第3-24話 魔法、そして終わり
貪食の悪魔が生み出した魔法は『暴食絶無』と、彼自身が名付けた魔法。その魔法はかつて神が世界を作り直すときに使ったとされる物。天を砕き地を壊す。そして最後に零にする。
加えて、天に轟く黒い魔法陣はアイゼルの介入によってその密度を高めていき、彼一人では到底到達できなかった領域へと足を踏み入れた。
一方、相対する虚栄の悪魔が使った魔法は『虚構妄界』と呼ぶ魔法。その効果は、範囲内に入った対象を無限大に発散させることで零へと帰す魔法。それはある意味で『悲哀虚妄』に近い魔法かも知れない。
しかし、決定的に違うのは『虚構妄界』は存在すらも零にしてしまえる点にある。
そうして、生み出された白い魔法陣は大きく広がると、強欲の悪魔の補助を受けその密度を高めていく。
黒と白の双極の魔法陣は天を覆うと、互いからあふれ出る膨大な魔力で物理法則が次第に、しかし確かに書き換えられていた。
「なん、なの。あれ……」
夜が明けたことで魔術少女の姿が解除されたエーファが呟く。その周りにいる騎士団たちも、何が起きているのか分からず王城の残骸の中でただぽかんと口を開けたまま空を見ているだけだ。
既に状況はエーファの理解できる範疇を飛び越えていた。ソフィアとアイゼルがケルビムによって殺されたかと思うと、アイゼルの姿が消えた。そして再び現れたアイゼルによってソフィアは元の姿に戻されると、アイゼルは賢者ともう一人の男を追ってどこかに行ってしまったのだ。
「これは……あーくんの魔力……? でも、一体……」
怪我が治されたばかりのソフィアが天を見ながらそう言って首を傾げる。いや、怪我は治ったのではない。初めから彼女は怪我を負っていなかったかのように、まるで巻き戻されたかのように、状態を変化させられたのだ。
「あれは『正一位』たち、なのだ。化け物たちが、好き勝手に暴れているのだ……」
リーナの言葉は、多くの人間にその状況を伝えるものだったがほとんどの者はその先の言葉がなくとも、それを理解していた。すなわち、
「世界が、終わるのだ」
「そう。あれはアイゼル君の」
王立魔術師学校に向かう途中、宙に広がった莫大な魔法陣を見てローゼはそう呟いた。少し前まで、手のつけようのない落ちこぼれだった彼を見捨てなかったのは教師としての矜持だったのだろうか?
今となってはもう、思い出す事も出来ないようなチャチなこと。しかし、こうして宙を見ていると自分の生徒がどこまでも成長していくのを少しだけ羨ましく思う反面、とても誇らしかった。
「そうよ。貴方たちは落ちこぼれじゃないの」
ローゼはそう言って、見えぬアイゼルにほほ笑んだ。
「アイゼル……」
王城の中、牢獄に入れられたメイシュはそれを助けにきたサフィラと共に、天を覆う魔法陣を見ていた。
「あそこにアイゼルがいるの?」
サフィラの言葉に、メイシュは頷きで返した。
「うん。私の中にいる色欲の悪魔がそう言ってるから」
「そうなの。それが本当ならアイゼルは」
「最後の大罪になってるはず」
「まさか、悪魔に成ってまで賢者に立ち向かうとは。馬鹿なのかしら」
「アイゼルは、馬鹿だよ」
力なく、メイシュがそう言う。けれど、その言葉にはとても暖かさがあって。
「馬鹿だけど、すっごい優しいから」
「そうね。アイツはそういう奴ね」
そして、二人は来たるべき終わりに対して身構えた。
四体の『正一位』の魔力がぶつかり合い、周囲は常に雷電が走る。耐えきれずにイオン化した空気が鼻孔を刺激し、一種の不快さを醸し出していた。魔法が使われていないにも関わらず魔力同士の衝突によって生み出される衝撃波は海すら割るものであったが、書き換えられた物理法則がそれをよしとはしなかった。
『正一位』を中心に巨大な重力場が発生し、周囲の物体が悪魔達めがけて引き寄せられていたからだ。それはかつての衛星よりも強いもので、海の水が持ちあがり、砕け散った月の残骸が四人に集まる。
ついに周囲の原子が悲鳴を上げて分離。周囲に電子や中性子がばらまかれる。
「行こう。貪食の悪魔」
「ああ。勿論」
そして、機は熟した。
「強欲の悪魔。気合入れろよぉ!」
「勿論!」「当然!!」「当り前!!!」
そして、互いの魔法陣は一瞬にて収束すると互いの対象めがけて放たれる。まるで打ち合わせていたかのようにして四人の大罪が同時に権能解放。
貪食の悪魔の『因果貪食』が、魔法が直撃したという結果を呼び出し、
強欲の悪魔の『此先強奪』が、自分たちが勝つという未来を引き寄せる。
虚栄の悪魔の『色蘊虚栄』が、それを強化し、
悲嘆の悪魔の『悲嘆虚妄』が、二つの権能を否定する。
地上にいた人間たちがみたのはまるで宇宙が生まれた時のような激しい光。世界創生の光と共に、四人の悪魔はぶつかり合う。生み出されたエネルギーによって、アイゼル達の星が壊れないのは一重に悪魔達がエネルギーを指向させているから。
無限のうねりのその中から一人、流星のように飛び出した悪魔がいた。一切を零にする魔法と魔法の間を、安全地帯が見えているその悪魔は駆け抜ける。
「来るかアイゼルッ!!」
それを察知した賢者が吠えた。
「成りたての小僧に何が出来るッ!!」
世界が終わるその瞬間に、アイゼルは答えた。
「気が付いたんだ」
強欲の悪魔たちがアイゼルに向かって魔法を放つ。
「出来る、出来ないじゃない」
だがその一切は当たらない。当たるはずもない。
「やるか、やらないかなんだ」
知覚魔法は彼が生まれたから常に使い続けてきた魔法。悪魔に成ろうとも、使いこなせないわけがない。
「出来ないからと、投げ出すのはもうやめた」
悲嘆の悪魔は、アイゼル・ブートとして剣を構える。
「だから、僕は」
その先は、まるで永遠のような刹那であった。
「お前を倒すよ」
そして、世界は終わりを迎えた。