第3-11話 ラボラトリー、そして旧知
「やあ、君が王立魔術研究所見学希望のアイゼル君?」
「そうです。今日はよろしくお願いします」
「序列十五位なんだってね。凄いねえ。僕が今回案内役のストールです。よろしく」
「いやいや、ただの運ですよ」
アイゼルはそういって謙遜する。
あの後すぐに王城近くにある王立魔術研究所第一研究棟に向かった。メイシュは流石に連れてこないで、ソフィアに保護してもらっている。
「いやあ、君みたいな高序列者がウチにも来てくれれば少しは人気が出るんだろうけどねえ」
「みんな王家直属魔術師部隊に行きたがりますからねぇ」
「まあ、気持ちは分かるんだけどね」
そう言って研究者がため息をつく。
王立魔術師学校の就職先人気ランキング不動の一位は王家直属魔術師部隊で、その次が騎士団。その後、公務員や冒険者などが来て最後の方に王立魔術研究所が来る。
王立魔術研究所は不人気ランキングの上位常連なのだ。
「ウチはさ、地味だし、根暗ばかりだし、実践には役に立たないことばっかやってるし……」
「いやいや、魔術の基礎研究が大事なのはみんな分かってますよ。どうしても難しいってイメージがついちゃってますからね。研究所は」
「まあ、確かにウチの入所試験は少し難しいけどさぁ……」
ちなみにだが、少しどころの騒ぎではない。
「それにしても、学生のうちからここを見学したいだなんて。いやあ、勉強熱心だなぁ」
「そうでもないですよ!」
この時ばかりは座学を真面目にやっておいて良かったと思うアイゼルだった。
「これ何やってるんですか?」
アイゼルの目の前にあるのは簡易的な悪魔の像。大きさ的には従一位の悪魔だろうか。しかし、ぱっと見ただけで十体を超えるほどの悪魔の像がある。
「一番良いとこに目を付けるねえ。流石!」
「いやぁ、それほどでも……」
『本来の目的を忘れるなよ』
(分かってるよ)
今回、アイゼルがここに来た理由は研究内容を見せて本当に子供相手に非人道的な実験を行っているのかを確かめること。そうならば、問い詰めるなりなんなりするつもりだし、分からなければ研究内容がどういう内容なのかの理解が深まるかも知れない。
そう思ってきたわけだ。
「あれはね、悪魔との多重契約の実験をしてるんだよ」
「多重契約?」
「うん。普通、五大悪魔だと一人一つの悪魔と契約するでしょ?」
「そうですね」
「だけどね。契約の穴をついて複数の悪魔と契約を出来ないかと思ってね」
「それだと捧げる代償が増えませんか?」
「いや、そうでもないよ。例えば『憤怒』との契約者はこの国で130万人ほどだけど、『嫉妬』の契約者は340万人。二倍以上いるんだ。だから、仮に『嫉妬』の契約者が全員『憤怒』と契約すればその分、負担は軽くなるんだよ」
「へえー。凄いですね」
「まあ、中々穴が見つからなくて色々試行錯誤を繰り返してるんだけどね」
そう言っていると今まさに実験をしていた被験者の髪の毛が一瞬でゼロになった。
「ほら、怒って禿にされちゃうんだよ」
「えぇ……」
『当然だ。契約にのっとっているとは言え、グレーゾーンぎりぎりのことをされたら怒るだろう』
(でも、あれはちょっとかわいそうだよ……)
『命を取らないだけ優しいと思え』
(……なるほど)
確かに、それはグラゼビュートの言う通りだ。
「なら、あれは?」
ガラス越しに見えるのは巨大な砂時計。その砂が刻一刻と減り続けているのだ。
「ああ、あれは時間操作の魔術に関して実験してるんだよ」
「時間操作!?」
「うん。あれがあれば内陸部でも鮮度の高い海魚を食べれるだろう? 物流に大きな影響を与えれるよ」
「なら、あっちのは?」
その隣にある大きな箱が並べられている部屋を指さす。
「あれは空間操作。分かりやすく言うなら『賢者』様の転移魔術ってあるだろ? あれを凡人でも出来ないかと思って研究中なんだよ」
「どうです。上手く出来てますか?」
「いやあ、元があるといっても魔術式の九割が僕らじゃ理解できないからね。難航に難航を重ねてるんだよ」
解説を受けながらアイゼルは研究棟の間取りをチェックしていた。
確かに、アイゼルが『星界からの侵略者』を倒した後に入った研究所と全く同じ作りをしている。ここまで被るとさすがに黒と言わざるを得ないだろう。
「あれは何ですか?」
「うん? ああ、あれは捕まえた魔人の力を測ってるんだよ」
アイゼルの目の前に凄く見覚えのある男がいたのでそう聞いてみた。
「ねえー、僕の触手ちゃんを虐めないでよ!」
「次は炎熱耐性を測ります」
「ああああああああ、燃やさないでよぉ! 可哀そうだとは思わないのぉ!!」
泣きながら訴える下半身触手男。
『また変態だな……』
若干引いた様子を見せるグラゼビュート。少し悪い事をしたかも知れない。
「あああ。アイゼル・ブートぉ!! お前が僕を捕まえるからこんなことになっちゃったじゃないかぁ!!」
と、ガラスの前で引きつった顔でニャルンを見ていたのが良くなかった。彼はアイゼルに気が付くと素早くガラスの手前まで寄ってきたのだ。
「君が彼を捕まえたのかい!?」
「ええ、まぁ……」
「何だよ! 聞いてないぞ!! 序列最下位がそんなに強いだなんて!!!」
「今は十五位なんだ」
「あん!? 実力を誤魔化してたってことか!!? ふざけんな!」
「ところでイグザレアは元気にしてるか?」
「隊長はまだ眠ってるよ。どっかの誰かに斬られたせいでなッ!」
「ああ、それは僕がやった」
「またお前かっ!!!」
必死の形相でガラスに張り付くニャルンを後ろにいた二人の研究者が引っ張っていった。
うーん、獣人たちを眷属化したしもうちょっと懲らしめても良いんですよ?
とは、流石に言わなかったが。
「あぁ、君があのアイゼル君か!」
「急にどうしたんですか……」
「いやあ、どこかで聞いたことがあると思ったら『賢者』様から表彰されてたよね」
「まあ、はい。一応……」
「そんな凄い子が王立魔術研究所に来てくれるとは。いやあ、将来安泰だなあ」
「ははは……」
渇いた笑いしか出ないアイゼルだった。
「それで、君が持ってきた研究内容ってのはどんなのだい?」
二人は資料室と書かれた部屋に入り、机を挟んで向かい合っていた。
アイゼルは王立魔術研究所の見学と共に自己研究があると言っていたのだ。
「はい。これです」
そう言って、アイゼルは崩壊した研究所から拝借した資料を提出した。
さて、鬼が出るか蛇が出るか……。