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第3-20話 貪食、そして悪魔

「さて、久方ぶりの現世うつしよだが……。状況は、最悪だな」


 貪食の悪魔(グラゼビュート)はそう言って笑った。


「ふーん。まあ、状況からみて君はアイゼルの魔導具の中にいた悪魔、で良いのかな。そんな話なんて聞いたことも無いけど」

「ああ。その想定であっているぞ」

「そっかー。困るなぁ。未知はこりごりだよ」


 ケルビムは困った時の癖なのか、ため息をつきながらそう答えた。


「さて、私怨もあることだし。あの賢者のもとに案内してもらおうか」

「賢者様のもとに? 無理に決まってるだろ。悪魔如きが」

「ほう。言うではないか」


 グラゼビュートの感嘆の言葉をケルビムは聞き流す。何しろグラゼビュートの背後には既に布石が動いているからだ。この瞬間まで、一切の動きを消していたケースがここで動いた。


 彼は彼の魔導具で持って、グラゼビュートの背後からその心臓を穿った。その魔導具は短刀。その権能はいかなる防御も無視をするという『正二位アルファ・セカンド』の悪魔が取り付いたナイフ。


「さて、悪魔といえども心臓を貫かれたら生きていけないだろ?」


 そう言って尋ねるケルビムの目に映ったのは、宙を舞ったケースと傷口から血の一滴すらも滴り落ちない悪魔の姿。


「ふむ。俺も舐められたものだな。まさか、この程度の攻撃で倒されるなどと思われるとは」

「……へぇ」

「どうした? その程度の()()()()では俺から奪うことなど出来んぞ」

「……バレてるか」

「当然」

「これは困った。見る限り『従一位ファースト・ワン』以上の悪魔か」


 ここに来て声色が本気のそれになったケルビムを次に襲ったのは、下腹部の激しい痛みだった。


「さて、つまらんものだがこの程度は貰っていこう」


 その場から一切動くこと無く、一切の魔力を動かすことなく、ケルビムの胃と、肝臓と、膵臓と、腎臓を奪い取ったグラゼビュートはひどく退屈そうにそう呟いた。


「さて、追うか」


 わずか数秒で、その場にいる誰の理解も許さずに、グラゼビュートは隊長たちを制圧すると悪魔達の住まう『対話の間』に向かって足を進めた瞬間に、


「その必要はないぜ」


 絶対強者の声が響いた。

 空の満月を背にして、それぞれが虹の色を有した七つの珠が衛星のようにくるくると回る。


『賢者』。誰もがそう呼ぶ、王国の希望。


「久しぶりだな、アーク。いや、ここでは『賢者』と呼ぶべきか」


 最初に口を開いたのはグラゼビュート。彼はまっすぐ賢者を貫く視線でそう言った。


「700年ぶりかァ、フェイス。いんや、今のお前は『貪食の悪魔(グラゼビュート)』だったな」


 そういって笑う両者の顔は、懐かしさを味わっているもののそれではない。互いに向けられているのは殺意。隙あれば喉元に食らいつく猛獣たちの瞳だ。


「ここでドンパチやったら王国民が全員死んじまう。ちょっと場所を移動しよう」

「ああ、それには同感だ」


 そう言って、何も言えない騎士団たちを置いて化け物たちは姿をくらました。





 目を開けると、光に包まれた。


「……ここは」


 自分は心臓を貫かれたはずだ。そう思って胸元を見ると、そこにはまるでコンパスでくりぬかれたかのようにぽっかり綺麗に丸が開いていた。


「……え?」


 だが血は一滴も落ちてこないし、痛みもない。


 どういうことなの……?


「さてさて、アイゼル。君は人間として死んだわけだが」


 声が響く。何も無い真っ白な空間に一人。白い髪と白い目をした少女がそこにいた。


「気分はどうだい?」

「ソフィアは、どうなりました」

「へぇ。そっちを聞くのか。良いよ、教えてあげる。かろうじて生きてるって状態だな。いつ死んでもおかしくはない」

「そう……ですか。それで、ここはどこですか?」


 アイゼルの言葉に白の少女は目を丸くした。


「自分のことは聞かないのか……? まあ、それはそれで良いけどよ。ここはな、私の世界だ」

「君の、世界」

「そう。まあ、詳しい御託はいらねえ。俺とお前の間にいるのはたった一つの言葉で良い」


 アイゼルの前にいる少女が嗤って、さらに言葉を紡いだ。


「『汝の願いを三つまで叶えよう』」


 それは、あまりにも普遍的な言葉だった。しかし、それはアイゼルにとってはひどく新鮮で。


「それは……」


 知識としては知っている。しかし、実際にそんなことを言う存在はいなかった。


「『契約として死後の魂を頂く』と、まあこんな感じだよ」


 そう言ってゲラゲラと嗤う目の前の少女は間違いなく。


「悪魔……か」

「くれぐれもつまらない願いは辞めてくれよ」


 そう言って嗤い転げる少女こそ、


「俺こそ『起源の神々(オリジンズ)』の一つにして、悪魔たちの『始祖(イヴ)』。歓迎するぜ、アイゼル。誕生祝いにお前の願いを三つだけ叶えてやろう」

「これって、生き返るのは願わなきゃダメですかね」

「まあ、そうなるな」

「じゃあ、それはとりあえず置いておきます」

「っていうか、お前。この状況に慣れるの早いな」

「藁にもすがりたいんですよ、僕は」


 やっと見つけたメリーは、目の前で賢者に連れ去られた。

 ずっと助けてくれたソフィアは、アイゼルの代わりに死にかけている。


 誰かを助けるために強くなったのに、アイゼルは未だ何も守り切れていないのだ。

 だから、


「僕は、強くなりたい」

「その願いは平凡すぎる。却下だ」

「まあ、聞いてくださいよ。それに今のは願いじゃないです」

「ほう……?」

「僕は強くなりたかった。でもこれは過程なんです。誰かを守りたいから強くなりたいんであって、強くなりたいから強くなるんじゃないんですよ」

「そうだろうな。まあ、普通の人間はそういうことを言いがちだ。目標を見失ってないだけマシだがな」

「それで、少し考えてみたんですよ。このまま僕が悪魔になっても箸にも棒にも掛からないような貧弱悪魔になって終わりじゃないですか」

「……ん。悪魔の階級はその後の努力次第でいくらでも変わるけど。最初はそうだな。聞いたことも無いような下の階位になるだろうな。お前なら」

「だから、僕の一つ目の願いは、僕を『正一位オリジンズ』にしてください」

「……へぇ」


 アイゼルの言葉に目の前に悪魔は口角を釣り上げる。


「面白い。良いぜ、アイゼル。その願いは叶えよう」


 そう言って少女が言うと、アイゼルはふと昔のことを思い出したかの様にして自らの権能を知った。


「いや何、都合よく一つ枠が余っていたからな。だからお前の名は――――」


 その名を聞いて、アイゼルは少しだけ笑った。


「そうですか。それは良い名ですね」

「ああ、そう思うだろ。さて、なら二つ目の願いを聞こうか」

「それはもう決まってます」


 そう言って二つ目の願いを告げた彼に再び笑い声が返ってくる。

 

 そして、その願いは叶えられて…………。

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