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第4-5話 躊躇い、そして成長

「子供……!?」


 間違いない。見間違えるはずもない。そこにいるのは、生後間もない赤子であった。その子は『ミモザ』の肋骨の隙間で窮屈そうに身体をよじらせると、その幼い瞳でアイゼルを見据えた。


「悪いね」


 そこで躊躇するほど、アイゼルは優しく育ってはいない。敵がどんな姿をしていようとも、敵の正体が何であろうとも。自らの命を守るために。仲間の命を守るためにその刃を振るわねばならない。


 そのために彼は、王立魔術師学校アカデミーに入ったのだから。


「ここで、死んでくれ」


 それがその赤子に通じたとは到底思えなかった。けれども、アイゼルも人である以上、目の前の子供を無残に殺すということも出来なかった。だからこその謝罪。だからこその宣言。


 彼の言葉に、わずかに赤子は眉を動かしたが、その後何もなかったかのようにアイゼルによって切り伏せられた。その瞬間、『ミモザ』の身体が膨張すると、骨ばかりであったはずの肉体が爆ぜ、王城が翡翠の血液によって染められる。


「……っ!」

「大丈夫か。あーくん!」


 着地すると同時によろめいたアイゼルにソフィアが駆け寄ってくる。


「少し……見すぎたよ」


 ひどく痛む頭を抑えて、アイゼルがそう言った。


 理解できないものを見る。それが一体どれだけの苦痛になるのか。

 それが一体どれだけの疲労をもたらすのか。


 人の脳というちっぽけな臓器にとって、それがどれだけの負担になるのか。


「気持ち悪くて、吐きそうだ」

『いっそ吐いてしまったほうが楽かもしれんぞ』

(流石にそんなみっともない真似できないよ)


 アイゼルは星の煌めきのように朽ちていく『ミモザ』の死体を見ながら、その場を立ち去った。


 まず、王城の警備係には死ぬほど叱られた。だが今回は事態が事態ということで、注意だけで済まされた。普通なら、侵入など即刻死刑である。そして、アイゼル達が『星界からの侵略者』を倒したという事実は伏せられることとなった。


 王都が今なお平常を保っているのは、騎士団たちが壁の外で『侵略者』たちと戦っているからである。自分たちはかろうじての安全地帯にいるということを都民が知っているからこその平常なのだ。


 もしここで、誰も気がつかなかった『侵略者』が王城にいました。という事実に都民が触れると、一体何が起きるか分からない。そのため、女王サフィラの一存によって、この事実は伏せられたのである。


 加えてアイゼルは王都全域のチェックを言い渡された。彼以外に、『ミモザ』クラスの隠密を見破れる人材が王都にはいないためである。もし、賢者が居ればまた違ったかも知れないが、彼は彼で一等星だけを狙って王国内を転々としながら狩りをしているらしい。


「ところで、一体どうして俺たちを呼び出したんだ?」

第壱遊撃部隊ノヴァを呼び出したんじゃなくて、アイゼルを呼び出したんだけどね。こっちに来て頂戴」


 事の説明が済むや否や、アイゼルはサフィラに連れられるがままに見知った部屋へと連れていかれることになった。


『対話の間』。

正一位オリジンズ』の悪魔が四体も宿るこの世で最も危険な部屋だ。


「悪魔達が貴方たちに合わせろといって聞かないのよ。まあ、仕事があると言ってはいたのだけど都合を見つけて早く合わせろってうるさくてね」


 そう言って笑うサフィラは、出会った時のような悪魔におびえる少女ではなかった。むしろ、アイゼルには国民のために悪魔と交渉する立派な交渉人ネゴシエーターに見えた。


「入って良いの?」

「どうぞ」


 サフィラに促されて、アイゼルはノックも加えずに部屋へと入った。


「ようやく来たな。最後の大罪(ラストワン)


 最初に口を開いたのは嫉妬の悪魔(アヴァリタン)だった。その声はさんざん待ちくたびれた少女のようにも、激怒する老婆のようにも聞こえた。


「久しぶり、ですね」

「我らに敬語はいらぬ」

「さいですか」

「単刀直入に言おう」


 嫉妬の悪魔(アヴァリタン)の声がその部屋の中に響いた瞬間、アイゼルの目前に一人の女性が立っていた。身長はアイゼルよりも少し高く、とても冷たい目が彼を見下ろしている。


悲嘆の悪魔(ヒュリオン)。お前、我らと組んで人に力を分け与えよ」

「あぁー。そのことなんだけど、僕はしばらく悪魔には成れないんだ。この間の戦闘で悪魔になるのが世界に拒絶されちゃってね」

「この部屋なら問題はない。最初からそう言う風に出来ている。貪食の悪魔(グラゼビュート)よ。お主とて例外ではないぞ」


 嫉妬の悪魔(アヴァリタン)がそう言うと、魔劍が少し震えてその中からグラゼビュートが顕現した。


「だから言っただろう。俺は俺やり方でやると」

「その話は以前聞いた。だが、それでは遅い。時間が足りぬのだ」

「……悪いが、お前たちのやり方には賛同できない。有象無象の1を作るよりも鍛え抜かれた100を揃えるべきだ」

「それが700年前に繋がったのだ。貪食の悪魔(グラゼビュート)よ、戦争は質ではない。数だ。お前が馬鹿にする有象無象の1が100集まるだけで、精鋭を屠ることは出来るのだ」

「少なくとも、王城に『侵略者』が張り付いているのに気が付かないような奴らを量産する気はない」

「……それは」

『まあ、良いんじゃねえの? 無理に誘わなくてもよ』


 聞こえてきたのは傲慢の悪魔(ヴィアフェル)の声。それは、嫉妬の悪魔(アヴァリタン)の独断をいさめるように聞こえた。


『俺たちは俺たちのやり方でやる。貪食の悪魔(グラゼビュート)には、貪食の悪魔(グラゼビュート)のやり方がある。お互い、700年前とは違うんだ』

「…………」

悲嘆の悪魔(ヒュリオン)だって、まだ人間が混じっている。その状態で多くの契約者を抱えさせるには不安が付きまとうぜ? それなら虚栄の悪魔(ヴァニトリア)にやらせるべきだ』

「あやつは絶対にやらぬだろう」

『まあな。けど、悲嘆の悪魔(ヒュリオン)にやらせるよりは万倍も役に立つぜ』


 ……これってもしかして、僕が役に立たないって話をしてるのか?


 アイゼルが絡まぬ間に、彼の悪口を言われているのではないかと思って背筋に冷たいものが走るアイゼル。


『まあ、とにかく。今回、俺たちの想定していたよりも向こう側の勢いが強かった。それは誤算だったんだ。だが、初動をミスってもそれを中盤から取り返した戦なんて腐るほどあるんだ。まァ、落ち着けや。嫉妬の悪魔(アヴァリタン)よぉ』


 傲慢の悪魔(ヴィアフェル)にそう言われて、顕現したままの嫉妬の悪魔(アヴァリタン)はひどく渋い顔をしていた。


「お前たちがもう少し強ければ、変わったのかも知れないな」


 と、唐突にそれだけ言い残して嫉妬の悪魔(アヴァリタン)は消え去った。


「……話は終わりか?」

『ああ、終わりだ。俺ァ、お前がもう少し悪魔として完成していると思っていたんだが、そうでもないというのがよく分かった。ちったァ強くなれよ』

「……はぁ」


 傲慢の悪魔(ヴィアフェル)もそれだけ言うと、うんともすんとも言わなくなった。どうやらアイゼルたちにはもう話す事は無いらしい。


「……悪口言われただけ?」

「……そうみたいだな」


 顕現したグラゼビュートも、行先を失ってそのまま魔劍の中へと戻った。


 ……もう少し、考えてから動いて欲しい。

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