第3-13話 女王、そして侵略
とっぷりと日が暮れてしまった後で王城に向かうのは流石に失礼かとも思ったが、向かうのは早ければ早いほど良いと思い、王城に向かうことにした。
流石に騎士団に追い返されるかと思ったが、そんなことは無く逆に快く受け入れてくれた。
「アイゼルさん。良くおいでくださいました」
城の警備に携わっている騎士団がそう言ってアイゼルを招き入れる。
「良いんですか? こんな時間に来ても」
「ええ、大丈夫です。サフィラ様から言われていますから」
「……?」
「いつアイゼルさんが来られても王城に通すようにと」
「……どうしてですか?」
「さて、それはサフィラ様に直接聞くとよろしいかと」
そういって笑う騎士団員の顔はどう見ても理解出来ている顔。
(どうしてだと思う?)
『お前、それ素で言っているのか?』
(えっ……。うん)
『凄いな。お前』
(…………?)
『いや、何でもない。それに俺が言うようなことでもない。お前が直接聞くべき内容だ』
(……分かった)
本当に分かってるのか? と首を傾げるグラゼビュート。
「サフィラ様。アイゼルさんをお連れしました」
アイゼルが通されたのは、サフィラの私室。どうやら『謁見の間』ではないらしい。
「入っていいわ」
「では、わたしはこれで」
そう言って騎士団員は一礼すると、去っていった。
「入るよ?」
一応、一声かけてサフィラの私室に入る。前に来た時よりも物が増えたような気がする。何が増えたのかと聞かれると、答えづらいが。
「久しぶりね。アイゼル」
「そうかな? 一か月ぶりくらいだと思うけど」
部屋の中には二人以外の誰もいなかった。おかしい。普通なら侍女の一人くらいはいるものだけど。
「それは久しぶりっていうの」
「そうだね」
そう言って二人して笑う。サフィラの部屋はランプ型の魔導具が天井に吊り下げられ、真昼のように明るかった。
「アイゼル、こんな時間に尋ねてくることの意味がわかってるの?」
「ちょっと非常識だったね。ごめん」
「良いの。どうせ私のところになんて用事が無ければ来ないでしょ」
そういって少しだけ諦めたようにサフィラは吐き出した。
「あんまり王女様に理由もなく会いに来るのもどうかと思ってね」
「まーたそう言う。その言いわけは聞き飽きたわ」
「ごめん。でも、とりあえずこれを見てほしい」
そう言ってアイゼルが差し出したのは、第七研究所から奪ってきた研究資料。
「何……これ」
「それは王立魔術研究所が極秘裏に進めてきた研究を纏めた内容だよ」
「こんなことを、王立魔術研究所が?」
「うん。間違いない。今日、第一研究棟に行ってきてね。そこで確信したよ」
「……これを。一体どうして?」
「その理由は『賢者』に聞いてみないと分からないんだ」
「『賢者』に……?」
「ああ、その研究の被検体になっているのは孤児ばかりだろう?」
アイゼルがそう言うとサフィラは再び研究資料に目を通した。そして、該当箇所を見つけると顔を上げる。
「確かに……そう書いてあるわね」
「僕は孤児であろうとこういった事はするべきじゃないと思っている」
「当り前よ! 当然じゃない!!」
そう言って激昂する様子を見せるサフィラにアイゼルは少し安心感を抱いた。
……良かった。彼女は分かる人だ。
「その孤児たちは『賢者』がどこかしらから集めて来てるみたいなんだ」
「……なるほど」
サフィラはそう言って唸った。
「『賢者』は三日前までこの城にいたのよ。けど、国境沿いにね……。ほら、また神聖国がちょっと」
「あぁ……」
使者の件。そして式典の件を踏まえても、王国が神聖国に攻め入るには十分すぎる理由なのだ。しかし、就任早々に戦争を行うことを嫌ったサフィラが神聖国に重たい条件を課して、それを受諾させることで戦争を回避した。
神聖国の秘術は王立魔術研究所が九割ほどを解析しており、その性質も手法もほとんど再現可能だという。そんな手の内がバレバレの状態で、『正一位』を五体も抱える大国に戦争を挑むほど神聖国も馬鹿ではない。
しかし、国民感情がそれを許さなかった。元より神聖国は王国に異を唱え、離脱した者たちの集まり。いかに王国が強大であるかを知っていようとも、それを受け入れることが難しく、国境沿いで少し暴れているのだ。
それを止めるための国境警備であり、また『賢者』の派遣であるのだ。
特にこの『賢者』の派遣が大きく効く。何しろ、王国最強の魔術師がやってくるのだ。彼が国境沿いを歩くだけで一週間は静かになるのである。
「で、三日前から戻ってきてないのよ」
「うーん、じゃあ詳しい居場所は……」
「分かんないわね……。何しろ転移魔術があるくらいだし……」
「だよなあ……」
そう言ってアイゼルは頭を抱えた。これは完全に困った。流石に女王のサフィラなら知っているのではないかと思ったが、現実はそこまで甘くないらしい。
っていうか、『賢者』自由すぎるだろ。
「戻ってきたら聞いてみるわ」
「悪いね」
「良いのよ」
「じゃあ、僕はもう帰るよ」
アイゼルがそう言うと、少しサフィラがむっとした表情を見せた。
「もう少しいても良いじゃないの」
「そうするのはやぶさかじゃないんだけど、こう見えても命を狙われててね。万が一のことがあるし」
「どこに狙われてるのよ」
「王立魔術研究所」
アイゼルの言葉に今度はサフィラが頭を抱えた。
「後で叱っておくわ」
「頼んだよ。女王様」
「もう、都合のいいときだけそう言って」
「別にそういうわけじゃないんだけど」
「ま、いいわ。次はいつ会えるの」
「暇になったら会いに来るよ」
「期待しないで待っているわ」
そう言って握手を交わす。刹那、アイゼルの知覚魔法にメッセージが表示。
【緊急事態】
【避難推奨】
「……ちょっと、ごめんよ」
アイゼルはそう言ってサフィラを抱きかかえる。
「ちょっと!?」
アイゼルは知覚魔法に表示されるがままに窓を突き破って外に飛び出した。瞬間、サフィラの部屋に巨大な魔術弾が直撃。否、サフィラの部屋だけでない。王城のいたるところに放たれた魔術弾がその場で爆発。
「きゃああああああああああ」
サフィラの悲鳴を近くで聞きながらアイゼルは一番近い屋根に着地。撃ってきた敵から目を離すことなく、離脱する。
『構えろ、アイゼル。本物だ』
「……あれが」
そこにいたのは全身が『翡翠』の色をした巨人。身長は8メルほど。全身を大きな甲冑で包んでいる。
『3等星『アルゲニブ』。知能を持たない星の尖兵だ』
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