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第06話 休息、そして前進

 『良い欲望だったぞ。アイゼル』

 「何を……」


 鞘に納められた剣を見ながらアイゼルは剣に問うた。


 『ふん。弱々しい見た目をしておいて、存外欲望は人並み以上にあるのではないか』

 「何が……」

 『あくまで知らぬふりを通すか。それも良いだろう。この周辺に魔物の気配はない。休むなら今の内だぞ』

 「くっ」


 グラゼビュートの言葉を疑いながら、アイゼルは知覚魔法を使うと半径100メルの中に魔物はいないと視界に表示された。


 「……休もう、エーファ。この周りに魔物はいないっぽい」

 「うん……」


 エーファはアイゼルがそう言うと、胸元からチョークを取り出すと地面に魔術陣を書き始めた。


 「休まないのか?」

 『ほう、眷属の魔術陣か。面白い物を書くな』

 「眷属の魔術陣?」

 

 ってことはあれか。召喚するんだ。


 アイゼルは洞窟の背に腰を下ろすと、そのまま剣を抱えて目を瞑った。先ほど、意識を取り戻したときから身体が痛むのだ。それは傷を負ったような痛みではない。筋肉痛だ。


 隣ではエーファが召喚用の魔術陣を書き終え、詠唱をし始めたころだった。わずかばかりの間に、魔術陣に光がともってそこからウサギのような謎の生き物が出てきた。


 「けほっ、ひどい目にあったのだ。エーファ、アイゼル、無事でよかったのだ……」

 「リーナっ!!」


 エーファは呼び出したばかりのリーナを抱きかかえると、少しばかりの嬉し涙をながした。リーナもエーファに抱き着いて安堵の涙を流している。


 『ほう……。面白い契約の仕方だな』

 「……分かるのか」


 知覚魔法で他人の術式を見るのはマナー違反のような気がして、アイゼルは基本的に他人の術式を見ないのだが、どうにもグラゼビュートにはそういった配慮が存在しないようだ。


 まあ、悪魔だしなぁ……。


 『あぁ、契約というのは本来対等の物なのだ。今の俺とお前のようにな。だが、ソイツを捻じ曲げてしまう契約もある。お前たち人間に一番近しいのは他の六体の悪魔の契約の仕方が近いだろう。一体の悪魔と複数の人間が契約することで代償リスクを低減し、悪魔から力を分け与える。人間は少ない代償で魔術を行使でき、悪魔は多くの代償を手に入れることが出来る。互いにWin-Winな関係というわけだ』

 「六体? 契約するのは五体だぞ」

 

 アイゼルの言葉で、グラゼビュートはわずかに黙り込んだ。


 ん……。不味いことを言ったかな。


 『五体とは、どいつだ?』

 「ん?」

 『だから、人間が契約している悪魔の種類を教えろっ!』

 「えっ、『傲慢』『嫉妬』『憤怒』『怠惰』『色欲』だけど」

 『強欲は』

 「はっ?」

 『強欲の悪魔はいないのかッ!』

 「そう怒鳴るなよ……。強欲の悪魔なんて聞いたことも無いぞ?」

 『……そうか。なるほど……。いや、急に大声を出してすまない』


 急にグラゼビュートがしおらしくなるので、アイゼルは調子を狂わされて辟易する。何なんだよ……。


 「へえ、アイゼルは魔導具を手に入れたのだ!」

 「やっぱり、こいつは魔道具なのか?」

 

 その言葉にリーナは頷いた。


 「結構強力な悪魔が封印されているものと見たのだ。『従一位ファースト・ワン』か、『正一位オリジンズ』クラスの化け物悪魔が封印されているのだ!」

 「……へぇ」


 確かに、『貪欲』の悪魔ならば、今の人類と契約を交わす五大悪魔に並ぶとも劣らぬ実力を持つだろう。問題は、一体どうしてこの剣に封印されているのかという話だが。


 『その話はいつかしてやる。今はもう寝ろ』

 (声に出さなくても聞こえるのかよ)

 『契約を結んだからな。アイゼル、お前もいつまでも声にだして会話していると変人に思われるぞ』

 (もう手遅れだっての)


 そう言葉を返して、アイゼルは横になった。そう言えば、『強欲』の悪魔ってなんだったんだろう。


 そう一人考えながら、次第に眠りに落ちて行った。


 


 目を開けると、見慣れた制服が目の前にあった。


 「……うん?」

 

 アイゼルが触るとそれはほのかに暖かく、柔らかさがあった。

 がばっと、音をたてるほど勢いよく起き上がると、アイゼルに抱き着くようにしてエーファが寝ていた。


 「……良かった。生きてる…………」


 アイゼルはエーファの柔らかさよりも先に、そちらに安堵した。


 『無防備に寝すぎだ。最近の王立魔術師学校アカデミーの生徒はここまで落ちぶれているとは思わなかったぞ』

 

 見張りも無く、こんなところで寝るなんて自殺行為だ。


 『まあ、魔物が来たなら俺が起こしてやるがな』

 「……ありがたい」

 『起きたなら移動しろ。今は滝のおかげで匂いが誤魔化されているがいつまでもここにいるわけにもいくまい』

 (あぁ……。俺たちも人間がいる場所に戻りたいしな)

 『なら、そこの女を起こして移動するぞ』

 「分かってる。エーファ、エーファ、起きろ。朝だぞ」


 外は濃い魔力のせいで曇っているので太陽の日差しは望めないのだが。


 「ん……。おはよう、アイゼル君」

 「おはよう。昨日は先に寝てごめんな」

 「ううん……。暖かったから、いいよ……」


 ……いや、良くねえだろ。コイツ男と一緒に寝るって意味分かってんのか。


 先に寝た自分が悪いので、そうとも言えずアイゼルの言葉は喉の奥で消えた。


 「今日から移動を始めよう。西に行くんだ」

 「ん。……分かった。少し、支度……させて」

 「あぁ。魔物に見つからないようにな」


 エーファはまだ眠っているリーナを抱きかかえると洞窟の出口に向かった。それを追いかける様にしてアイゼルも剣を腰に付けると洞窟から出た。


 「顔、洗わせて……」

 「おう」


 男の洗顔なんてすぐに終わるので、アイゼルはぱぱっと終わらせると近くに水を持ち運びできるようなものがないかを探し始めたが、すぐにその必要がないことに気が付いた。


 「これ、水が西に向かってるじゃん……」

 『ん? 気が付いていなかったのか』


 そう、この川にそって進めばそれで方角もあっているし水にも困らないのだ。

 ただ、問題は……。


 「水辺の魔物だな……」

 『そこら辺はお前の魔法で見極めれば良い』

 「確かに」


 アイゼルはエーファのもとに戻ると、彼女は準備を完了させてアイゼルを待っていた。


 「ごめん、お待たせ」

 「ううん。大丈夫。行こ」

 「おう」


 アイゼルは知覚魔法を発動。瞬間、視界の中に三つの表示ポップアップ。半径100メル以内の索敵と、疲れないルートの表示。そして、剣をいつでも抜ける様に、との注意勧告だった。


 だが、


 あんまり抜く気が起きないんだよな。


 昨日、剣を抜いた瞬間に記憶が無くなっていた。無意識のうちにオーガを狩ったのは良いが、もし記憶がないままエーファも斬っていた可能性もあると思うと、思わず身が堅くなる。


 とにかく、この剣には頼らない。


 アイゼルとエーファとリーナは何も言わずに黙り込んでひたすらに川に沿って進む。


 途中でいくつかアイゼルの索敵に引っかかったので、そのたびに遠回りしたり去るまでその場で隠れたりと思うように進めなかった。


 水には困らなかったが食べ物には困った。キノコや木の実はあることにはあるが、どれもこれも知覚魔法によると毒があるとのことなので、ここまで食べられたのは道中にあった食べられる木の実が三つだけ。


 「腹、減ったな……」

 「魔物、食べる?」

 「それは最終手段なのだ。血の匂いに反応して魔物がやってくるのだ」

 「……普通の食事が恨めしいぜ」


 食糧難に加えてアイゼルは全身を包む筋肉痛に困っていた。身体を動かすとこわばるほどに全身が痛む。


 そうして歩いていると、ふと目の前の景色が消えているのに気が付いた。


 「……冗談だろ」

 

 二人と一体はそのまま進むと、やはり景色はそこで途切れていた。何故なら、


 「……崖」

 「これは、降りられない」

 「30メルはありそうなのだ……」


 そう、眼下に広がる断崖絶壁に阻まれたからだ。知覚魔法によると高さは32.5メル。落ちたら当然、身体がバラバラになって死んでしまうだろう。アイゼル達の真横を川が滝になって流れていく。


 あぁ……。自由に落ちれる水が羨ましい……。


 「……ッ!」


 瞬間、アイゼルの背筋に冷や汗が走る。


 「エーファ、リーナ。構えろ」

 「アイゼル、もしかして」

 「敵だ」


 知覚魔法が、魔物を捕らえた。

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