と戦ったり、戦争で人と戦うもんだと思ってたよ。どうして訳も分からない化け物と戦うことになるんだか」
「俺もそうだよ」
ともに三十代半ば。家族を王都に残しての出張だ。
ベリウスには年老いた母と妻、そして二人の子供が王都で彼の帰りを待っている。それは彼の友も同じだ。妻と三人の子供。
どちらの子供もまだ10にもならぬ。育ち盛りの良い子たちだ。
「聞いたか? この間の24連隊の話」
見回りと言っても『星界からの侵略者』たちがやってくると、空が突然にも夜空になるからピリリと神経を張り詰めらせておく必要はない。夜空へと変わった時のために信号弾を持っておけば良いのだ。
「何だそれ?」
ベリウスは聞いたとこのない話に耳を傾けた。騎士団内において娯楽はほとんど存在しない。だから、彼らを慰めるのは外部の話。つまり醜聞話だ。
「蟻の『侵略者』に襲われたんだとよ。倒しても倒してもそりゃあもうぞろぞろと湧いてきたらしい」
「へぇ……。何人死んだんだ?」
騎士団は配属されると、基本的には同じ部隊で卒団まで過ごす。それは、仲間内の連携を高めるためであり、家族同義に過ごさせるためだ。そのため、他の部隊の人間とは必然的に顔を合わせにくくなり、同じ騎士団員だというのに全く知らないという人物も出てきたりする。
そのためベリウスはあっさりとそれを聞いたのだが、
「それがよ。誰も死ななかったんだと」
「24連隊の奴らが? 信じられねえな」
「そう思うだろ? それが呼んだ遊撃部隊がとんでもなく強かったらしい。一瞬で全部の『侵略者』が潰れちまったんだと」
「そんなことあるのか?」
「王立魔術師学校の首席がいるらしい。それに加えて『正二位』を倒した化け物も居るって噂だぜ」
「エリートか」
ベリウスはそう返すと、ため息をついた。
「それだけ強いんだから、俺たちの代わりに戦ってくれればいいのに」
「ははは、違いねえな」
王立魔術師学校に行けるような人間は間違いなく天才だ。そう思ってベリウスは息を吐いた。
彼の契約主は傲慢の悪魔だが、魔術はほとんど使えない。才能が無かったのだ。
だから、王立魔術師学校に行こうなんて言う発想は家族の誰からも出なかったし、ベリウスとしてもそれは自分に向いていないということがよく分かっていたので、彼自身もまっさきに騎士団に身を投じた。
自分には、それしかできないと思っていたからだ。
「おーいベリウス。そっちは国境だよ。それ以上は行くことないぜ」
「んあ、そうだったか」
少しだけぼんやりしてしまい、友の言葉無ければ領土侵犯を犯してしまうところだった。
「戻るか」
「そうだな」
何も起きない毎日。そうは言ってもベリウスとて侵攻が始まってから二度ほど『侵略者』と戦っている。どれもこれもとても強く、一人では太刀打ちできない。だからこそ、騎士団は集団戦を仕掛けるのだが。
「今日も何も無いといいな」
「ああ。それが一番だ」
二人はそう言いながら、ふと空に一つ舞い降りた暗い点を見た。それは爆発的に空へと広がると、朝日煌めく空に覆いかぶさって夜空へと切り替えてしまった。
「……ッ!」
「信号弾!!」
ベリウスはそう言いながら手に持っていた異常有りの信号弾を打ち上げる。それは大きな音を立てながら煙とともに空へと上がり、遠く離れた騎士団に危険を知らせるのだ。
「落ちてくるぞ!!」
空という空間を捻じ曲げて、空から降ってきたのは大きな巨人。ベリウスも流石にその名は知っていた。『アルゲニブ』。最も早くこの侵攻において攻めてきた敵である。
王城内に侵入して、猛威を振るったというその巨人は王立魔術師学校の生徒たちが集まってやっと倒したと、ベリウスは聞いていた。
「くそっ!!」
「逃げるぞ!」
当然のごとく出てきた逃亡という選択肢。ベリウスは躊躇することなくそれを選択すると、腰のポーチから煙幕を取り出して投げた。魔導具は投擲を感知すると爆発。周囲に煙幕を張り、二人の姿を覆いかくす。
その隙にと逃げ出した彼らを襲ったのは激しい風。
「何だと!?」
『アルゲニブ』はその巨体で風を巻き起こすと、停滞していた煙を払ったのだ。
「足を止めるなベリウスっ!」
友の声に、ベリウスは前へと向き直ると必死になって足を動かした。自分は、英雄ではない。倒せない相手に一人で挑むほど馬鹿ではない。けれど、これは。あまりに、これは。
『アルゲニブ』の速力はお世辞にも早いと言えない。しかし、その巨体故に歩幅が広く一歩ごとに確実に二人に近づく。
「やばいって、これはやばいって!」
ここから野営地までは草原。己の身を隠す場所などどこにもありはしない。次の瞬間、ドスン!! と激しい音が後方から響いた。ベリウスが振り返ってみると、そこには二体目の『アルゲニブ』。
「……ッ!!!」
終わった。
二人は同時にそう思った。だが、絶望するにはまだ早い。『アルゲニブ』は次々と空から落ちてくると全部で十二体。全員がまっすぐにベリウスたちめがけて走ってきたのだ。
「クソがァ!!!」
ベリウスは出来るだけ使うなと念を押された発煙弾を手に取る。それは、第壱遊撃部隊への救難信号。
彼は、しばしの躊躇いと共にそれを打ち上げた。