第3-22話 虚栄、そして悲嘆
「権能解放、『此先強奪』」
賢者の一声によって、強欲の悪魔の権能が解放される。それは、そこに至るまでの一切を奪い取る強欲の顕現。世界に存在する、自らの勝利へとつながるであろう全てを奪い取り、自らの物へと変換する能力。
故に、それは勝利を確定する能力となりえる。
貪食の悪魔の能力が、それまでの過程を全て喰らい、未来だけを顕現させる『因果貪食』を持つのであれば。
強欲の悪魔が持つのは、己が確定した未来を強欲にも今の世界へと引き寄せる能力。果たしてそれは、一見するとシェリーの能力にも近いかもしれない。
しかし、かの権能は己が望む未来を顕現させるという意味でははるかにその上位互換と言えるだろう。
「そんなものが通用するとでも?」
グラゼビュートは息を吐いて、その両手を掲げた。
「喰らいつくせ」
その一声で、変わるはずだった未来は書き換えられその時間が持っている本来の因果に従って世界が再構築される。それゆえに、傍から見ると何も起きていないように見えた。
「あー!」「そうだった」
「忘れてたー!!」
「貪食の悪魔に」
「攻撃は」「通じない!!」
「あぁ、そうだ」
強欲の悪魔の言葉にグラゼビュートは笑って応える。
「だからお前たちは、俺を封じたのだから」
その言葉に賢者は渋い顔となる。グラゼビュートは貪食の悪魔。しかし、その能力は契約者の欲望を喰らうことによって自らの力へと変換することだ。
だが、それは別に契約者に限った話ではないのだ。例えばそれが敵対する悪魔であっても、グラゼビュートはそれを行うことが可能なのだ。故にそれは、悪魔殺しの悪魔。
全ての大罪の持ち主が持つであるであろう大きな欲望は、グラゼビュートにとっては格好の餌だ。特に強欲などは、その名を冠する通りグラゼビュートにとってはまさに獲物。だから700年前、それを常に懸念し続けた賢者とそれに契約した強欲の悪魔によって封じ込められたのだ。
「懐かしいな。あの時も真正面からだと俺に勝てないからだまし討ちで俺を劍の中に閉じ込めた」
「ああ、魔劍が壊れたらお前が出てくるという契約でな。ケルビムにはしっかり言い聞かせておくべきだったな」
「そんなことをせずとも、いずれアイゼルはあの魔劍を壊していたさ」
「アイゼルか。アイツは俺の想像を常に超えていく。ただの落ちこぼれだと思っていたやつが、今じゃ王家直属魔術師部隊の隊長たちを倒しちまう」
「人は常に育つ生き物だ。俺やお前と違ってな」
「ああ、そうだろうな。だが俺たちに成長は必要ない。そうだろう?」
「どうだろうな。俺はそうは思わないが」
グラゼビュートはそう言ってため息をつくと、手元に剣を生み出した。それはどこまでも色を奪い取る黒い剣。アイゼルが常に手放さなかった魔劍がグラゼビュートの手元に生み出されていた。
「だからこそ、これを使える」
そう言ってグラゼビュートは構えた。
そして、振るった。
それは天地断絶の剣。生み出されたエネルギーはその威力のほとんどを光へと変換されたが、しかしそれを補って余りあるほどの威力で持って賢者と強欲の悪魔を襲った。
当たれば星すら断ち切るほどの一撃は、しかしすかさず発動された『此先強奪』によって威力の2%だけを奪い取られる。その瞬間に生み出されたごく短時間さえあれば賢者は自らの身体を転移することが出来る。
そして、空ぶったその一撃は遠く離れた星に直撃すると、文字通り真っ二つに砕き割った。
だがそれは誰も預かり知らぬこと。二人にとっては無関係のことに過ぎない。
「昔からお前は接近戦が苦手だったな」
グラゼビュートの真後ろに転移した賢者に彼は接近。転移させる隙も与えず真横に一閃。転移したばかりで空間的に安定しない賢者は躱すことすら出来ずに直撃。当たった場所を存在的に喰らいつくす魔劍によって、再生しない一撃を与えられる。
だが、賢者の身体にわずかに食い込んだところでその一撃は止まった。
「……む」
「わりィな。もうお前相手に舐めた真似なんて出来ねえよ」
「ほう。やっと本気で来るか」
「ああ」
賢者はそう言うと、自らの腹に食い込んでいる魔劍を指で押し返した。それだけで、魔劍は一瞬の後に腐食すると腐り果てボロボロと崩れ去る。
「『虚栄の悪魔か』」
「おう。久しぶりだな。この姿でお前と会うのは」
そういう賢者の姿は最初とほとんど変わりない。しかし、その存在感。その魔力に関しては全くの別。
虚栄の悪魔はその権能により自らの存在を人間に堕とすことで、悪魔と契約した悪魔だ。それは700年の時を経て誰もが彼を忘れた時にふらりと王国に訪れ最強の名を欲しいままにした。
「何できても変わりないことだ」
グラゼビュートはそう言うと、再びその手に魔劍を生み出す。
「お前たちが悪魔である限り、俺には勝てんよ」
「そう思うか。それならそれで、ほえ面をかかす甲斐があるってもんよ」
二人は大気圏でそう言いながら笑いあう。
「始めようか。最後の戦いを」
「ああ、もうお前と戦うのは飽き飽きしたぜ」
そう言って三者が動いた。
「「「権能解放」」」
「正一位」の悪魔達が同時に権能を解放。それは世界の終わりに他ならない。
「因果貪食」
「此先強奪」
悪魔と悪魔の一撃がその場でぶつかり合う。両者はともに因果に干渉し、未来を書き換える能力。己が望む結末をこの世に顕現する一撃が互いにぶつかり合って莫大な光を生み出した。
それは、星そのものを包むほどの眩い光。その一瞬だけ、その星から夜という概念は無くなり、全てを包み込む激しい光だけが残った。もし、その光の中を見るものがあったら気が付いただろう。全ての色を亡くした男が、七対一という不利を覆してまで優勢に立とうとしていた瞬間を。
しかし、それはもう一人の悪魔の言葉が紡がれるまで。
「色蘊虚栄」
それは、何かを大げさにしてしまうだけの権能。だが、それは他者と組み合わさることによってその攻撃を絶大にする権能と化す。
故に、いかに強奪の天敵と言える貪食相手でも。
その攻撃は悪魔を貫く一撃と言える。
「ォォォオオオオオオオオオッ!!!」
グラゼビュートが吠える。どれだけ強欲の悪魔の欲望を喰らっても、その全てを自らの力に変換しても届かない。虚栄の悪魔によって強化された攻撃に届かない。
消えるのか?
一瞬、グラゼビュートの心の中に生まれた迷いが致命傷となった。
それによって権能の効果が弱まり、グラゼビュートが消滅するという強欲の悪魔の望む未来が叶えられようとして。
その全てが消え去った。
「え!?」「何々!!?」
「どういうこと?」
各々が好き勝手に言いあう強欲の悪魔を無視してその男は言う。
「遅くなってごめん」
と。
「これで、数的には平等にはなったかな」
その場でいとも容易くそういう青年こそ。
「アイゼル・ブート!」
虚栄の悪魔の言葉にアイゼルは頭を振る。
「違う」
アイゼルは短く吐き捨てる。
「今の僕は悲嘆の悪魔だ」