第3-21話 積年、そして強欲
「俺たちが決着を付けようと思ったらここしかねぇよなぁ」
「ああ、まったく。人気のない場所と言えばここしかないからな」
両者を包むのは浮遊感。真下には青い色をした星がおおきく丸みを帯びており、手を伸ばせば届きそうなまでに大きな月が見えていた。
「大気圏か。まさかここでお前と戦う時がくるとはなァ」
「700年前の敗北。仲間であるお前の裏切り。剣の中で恨んでも恨み切れないほどの恨みがあったが、いざこうしてみると、何も感じないものだな」
両者は空中で足場を生み出し、その場で静止するとひどく薄い空気の中で互いに言葉を紡いでいた。
「まァ、あれは仕方のないことだったのさ。許してくれよ」
「悪魔殺しの悪魔はお前にとってはそれだけ恐怖だったか?」
「……さてな」
何も映さない顔で賢者はそういう。七つの珠はぐるぐると賢者の周りをまわり続ける。
彼らにとって間合いなどあってないようなもの。何故ならば『正一位』の悪魔にとって射程は己が認識できる世界そのもの。それに相対する賢者も勿論それ相応の攻撃手段を有している。
「ずっと気になっていたんだ。どうしてお前が人として賢者なんてやってるのかと」
「何つーこと言うんだ。700年前も、俺は賢者だっただろ?」
「馬鹿いえ。己の力を誇示することしか出来ない男だっただろう。お前は」
「はっ。懐かしいねえ」
「それだけ怖かったか? 侵略者は」
「………………」
「何も言わないってのは答え合わせか」
「ケッ。好き放題言いやがって」
「悪かったな。俺たちにこれ以上の御託はもう必要ない」
「ああ、700年前の続きを始めるか」
「来いよ。『賢者』」
「言ってろ。『貪食』」
両者がそう言って笑う。その瞬間、『賢者』の七つの珠のうちの一つ。赤い色をした宝珠が一つ大きく煌めくと、その瞬間両者の間に膨大な熱が生まれた。
大気と言う熱を伝達する媒介が薄い上空ですら、全てが燃え尽きてしまうほどの圧倒的な熱が世界を支配する。
「昔、『正二位』の魔人が使ってた魔法さ」
「『陽熾焔燼爛燕』か」
それは極小の太陽を生み出す魔法。しかし、
「賢者が使えば、こうなる」
表面温度、2億度。中心温度は4億にも達する直径10メルの巨大な火球。それは、真下の海水を蒸発させ夜を昼にしてしまうほどの魔法と化す。
「まあ、序章にはちょっと足りないけど。受け取れよ」
そう言って、賢者はその火球を爆ぜさせた。
それは神話世界の攻撃。街一つなど簡単に壊せてしまうほどの攻撃だが、しかしそれは爆ぜた瞬間に逆再生されゼロへと帰した。
「つまらんな」
「せっかくの花火を消しちまうとは、風情も何もねえ男だ」
「風情? そんなものが欲しいならくれてやる」
グラゼビュートは笑いながら腕を振るった。賢者は七つのうち、四つを動かして目の前に防御壁を貼った瞬間に衝撃波が激突。大気圏に耳をつんざくほどの衝撃音が生まれ、賢者に当たらなかった衝撃波は雲を裂き、大気を破いて、海を割った。
「さて、どうだ」
「困ったな。余裕すぎるぜ」
大陸棚を露出するまでの一撃は、しかし両者にとっては風が吹いたようなもの。大きな音を立てて海が元に戻っていくのを知る人は誰もいなく。
「さて、次は俺から行くぜ」
賢者が笑うと共に生み出された七つの光の球。
「しっかり防げよ」
瞬間、生み出されるのは質量を持って亜光速に達した物体。賢者によりエネルギーの供給を受けたそれは、しかしグラゼビュートによって生み出された高密度の重力場によって動きをそらされ星の周りを漂っている小惑星に衝突していく。
「相変わらず、大げさなやつだ」
懐かしく呟くグラゼビュートに対して、賢者は追撃に動いた。
「今度こそ殺してやるよ」
「今度は殺せると良いな」
グラゼビュートが両手を広げる。その掌に浮かび上がるのは口。無数の牙を生やしたそれは賢者が生み出すはずだった魔法の元である魔力を喰い散らかすと、グラゼビュートへと還元する。
「さて、お返しだ」
賢者は真正面から響いたその声に対して、素早く七つの珠を操作して自らの前に七つ全てを投入。グラゼビュートの一撃を防御すべく空間を断絶。しかし、それを嗤いながら喰いちぎった白黒の男は拳を振るった。
「チッ!」
防御が間に合わないと悟った賢者は自らの首から上だけを転移。残された身体を襲ったグラゼビュートの一撃により、賢者の身体は蒸発する。しかし、勢いを殺しきれずに生まれた衝撃波は月まで到達すると、それを砕いた。
「なんつーことをしやがる」
「蜥蜴のような男だな」
首から下を生やした賢者にグラゼビュートは飽き飽きしたように呟く。
「あーあー、月を直すの誰だと思ってんだ」
「お前だろう?」
「知ってんのかよ」
わずか数瞬の攻防をおえた二人は一呼吸つくために、攻撃を辞めた。
「そろそろ、ソイツ等を解放したらどうだ?」
グラゼビュートの言葉に賢者がニヤリと嗤った。
「何のことだか」
「アイゼルについて王立魔術師学校についた時から、そいつらの気配を感じ取っていたのだ。今更隠しても通じんよ」
「お見通しってわけか」
「それに、今のお前では俺には勝てまい」
「チッ。好き放題言いやがる」
「だが、事実だ」
「まあ、そうだろうな。前も、二人でお前を封じたわけだし」
「ああ。リベンジという奴だ。お前ひとりに勝ったところで何一つ満たされる物など無い」
「後悔しても知らないぜ。目を醒ませ『強欲の悪魔』」
賢者の言葉と共に、虹の色を持った七つの珠が割れた。
「おはよー!」「久しぶりだね!!」
「700年ぶりだー」
「元気に」「してた??」
「フェイス!」「いや、いまは」
「「貪食の悪魔かぁー!」」
赤の髪に、赤の目の少女。橙の髪に、橙の目の少女。
黄の髪に、黄の目の少女。緑の髪に、緑の目の少女。
青の髪に、青の目の少女。藍の髪に、藍の目の少女。
紫の髪に、紫の目の少女。
強欲故に、己を七分割した悪魔がグラゼビュートと対峙した。
「さて、700年前の続きを始めようか」
グラゼビュートの言葉に『強欲の悪魔』が連なって笑う。
「楽しみだね」「愉しみだね」「愉快だね!」
「どんな声で泣くのかな」「啼くのかな!」
「今度は誰を奪おうか」「殺そうか!!!」
七人の最も悪魔らしい少女たちは哂う。
「「「次は全てを寄越せよ」」」
七人の声が世界に響く。
「「「「貪食の悪魔!!!!」」」」