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第07話 魔剣、そして対敵

 「ふっ……」


 剣に手をかけるが、アイゼルはそれを抜くかどうかを悩んでいた。


 『下らぬことを悩むものだ。剣を抜いて力に任せてしまえ』

 (出来るか、そんなこと)


 呼吸が思わず浅くなる。背後は崖、左右は森だがこの筋肉痛ではエーファを抱えて走ることは叶わないだろう。だが、知覚魔法も無く、森にも慣れていない彼女が森に逃げ込もうものなら、すぐに足を取られ背後から迫る魔物にすぐさま喰われることだろう。


 何故なら、その魔物は。


 「ガルム……」


 おそらくは昨日の個体と同個体。紫色の狼は、二人と一匹を舐め回すように見つめた。

 リーナはエーファとアイゼルの前で、狼を威嚇するように構えている。どうする。剣を抜くか。


 『まだ悩むか。まあ、それも良いだろう。だが取り返しのつく間に決めることだ』

 

 ふと、二体いるガルムの片方がゆっくりと足を動かした。


 その瞬間、ガルムは大きく叫ぶと同時にエーファに飛びかかる! 

だが、アイゼルはそれを知覚魔法によって読んでいた。エーファを地面に伏せるとガルムに自らの右腕を喰らわせる。


 「ぐぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおっ!」

 「アイゼル君!」

 「アイゼル!!」


 二人が名前を呼ぶのが聞こえる。アイゼルは腰につけていた剣を鞘ごと引き抜くと、右腕に噛みついているガルムの顎を剣で叩きつけた。だが、一度では外れない。二度、三度と剣を振るって初めてガルムがそれを嫌がり、アイゼルの腕から口を離した。


 「……くっ」


 右腕には大きな歯型が付いており、うっすらとだが骨も見えていた。知覚魔法が、腕の損傷具合を知らせてくれる。右腕を滴る生暖かい血液がひどく気持ち悪かった。

 幸いにして神経は傷ついていないようだが、牙が骨にまで達したらしく、右腕の骨は粉砕骨折しているみたいだ。


 「アイゼル君、大丈夫……?」

 「あぁ……。大丈夫だ」


 強がりにもならぬ強がりを吐いて、アイゼルは目の前にいる二体の魔物を見据える。


 くそっ、最悪だがここで剣を抜くしか他はない。


 「エーファ、リーナ、下がって」

 「アイゼル、何をするつもりなのだ!」

 「ここからは、僕がやる」


 エーファを斬るかも知れないという怖さよりも、ここで三人死んでしまう怖さがアイゼルの中で勝った。


 だから、


 アイゼルは左腕で剣を握る。


 『剣を握る方の腕を差し出す馬鹿がどこにいる』

 「すまん」


 知覚魔法が相も変わらず、三つのガイドラインを表示する。一つは、このまま剣を抜いて直線に走るライン。二つ目は、下からすくい上げるようにするライン。三つ目は弧を描く様なライン。そして、そのどれもガルムの頭を通って斬りぬけるコースだった。


 そして、アイゼルは剣を抜いた。


 刹那、ガイドラインの数が15個に増えると同時に、今まで三つだった表示ポップアップの数を、あざ笑うようにして世界に表示される表示アシストが増える。それはまるで、これが本当の知覚魔法であるかのように。



 そして視界の右下には装飾された文字で【1.5%】と表示されている。何が1.5%なのかは定かではないが。



 「おいおい、勘弁してくれよ。俺の相手がこんなざこか?」


 ゲラゲラと左腕で剣を構えてアイゼルが笑う。


 「一つ、二つ、三つ、四つ、どこを選んだって死ぬじゃねえかよ」

 

 そう言ってアイゼルが一歩踏み込むのと同時にガルムがそこに飛び込んできた。アイゼルは目の前に表示されたガイドラインにそって剣を動かす。それだけで、ガルムの身体が真っ二つに断ち切られた。


 「弱ぇなァ……」


 もう一匹のガルムはそれに臆したかのように一歩後ろに下がった。だが、彼も魔物を束ねる魔物。これでは引けぬと、わずかに身体を震わせたかと思うと、三つの火球を作り出した。


 「馬鹿な真似を」


 アイゼルはそう吐き捨てると、目の前に浮かび上がった表示アシストの通りに身体を動かす。それで、ガルムが放った三つの火球はアイゼルにかすることも無く、虚空へと消えて行った。


 「おいおい、勘弁してくれよ」


 そういって踏み込んだアイゼルを避けたガルムは、何故その動きが読まれたのかという驚愕を胸に抱いたまま首を落とされた。


 「ふん。雑魚が」

 「……アイゼル、君?」


 そう漏らしたエーファをアイゼルが見る。そうして視界に浮かび上がった表示アシストにアイゼルは口角を釣り上げて嗤った。


 「94通りもあるぜ」


 やめろッ! 


 遠く声が聞こえる。

 

 そこに表示されている94通りはどれもこれもリーナとエーファにとって致命となる一撃。


 「アイゼル、何を言っているのだ」


 唸るようにしてリーナが問う。


 「お前らを殺せる剣筋さ」


 剣を離せッ!


 「うるせぇなァ……。一体、どこのどいつが……」

 「アイゼルッ!!」


 リーナが叫ぶと同時に、アイゼルが自らの右腕を右足で蹴り上げた。二人は何が起きたのか分からずに呆然としていると、アイゼルは剣をゆっくりと鞘に納めた。さっきから聞こえていたのは、自らの声。


 「…………危なかった」


 そう漏らしたアイゼルは、彼女がよく知っている彼で、


 「……アイゼル、君。良かった。良かったよぉ」


 そういって泣き始めた。


 アイゼルは奥歯を噛みしめながら、先ほどの状態を憂いた。

 今のは本当に危ないところだった。知覚魔法の表示アシストの通りに剣を動かしていたら、今頃アイゼルはエーファを殺していた。


 「アイゼル。その剣は、危険なのだ……」

 「……分かってる。僕も出来れば抜きたくなかったけど、今回は抜かなければ僕たちが死んでいた」

 

 それはリーナも分かっているのか、困り果てた顔してそれから何も言わなかった。


 (おい、グラゼビュート。こんな副作用聞いてないぞ)

 『聞いてないもなにも、剣を抜いた後のお前は何も変わらないただのお前だ』

 (そんなわけあるか)

 『いや、あれはお前だ。この剣は契約者の潜在人格を解放する。あの殺戮者は虐げられていたお前が心のうちに生み出した破壊者だ』

 (……っ!)


 その言葉にアイゼルは何も言えなくなった。


 みんな死ねばいいと思わなかったことがないと言えば、それは嘘になってしまう。

 どうして、ここまで努力をしているのに皆はそれを超えていくのか。才能さえあればそれだけで、どうして僕より努力をしていない人間が強くなれるのか。


 文句を挙げればきりがない。アイゼルはどうしようも無くなってみんな死んでしまえばいいと、みんなを殺してやりたいと、そう思ったことは数えきれないほどにある。


 あれが、そうなのか。


『だが、それは俺のせいじゃない。お前自身の心の問題だ』

(…………)

 

 正論過ぎて何も言えない。


 アイゼルはしばらくその場で固まっていると、ふと唐突に思い出したように両者に声をかけた。

 

 「……この崖、どうする?」

 「月……さえでれば、なんとかなる、けど……」

 

 月……?


 「曇り空だしなあ」


 時間的には夜だとは思うのだが、この森は薄暗いくせに微かに明るいせいで正確な時間が分からない。


 崖を迂回するようなルートを通っても良いが、地図もなくまた魔物が溢れる森の中を歩くとなると、それこそ何日かかるかもわからない。


 「……崖を、降りるか?」

 

 アイゼルの言葉にエーファがぶんぶんと首を振った。アイゼル一人ならそれも試したかも分からないが、エーファの握力で崖下りは難しいだろう。それに崖を降りている間に魔物に襲われるとその瞬間に終わりだ。


 というか、そもそも今のアイゼルの右腕では崖下るどころではない。日常生活すらも危ういのだ。


 「アイゼル、右腕を見せるのだ。簡易的な治療はしてやるのだ」

 「助かる」


 リーナはアイゼルのもとに近寄ってくると、折れた腕にふれた。じんわりと腕に熱がこもり始める。

 

 へえ、これ結構温かいな……。いや、熱が強すぎないか……?


 「熱ッ!」

 「うるさいのだ。男ならこれくらいは我慢するのだ」

 「いや、これは火傷するって……」

 「治癒魔法で火傷するわけないのだ」

 

 リーナの強引な治癒によって、アイゼルの腕が回復していく。剣を納めると、知覚魔法の表示アシストは三つか四つしか表示されないようだが、そのうちの一つが腕の治療状況を教えてくれていた。


 とりあえず今は骨がくっついたところらしい。


 「……ッ!」

 「どうしたのだ? 今はそんなに熱くないはずなのだ」

 「逃げるぞッ!!」


 そういってアイゼルがリーナを抱えてエーファを森に引きずり込もうとした瞬間、大地が爆ぜた。


 「……クソッ。遅れた」


 ぼけーっと、腕の治療状況を見ている場合じゃなかった。魔物の気配にもっと気を配るべきだった。


 そうして、アイゼルたちの目の前に現れたのは全身が影のように色を写さない人型の魔物。


 知覚魔法がその正体を教えてくれる。


 「よりにもよってここでコイツが来るか……」


 影貌シャドー


 人間並みの知能とすさまじい怪力。そして、魔術を行使する人類の天敵だ。

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