第3-9話 襲撃、そしてリベンジ
一週間ほど、ソフィアの家に厄介になったころメイシュの傷が完治した。
「ごめんね。私のせいでこんなに長く迷惑かけちゃって」
「構わないよ。あーくんの友達は私の友人だ」
何そのお前の物は俺の物みたいな理論。
「もう、行くのか」
「まあね。これ以上、迷惑はかけられないし。それにこの一週間、僕のとこに襲撃は無かったし」
「私のせいでアイゼルが家に帰れなくするわけにもいかないし」
「いつでも来ていいからな」
「待ってるよ! アイゼルさん!!」
「メイシュさんも元気でね!」
そう言って子供たちに見送られながら、二人はソフィアの家を後にした。
「なあ、メイちゃん。一体誰にやられたんだ?」
「……あの男だよ」
「どうして、やられたんだ」
「逃げ出したのが、バレたからだよ」
「どこから逃げ出したの?」
「それはちょっと、アイゼルでもいえないかなぁ……」
二人は人込みの中を進んでいく。これだけ人が多いと逆に狙われにくいと思ってなのだが。
「ねえ、アイゼル。逆にどうしてアイゼルは狙われたの?」
「うん? ああ、内緒」
「えぇ……」
「だって、ただでさえ追われてるメイちゃんに、これ以上何か負わせるわけには行かないでしょ」
「それは、おかしいよ」
「?」
「だって、私が追われてる相手と全く同じ相手に襲われてるんだよ?」
「そういえばそうだね」
「だったら、同じものだと思うのが普通じゃないの?」
「…………ってことはさ」
「うん?」
「メイちゃんって、研究所から逃げ出してきたの?」
「えっ!?」
刹那、投げ込まれた短剣をアイゼルの人差し指と中指がつかみ取る。夕方の、最も人込みがピークになる瞬間に合わせて帰ろうとしたアイゼルの作戦はどうやら失敗に終わったらしい。
敵にはアイゼルたちの居場所がバレているにも関わらず、こちら側からは敵の位置がつかめないという悪手。しかし、それを警戒して『知覚魔法』を常時展開しておくのは正解だったと言わざるを得ない。
「これは困ったな」
短剣の表面には薄く何かが塗られており、それを視界に収めた瞬間に知覚魔法が解析。即効性の致死毒だと判明。どうやら向こう側は本気でアイゼル達を殺しにかかっているみたいだ。
「話はあとにしよう。メイちゃん、幻覚を」
「もう使ってるよ」
メイシュの身体から魔術があふれ出す。その瞬間、その場にいる全員の顔がみな同じ顔へと切り替わっていく。
「あと、私たちを見ているとだんだん私たちが分からなくなるような魔術もかけといたよ。ゲシュタルト崩壊って言えば分かりやすいかなぁ?」
「文字禍のことか」
「えっ……なにそれは……」
『駄目だ。溢れてる魔力痕から追跡されるぞ。魔力を抑えろ』
「メイちゃん、ついでに魔力を抑えていこう。バレるかも知れないから」
「ん、分かった」
グラゼビュートのアドバイスをすぐに活かして二人は身体からあふれる魔力量を体内に閉じ込めた。
ああ、懐かしいなぁ。
思い出すのは去年の冬。Ⅵ組とⅣ組の合同授業で冬山に登山させられた後、魔力を抑える訓練と言って滝行をさせられたのである。しかも滝行自体に意味はなく、魔力が抑えられないと再び滝行に強引に突っ込まされるというわけの分からない授業があったのだ。
もうね。冬の滝の冷たさといったら、冷たいじゃなくて痛いなもんだから。
エーファはリーナがほとんどの魔力を持っているので、一発でクリアしていたがアイゼルは無駄に魔力を鍛えてしまったせいで凍傷ギリギリまで滝の中に突っ込まされていた。
さらに言えばアイゼルは良いほうで、凍傷になった指を斬り落としてハリベルに生やしてもらっている生徒もいたものだから笑おうにも笑えない地獄の授業があったのだ。
その地獄の授業で鍛えたかいもあって、アイゼルの魔力はぴっちりと体に這いつくようにしてもれなくなった。しかし、完全にゼロでも怪しまれるので少しだけ魔力を放出し一般人に近づける。
「次の角を曲がった瞬間に、走ろう」
「うん、分かった」
メイシュが頷く。
そして、二人がその曲がり角を曲がった瞬間だった。
「ハロー」
再び、その男が二人の目の前にいた。
「面倒な魔術をかけてくれたな。まったく探すのが大変だったんだぜ……って、あれ? アイゼルの方は?」
男が面食らった瞬間、後頭部に激しい痛み。
「ぐおっ!!」
男が現れた瞬間に、アイゼルが既に攻撃出来る様に構えていたのだ。
「馬鹿っ、喋ってる途中に攻撃する奴がいるか!」
「殺そうとしてきた相手に躊躇する馬鹿もいないよ」
「ぐっ……」
アイゼルの正論に黙り込む男。だからアイゼルは男が動かないことを良い事に、そのまま顎を軽く蹴った。
「くっそ……。これだから王立魔術師学校の学生には手を出したくないのによ……」
そう言いながら、男は脳震盪を起こすとその場に崩れ落ちた。
「……割と、あっさりいったな」
『幻覚じゃないのか?』
(ああ、その可能性があるのか)
「メイちゃん、ちょっと幻覚かどうかを調べてくれない?」
「ん……。大丈夫、これ本物だよ」
「えぇ……。だとしたらこの人、間抜け過ぎない?」
「うるせぇ……」
ひどくふらつく声であったが、男はちゃんと意思疎通が取れる様だ。
「あぁ、喋れるんだ。凄いね」
「当り前だ……。俺を誰だと思ってるんだ……」
「お前が誰もでも良いんだよ。んで、誰にやれって言われたんだ?」
「ばぁか。誰が口を開くかよ」
「まあ、そうだろうね。暗殺者が簡単に口を開くようじゃあ仕事にならないもんね」
当然、その返答を知っているアイゼルはにっこり笑ってそう返す。
アイゼルとて、そのくらいで誰が黒幕なのか。何故、研究所の資料如きで殺されなければならないのかを教えてもらえるなどとは思っていない。だから、
「ちょっとごめんなさいよ」
そう言ってアイゼルは腕と足、そして舌をかみ切らないように拘束用魔導具で縛り上げると、『魔人』相手の対魔の首輪を付けた。
男は苦情の声を上げるが、アイゼルには何を言っているのかさっぱり分からない。何しろ口がふさがっているもので……。
「大丈夫、すぐに喋れるようにしてあげるから」
そう言ってアイゼルは男の身体を掴み上げると、王立魔術師学校へと向かった。
この時間ならまだいるだろう。
Ⅳ組の変態どもが。