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第08話 魔物、そして魔法少女

 全身を泥のように不定形の形を保って、影貌シャドーは二人と一匹を見つめた。


 「……どうする」

 「ここで倒すしかないのだ。森に隠れるのはナンセンスなのだ」


 リーナの言葉に、アイゼルは頷いた。こちらは森の走り方を分かっていない。知覚魔法があるアイゼルはそれなりに走れるだろうが、エーファとリーナを担いで走れば、絶対に影貌シャドーからは逃げきれない。


 「ウォォォオオオオオッ!!」


 影貌シャドーが叫んだ。刹那、アイゼルを包み込んだのは、自らが死ぬかも知れないという莫大な殺気。


 どうする? 剣を抜くか?


 駄目だ。つい先ほどエーファを殺そうとしたばかりで同じ轍を踏むわけには行かない。


 だが、一体どうすればいい? 

 

 アイゼルの問いに誰かが答えるよりも先に影貌シャドーがアイゼルの目の前に飛び込んできた。それをゆっくりと知覚魔法で捉えながら、どうして影貌シャドーがアイゼルの目の前にいるのかと、鈍い頭でアイゼルはそう考えた。


 『わっぱッ!』


 グラゼビュートの叫び声。アイゼルはすかさず剣を腰から外すと、鞘をつけたままで影貌シャドーの右ストレートを受け止めた。


 「……っ!」


 信じられないほどの馬鹿力。まるで、イルムの全力を受けているかのような錯覚に陥る。思わず剣が折れてしまうのではないかと思うが、あいにく剣はアイゼルよりも丈夫らしく、大きく吹き飛ばされたアイゼルは森の木々に背をぶつけて剣を手放した。


 『剣を手放すな、馬鹿ッ!!』

 「……くそっ」


 悪態をついて起き上がる。幸いにして影貌シャドーの狙いはアイゼルに絞られているようだった。それはアイゼルがガルムを狩ったのを見ていたからなのか、それともこの剣の恐ろしさが分かるのか。


 どちらにしても、それはアイゼルにとっては好機であった。何しろエーファに狙いを定められるとアイゼルは彼女を守りながら戦わなければいけない。それなら、むしろアイゼルに攻撃が絞られている方がマシだった。


 「フッ……」


 表示アシストによって狙いを定めた一撃。だが、それはあくまでも三つしか表示されていない弱い状態の知覚魔法の知らせるもの。どうしても、甘い一撃となることは避けられず。


 「ぐっ」

 

 影貌シャドーは容易くそれを組み伏せた。そのまま、流れるようにして影貌シャドーは目の前に三つの丸を描いた。


 「逃げろッ! エーファ!!」


 アイゼルの叫びは果たして震えているエーファに届いた。彼女はそのまま森に飛び込むと、三つの丸から飛び出した炎の弾は全て周囲の木々にぶつかって爆ぜた。幾本かの木が音を立てて折れるのを眺めながら、アイゼルは身体を滑らせて影貌シャドーの支配から抜けると、そのまま影貌シャドーの後頭部を強かに剣で打ち付けた。


 ガッッッツ!! と、激しい衝撃をまき散らして影貌シャドーの後頭部がわずかにへこんだ。


 だが、あろうことか影貌シャドーはエーファの方向を睨みつけたままアイゼルの首を素早くつかむとそのまま地面に叩きつけた。


 『すぐに抜けろ。死ぬぞ』

 「分かってる!」


 喉を締め付けられながら地面に伏せられているアイゼルのことを心配したグラゼビュートが静かにアドバイスを飛ばす。アイゼルは剣を手放すとそのまま全力で影貌シャドーの手を喉元から外そうと躍起になる。だが、影貌シャドーは片手で押さえつけられているというのに全力を出しているアイゼルの力でもびくともしない。


 流石は怪力と言われるだけはある。と、ひとえに関心しているとふとアイゼルは影貌シャドーが片手しか使っていないというのに違和感を覚えた。なら、もう一つの腕は?


 アイゼルが視線を送ると、そこには指で空中に幾何学的なマークを書いている影貌シャドーの姿だった。


 「エーファ!!!」


 果たして、アイゼルの叫び声は伝わったのだろうか。瞬間、全ての陣を書き終えた影貌シャドーが空中に描き出した魔術陣に魔力を流した。刹那、天を割って落ちてくるのは一つのいかずち。それは空中で無数の稲妻に分裂すると、エーファが逃げ込んだ森をそのまま焼き尽くす。


 『単体魔術ではなく範囲魔術も行使するか。魔物にしておくにはもったいないな』


 グラゼビュートの声も雷鳴でかき消され何を言っているか分からない。


 「エーファ! リーナ!!」


 アイゼルの悲痛な叫びは未だ振り続けている雷鳴にかき消される。


 どれくらいの時間、雷は落ちただろうか。数瞬にも、永遠にも感じたその攻撃が終わると、アイゼルの目の前に広がっているのは無数に焼け焦げた木々と、ほとんどまっさらになった森だった。


 「嘘……だろ」


 アイゼルの身体から力が抜けていく。エーファが死んだ。僕のせいで、エーファが死んだ。


 『まだ死んだとは限らん。稲妻に貫かれても生きている者はいる』

 「馬鹿言うなっ! 今のは『雷轟神鳴トニトラ・テンペスト』。当たれば一撃で人間なんて木っ端みじんにするんだぞっ!!」

 『何故、攻撃を喰らった前提(・・・・・・・・・)で話しているのだ』

 「何でって……。そんなの今のを見れば明らかじゃないか」

 『む……? わっぱ。もしかしてお前は気が付いていないのか?』


 アイゼルとグラゼビュートの会話に齟齬が生まれている。そのことに疑問を覚えながら、アイゼルは影貌シャドーと向き合った。


 ふと、天から降りている月光が陰った。


 ……月光?

 おかしい。この森はずっと曇っていて朝か昼か夜かもわからないような天候だったのに、どうして月の光が差し込んでいるんだ?


 そのことを疑問に思ったのはアイゼルだけではないようで。

 アイゼルと影貌シャドーは二人で空を見上げた。


 「変身メタモルフォーゼ


 ふと、そらから響くのはエーファの声。その声とともに、彼女の姿が激しい光に包まれた。


 『お前がリーナと呼んでいたあの生き物、どう考えてもこの世界の生き物ではあるまい』


 エーファが身に包んでいた衣服が消えてなくなるが、身体自体が発光しており、肝心の場所は見えなかった。


 ……チッ。

 

 「ぁ? あぁ。そりゃ、『召喚魔術』だからな。別世界の生き物を召喚したんじゃないの?」

 『何故、彼女の召喚魔術は魔術・・の名を冠しているのだ』


 全ての衣服が消え去ったエーファの周りを包んだのは、アイゼルが初めて見る衣服。ピンクのドレスのようなものの中心に緑色の宝石が輝いている。リーナの姿が見えないが、どこに行ったのだろうか。


 「え、何でって……」


 そんなこと、考えたことも無かった。

 魔術と魔法の違いは簡単だ。悪魔か、あるいはそれに匹敵するものと契約することによって使うことが出来る様になるのが魔術。契約無しに使うことの出来るものが魔法だ。


 『貴様がリーナと呼んでいたのはリリス・ナーマ。原初の神々(オリジンズ)より力を盗み出した悪魔・・で、世界を渡りながら今もなお、その罪から逃げ続けている』

 「……それって」

 『あぁ。この世界では『従一位ファースト・ワン』クラスに該当する悪魔。そして、あの少女こそがこの世界における彼女の契約者なのだろう』


 そういうグラゼビュートはいたって真面目だ。


 「魔術・・少女。エーファ・フルムーン、見参!」


 その直後、月光の輝きがいっそう増した。


 唖然としているアイゼルと影貌シャドーを置いて、彼女は口を開いた。


 「人を虐める悪い魔物にはお仕置きです!!」


 そう言ってエーファはそのまま腕を掲げて振り下ろした。その瞬間に、影貌シャドーは全身を一瞬にして拘束されると同時に、赤熱化。


 凄い。この短時間で変身魔術、浮遊魔術、拘束魔術、攻撃魔術の全てを高水準でこなしている。


 アイゼルが感嘆するとともに、影貌シャドーは蒸発してあとには水蒸気と煙だけが残った。


 「月に替わって成敗ですっ!!」


 そして、長く続いた一連の戦闘はエーファの謎決めポーズによって締めくくられた。

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