第4-2話 大軍、そして拒絶
「何っ!?」
傷だらけの騎士団たちが、声を上げる。流石のグラゼビュートもこれには驚いた声を上げた。
『二連続だと!?』
(普通は無いのか?)
『……700年前は無かった。例えば、今ソフィアが倒したような『群体』として一つの『侵略者』ならば何度でも続いて落ちてくることはあったが、同じ場所に連続で別の『侵略者』が来ることは無かった』
空という空間を捻じ曲げて、『星界からの侵略者』が落ちてくる。その体を形容するなら、蜘蛛であった。しかし、巨体。その全長は六メル。その脚の高さは五メルにも達する。
『一等星だッ!』
グラゼビュートの言葉が頭に響く。
その蜘蛛の脚は巨大な人間の腕。それが胴体から計八本生えており、本来の目がある場所には様々な人の顔が踊っている。そして、それら全てが翡翠に包まれているという気持ち悪さ。
見ているだけでも吐き気を催し、気が狂ってしまいそうになる。
『いや、しまいそうじゃない。見続けると本当に狂うぞ』
(何故……)
『やつらが住んでいる世界と、我らが住んでいる世界は全くの別。こちら側の思考で、向こう側を理解しようとするのは無謀と言ってもおかしくはないことなのだ』
グラゼビュートの言葉がぐわんぐわんと、頭の中で反響していく。頭がひどく痛む。死にそうなまでの頭痛に襲われる。
『見るということは、すなわち理解しようとすること。特にお前の場合は魔法からして、理解する魔法。悪魔化している状態ならいざ知らず、今見続けるのは得策ではない』
「くっ……」
グラゼビュートの忠告に従いアイゼルが視線を外すと、頭が少しだけ楽になった。一体どうしてそこまで頭が痛んだのか、分からないほどに。
「視線を外せッ! 楽になるぞ!!」
アイゼルの叫びを聞いた騎士団員たちがその言葉を聞いた途端弾かれたように視線を外す。すると、今まで苦悶の声を上げていた騎士団員たちは掌を返したかのようにため息が漏れた。
「しかし、あーくん。視線を外したままではろくに戦えないぞ」
「見ないようにして戦うしかないだろう」
「それはそうだが……」
頭痛が治ったアイゼルは、魔劍を抜刀。己に混じる欲望を喰らって、グラゼビュートが身体強化魔法をアイゼルにかける。全身が肥大化すると共に、一瞬で元の大きさに戻るとアイゼルは地を蹴って巨大な蜘蛛に接近。
蜘蛛の顔に張り付いた八つの人間の顔がけたたましい笑い声をあげながら、その巨体を走らせ騎士団員たちを轢き殺している最中、アイゼルは地面についた瞬間の巨大な人間の腕を手首から斬り落とした。
八つのうち、二つが驚いたような顔に包まれるがしかし残る六つが今しがた腕を斬り落としたアイゼルを捉える。その巨体を見事に操って方向を切り替えると勢いはそのままに蜘蛛はアイゼルめがけて飛び込んできた。
「……ッ!」
「ここは変わろう。あーくん」
否が応にも視界に入ってきた蜘蛛の姿によって激しい頭痛に襲われるアイゼルを救ったのは、ソフィアの後ろ姿だった。
「『大回廊』。ここはコピペで行こう」
『了解です。マイマスター』
「コピペ……?」
聞いたことのない単語にアイゼルが首を傾げると、同時に蜘蛛の残る七本の脚が、アイゼルが斬り落とした傷口と全く同様に、そして同時に斬り落とされた。
「……ッ!」
「一度見た攻撃を模倣し、再現する。便利だろう? この魔術は」
騎士団も、アイゼルも、グラゼビュートですらも何も言えず、全ての脚を失って地面を慣性に任せて滑る蜘蛛の音を聞いた。
「悪いがあーくん。止めは任せたよ」
とは言え、ソフィアも流石に蜘蛛を見続けることは厳しいらしい。滅入った表情で、アイゼルにバトンを手渡した。
アイゼルも視線を外すことによってかなり頭が楽になっている。すぐさま地を蹴って空へと浮かぶと、自らの重力に引かれるがままに落下。身動きが取れないままの蜘蛛の頭に向かって魔劍を突き刺す。
それだけでは止まることなく、アイゼルは己の身体を回転させると蜘蛛の巨体をそのまま両断すべく回転斬り。全身を使って、蜘蛛の巨体を真っ二つに割くと同時に着地した。
翡翠の蜘蛛は最初、何が起きたのかを理解出来ないまま八つの顔を不可思議に曇らせていたが、やがて己の身体が両断されたということに気が付くとゆっくりと耳の奥底にまで響き渡る悲鳴を上げて巨体を地面に倒した。
刹那、爆発。膨大な質量が一気に翡翠色の血液へと変化するとあたりを撒きこんで広がった。
「……ッ!!」
着地したばかりで上手く体勢を整えられないアイゼルに後方から膨大な質量が襲い掛かる中、ソフィアがその体を拾い上げると、そのまま宙へと浮かんだ。
「……ソーニャって」
「うん?」
「空も飛べるんだな」
「飛べると言っても停滞だがな」
「いや、それでも十分すごいよ……」
別にアイゼルとて悲嘆の悪魔になれば空を飛べることには飛べるのだが、それを素の状態でやってのけるところにソフィアの化け物さが伺えるというものだろう。
『死なばもろともで、周りを巻き込む『侵略者』か……』
グラゼビュートはポツリとそう漏らす。
『向こうも流石に無変化とはいかないか』
こちら側では700年前。向こうでは一体どれだけの時間が流れているのか分からないが、しっかりと変化をしてきている。そうなると、グラゼビュートの忠告もやがては役に立たない時が来るのだろう。
「強く、ならないとな」
アイゼルの悪魔化は便利であるが、その分この世界から拒絶される。正一位の悪魔は世界にとっては負担が大きすぎるのだ。
特に、先日行われた大罪同士の衝突によって世界はアイゼル達の悪魔化を拒否する傾向にあるらしく、グラゼビュートが言うには一か月は悪魔化できないとの話だった。
一体何のために悪魔になったのか、まるで分からないがアイゼルには人間としても強くなれと世界が言っているような気がしたのだ。
「この血は地面に染み込むだろうから、私たちは帰ろう」
翡翠の川を見ながらソフィアがそう言った。
「後始末とかしないでいいの?」
「それは騎士団の仕事だ」
「そうなの。じゃあ、帰ろっか」
アイゼルとソフィアはだんだんと昼になっていく空の元、遠く離れた場所にある夜空を見ながら帰路へと付いた。