第4-4話 認識、そして核
「骸骨?」
「見えないけど……」
「幻覚解除の魔術はちゃんと発動しているぞ?」
各々が好き勝手に言いあう中、アイゼルはグラゼビュートと会話していた。
『アイゼル。お前が見ている物を正確に俺に伝えてくれ』
(ああ。まず、大きさは15メルほど。3等星の『アルゲニブ』よりも大きい骸骨が張り付いている。八本の腕で、そこから八本の指が生えているっ!)
『そうか……。色は……聞くまでもないな』
(ああ、翡翠色だ)
遠目に見ているというのにアイゼルは耐えがたい頭痛に襲われた。ということは、奴も一等星か。
王都の警護は『大罪の悪魔』が直々に行っているはずである。だというのに、最も守らねばならない王城に敵の侵攻を許しているという現状にアイゼルは背筋に冷たいものが走らざるを得なかった。
『……思い当たる節が無いわけでもない』
ゆっくりと、700年前の記憶を探り出したグラゼビュートが口を開く。
(教えてくれ)
『一等星を見続けると頭が痛くなるのは、異なる次元の生き物を脳が理解しようとするためと言ったよな』
(……あぁ)
『だが、あまりに我らと生き物として異なる場合には脳が理解出来ない。言っている意味は分かるだろう』
(一応)
『そして、理解できないということは認識できないということだ』
(じゃあ、僕は……)
『恐らくは知覚魔法の持ち主であることが関係しているのだろう。俺たちのような蒙の者には理解できないということだろうさ……』
(じゃあ、どうしろって言うんだ……!)
『お前が俺たちを啓蒙するか。あるいは』
(僕一人で倒せってことか)
『そっちのほうが手っ取り早いだろう?』
(よく言うよ。相手は一等星、ろくに直視も出来ない。何なら僕以外には目で捉えることも出来ない)
アイゼルは半分笑いながら、魔劍を抜いた。
「あーくん!」
「アイゼル君!!」
上がった声を無視。だが、彼女たちはアイゼルを疑っているわけではない。むしろ、アイゼルの魔法を誰よりも詳しく知っている彼女たちだからこそ、アイゼルの言っていることが真実だと信じているのだ。
だがしかし、自分たちが見えない『侵略者』ということはかなりの実力者ということ。そんな相手にアイゼル一人で挑むことへの心配の声なのだ。
「やるしかないか」
知覚魔法が発動。王城までの最短ルート、敵の予測攻撃範囲を表示。
「往ってくる」
アイゼルはそれだけ残すと疾走。一瞬で最高速に乗ったアイゼルをグラゼビュートが補助。盛り上がったアイゼルの筋肉が動きやすい様に同じ大きさに拘束しなおされると、アイゼルは勢いに任せて王城の門の柱を使って飛び上がる。
下にいた騎士団員たちがアイゼルを咎める声を上げるが、そんなものはすぐに小さくなる。
飛び上がったアイゼルに目の前にいるのは、巨大な骸骨。その窪んだ眼窩の深奥の光がアイゼルを捉えた。己と目が合ったことに歓喜する巨大な骸骨――名を『ミモザ』という――はゲタゲタと大きな口を揺らして嗤った。
アイゼルが狙うのは、頭蓋骨と脊椎のつなぎ目。関節と関節の隙間という人体の構造において最も狙いやすい部分に狙いすました一撃を加える。『ミモザ』の肋骨を踏んで、突きの構えで飛び込んだアイゼルを襲ったのは、巨大な手だった。
八本あるその腕は、首元近くに飛び込んできたアイゼルをまるで羽虫を叩き落とすかのように叩いて、地面に叩き落とした。
アイゼルの予想を超える速度の一撃に、彼はしばらくの間放心しそうになるが、それを必死に噛みしめてこらえると立ち上がると、横から飛んできた別の腕の掴み攻撃を飛んで回避。
アイゼルの足元にやってきた腕の骨を踏みしめて腕の付け根を攻撃しようとした瞬間に、アイゼルの足が何かに捕まれた。パッと視線を送ると、アイゼルが踏み込んだ足の骨から無数の触手が生え、彼の足を捉えている。
「……マジかッ!」
予想外の事態にアイゼルの思考は一瞬途切れる。刹那、アイゼルの両目に表示(アシスト
)されたのは、攻撃予測範囲。あたり一面が真っ赤に染まるほどの攻撃にアイゼルは魔劍を掲げてガード。
それにわずかに遅れて三つの腕がアイゼルに叩きつけられた。
「……ッヅ!!」
アイゼルが立っている腕をへし折る一撃は、魔劍のガードの上からアイゼルに重量攻撃を仕掛けると彼をねじ伏せた。
『おい! 大丈夫か!!』
グラゼビュートが心配そうに声をかけてくる。彼にミモザの姿は見えていない。それ故に、ただアイゼルの心配をすることしか出来ない。ふと、アイゼルの真下が陰った。
「……やばい」
再びミモザの腕がアイゼルの真上にあった。よく見ると、先ほど自分の攻撃によって壊れたはずの腕は再生しており、アイゼルへの攻撃に回されていた。
道理で自分の攻撃に巻き込んで壊したわけである。
「これで良いか? あーくん」
ふと、聞こえた声はソフィアの物。それと同時に振り下ろされた腕はソフィアが張った防護壁に阻まれて、逆にミモザの腕を破壊した。
「……見えるのか?」
「まさか。ただ、あーくんの動きを見るとどこから攻撃が来るかくらいは分かるだろう?」
「ははっ……。確かにね」
アイゼルは生まれたその隙にミモザから視線を外すと、ひどい頭痛が緩和された。これで、行けるはずだ。
「ちょっと、ソフィア。こっちに」
アイゼルはそう言ってソフィアは近くに引き寄せると、自らの両目で彼女の両目を覗き込んだ。
「あ、あーくん!? 急にどうした!!?」
「良いから……」
アイゼルは息を吐くと、再び振り下ろされたミモザの腕がやはりソフィアの防護壁によって砕ける音を聞きながら、魔法を使った。
「【啓蒙】」
その瞬間、アイゼルの両目に浮かんだ知覚魔法の魔法陣が反転するとソフィアの両目に焼き付けられた。
「……っ!」
「これで……どうかな」
「これは……あーくんの、魔法?」
ソフィアの言葉にアイゼルは頷いた。これはアイゼルが一人で考えていた魔法である。30分も持たない短い間だけではあるが、知覚魔法を他者でも使える様にする魔法である。
「支援は任せた」
「勿論」
アイゼルは魔劍を構える。ミモザの残る三本の腕が高く掲げられた。
「悪いね」
再び痛み始めた頭を抑えながらアイゼルは飛翔。知覚魔法によって表示された弱点めがけて飛んでいく。それは、ミモザの肋骨の最奥。心臓部分に偽装魔術によって隠された核だ。
アイゼルの狙いが己の弱点であることに気が付いたミモザが慌ててアイゼルを捕まえようと動くが、それはソフィアによって防がれる。
残る腕が三本まとめて砕かれる音を聞きながら、アイゼルはミモザの肋骨を斬り落とす。
「これで、終わりだ」
そう言って偽装魔術の上から斬り落とす瞬間、
「……ッ!」
アイゼルはそこに居る、核たる赤子の姿を捉えた。