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第3-7話 混浴、そして特訓

「な、何で、ここに……」


 きょどったアイゼルが問う。

 ソフィアの四肢は余計な肉など一つもついておらず、スラリと伸びている。しかし、だからと言って骨と皮ばかりというわけでもない。肌はとても白く、まるで全身に化粧をしているようである。


「久しぶりにウチの風呂に入るだろう? 勝手が分からないのじゃないかと思ってな」

「い、いや、大丈夫だよ……」

「そう遠慮することは無い」


 そう言ってずかずかとアイゼルに近寄ってくるソフィア。


「ひぃっ……」


 思わず悲鳴とも、恐怖ともつかない謎の声が漏れる。ソフィアがゆっくりと浴槽に入ってくると、そのままアイゼルの目の前に移動してきた。彼女のつつましい胸がアイゼルの目の前にまでやってくる。


「どうした? そんな顔して」

「もう少し恥じらいとかないのかよ……」

「恥じらい? 何を言っている。昔はこうして一緒に入ったではないか」

「……三回だけね」

「三回だけでも入ったことに違いあるまい」

「まあ、そりゃ、そうなんだけどさ……」


 目のやり場に困る。

 ここで視線を下に移すと、ソフィアの色々な物が見えてしまうし、だからと言ってソフィアと喋るというのに他の場所を見るのもおかしいと思う。なのでアイゼルはソフィアの目を覗き込むように見ているわけなのだが。


「あーくん、そんなに見つめられると少し……恥ずかしいぞ」

「あっ、ごめん」


 そう言われてしまっては何も出来ないではないか。


「…………」

「…………」


 しばらくの間、沈黙が世界を埋め尽くす。

 浴槽から上がる蒸気が二人の間に立ちふさがってその姿をくらませていく。


「なあ、あーくん」


 その中で先に口を開いたのはソフィアだった。


「私には……そんなに魅力がないか?」


 それは、とても、とても苦しい声だった。


「………………違うんだ」


 だから、アイゼルはそれに応える。応えなければ、ならない。


「僕は……強くなりたいんだ」

「知ってる」

「誰にも負けないように強くなりたい。誰かを守れるように強くなりたいんだ」

「知ってるよ」

「だから、僕は()()()()()は出来ないんだ」

「…………」

「ソフィアの事は好きだし、その……そういうのをしたいか、したくないかと聞かれたら、そりゃしたいけど」

「……なら、どうして!」

「僕は……弱いから」


 アイゼルは心を絞るようにして声を出す。


「弱いから、甘えてしまう。ソフィアに甘えちゃうんだよ」

「別に良いではないか! 何も一人で抱え込む必要なんてっ……」


 アイゼルはかぶりを振る。


「僕は甘えたらとことん甘える。そして“自分が弱い”という言い訳に甘えている自分を棚に上げる。甘える相手を言い訳にしてしまう」

「…………」

「僕は……弱い自分の言い訳にソーニャを使いたくないんだ」

「…………あーくんは」

「うん?」

「あーくんは、馬鹿だな」


 ソフィアはそう言って笑った。


「ああ、そうだよ」


 だからアイゼルも笑う。


「あーくんは強いよ」

「弱いよ」

「メアリを助けた」

「魔導具の助けがあってね」

「シェリーを助けた」

「両腕を失って……身体を代償にささげたんだ」

「何も捨てずに強くなるなんて出来るはずが無いだろうッ!」


 ソフィアの言葉は正論だ。強者が強者であるためには、一体いくつの物を捨てているだろう。強さと引き換えにして一体、どれだけの物をはかりにかけてきたのだろう。


「でもね、ソーニャ。僕はもう、失いたくないんだよ」


 その辛さは誰よりも分かっているから。


「もう、誰にも失ってほしくないんだよ」


 その辛さは誰よりも知っているから。


「だから、強くなりたいんだ」

「……そうか」


 ソフィアはアイゼルの言葉をどう受け止めたのか。アイゼルには分からなかったが、それで一つ納得してくれたらしい。


「つまり、あーくんが強くなれば襲ってくれるということだな」

「うーん……? まあ、そういうことになるのかな…………?」


 ソフィアのそのポジティブ神経にアイゼルは少し引きながらもそう答えた。


「なら、安心したよ。私に魅力がないからいつまで経っても来ないのかと思っていたところだ」

「ははっ、そんなことは無いよ」

「だから、あーくんを強くしてしまえばいいわけだな。安心しろ、明日から私がみっちり稽古をつけてやる」

「……うん?」

「ん? 聞こえなかったか? 明日から私が特訓に付き合うと言っているんだ」

「…………マ?」

「ま」


 ソフィア・メイソン。

 四期連続で王立魔術師学校アカデミーの首席を飾り、生まれた時から出来すぎる女として育てられ、将来はメイソン家のトップに就くと言われている女。彼女の婚約者は彼女に釣り合う者をと、ソフィアが言った瞬間に全ての貴族が泣きながら諦めた女。


 故に、出来ない人間の気持ちが分からない女。


 出来すぎるが故に、凡人の気持ちが分からないのだ。


「……オネガイシマス」


 ……い、嫌な予感がするぞっ。


 一般人が聞けばドン引きするような訓練を行う王立魔術師学校アカデミーであるが、それでも『賢者』の訓練と聞かされてアイゼルの身の毛がよだったように。


 ソフィアの訓練と聞いて全く同じ心理状況になっているではないか!


「なぁに、大丈夫。()()()するから」


 そう言ってほほ笑むソフィアの顔はまさに鬼のそれ。


「……ひぃっ」


 故にアイゼルは悲鳴をあげるしかなく……。

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