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第3-4話 研究、そして追手

「はぁ……」


 ローゼはアイゼルから提出された資料を見ながらため息をついた。


「なんちゅうものを持ってきてくれたのよ……」


 教務室の中では様々な教師や生徒たちが歩き回っており、せわしないというかなんというか。


「先生の言った通りに魔物を倒しにいったら、近くの研究所で見つけたんですよ」

「うーん、まあそれは良いんだけどさ。これ、私でも理解できないのよねぇ……」

「マジですか?」

「まーじ」


 悪魔達の力を借りて行使する『魔術』はそのほとんどが体系化されており、実戦を行うよりも最初に知識を叩き込むほうが上達が早い。そのため、教師たちにはそれなりの知識、学力が求められるし、そもそも『流星スターダスト』の元隊長であるローゼなら直感的にも理解している部分は多くあるはずだ。


「まあ全部理解できないってわけじゃなくて、半分くらいは分かるんだけど……。これ、多分あえて理解出来る様にしてるのよ」

「どゆことですか?」

「半分理解できるっていうことはもう半分は分からないっていうことなのは当然よね」

「まあ、そうですね」

「つまり、これを解読しようと思う人は理解できる半分でもう半分を理解しようと思うわけよ」

「そうですね」

「だから、そこにあえて偏向を入れておけば正しい認識なんて出来なくなるわ」

「……なるほど」

「だからこれ、暗号化されてるのよ。しかも二重以上にね。そんなことやってる組織なんてそうそうないわ。そこまでして隠したい内容の様にも思えないけどね」

「で、でも。子供たちを実験に使っているんですよ?」

「これ孤児でしょ? 放っておいても死ぬじゃないの」

「そうなんですけども……」


 ローゼの言葉に何も言えずに黙り込んでしまう。子供たちを守る。言葉は素晴らしいが、自分で生きていくだけの術も持たない孤児を助けたところでその後も面倒をもって助けられるかと言われるとアイゼルは首を横に振ってしまう。


 彼らを助けようと思うならば、彼らが自立するまで面倒をみるのが筋だ。子供たちを守りたいと実験場から助けたとしよう。子供たちが救われるのはその一瞬だけだ。その後、魔物に食い殺されるか、奴隷になるか。あるいは冒険者になるか。


 その先は分からないが、ほとんどの孤児たちは無残に死んでいく。だから、実験動物にされていたとしても、命の保証がされているという点でみれば研究所にいるほうが外で生きていくよりも安全と言えるのかも知れないのだ。


「大体これ、『魔術』の研究でしょ? 別に責められるようなことしてないじゃない」

「…………」


 この世界に人権と言う言葉はない。つまり、人道主義的な考え方は存在していない。

 故に、彼らの根底にあるのは成果主義。大きなことを成し遂げるための犠牲は払われて当然という考えなのだ。


 アイゼルにはそれが気に入らない。それを受け付けない。


 人の命を踏みにじって尊厳を無視するようなその考え方にひどく嫌悪感を覚えるのだ。しかし、それをアイゼル一人が叫んだところで何にもならないということを彼は理解している。


「そもそも、魔術っていうのは誰かの犠牲の上に成り立っているわけ。それくらい分かるでしょ?」

「……はい」


 魔術の行使に必要なのは魔力だが、魔力は魔術の燃料だ。

 故に、それをくべればくべるほど威力もその範囲も大きくなる。だが、その上限は誰にも分からないし、そもそも初めて使う魔術の場合、制御をミスって重大な事故につながる可能性もゼロではない。


 魔術のミスによる事故は王立魔術師学校アカデミーの中で最初に学ぶ授業の一つだ。

 かつて、多くの人たちが魔術の制御ミスによって死んできた。アイゼルは『知覚魔法』を使うため、そういった事故とは無縁だがそれでも魔術というものが一体どれだけの犠牲の上に成り立っているのは理解しているつもりだ。


「だから、こういうのも必要なのよ。分かるでしょう?」

「はい……」


 侵略者に対抗するための研究所であるならば、魔術の発展には欠かせない場所であるはずだ。ならば孤児たちは魔術の発展の尊い犠牲となるのだ。アイゼルには研究所で何をしているのかは分からないが、研究量や多くの実験設備を見る限りかなり力を入れて行っているのは事実だ。


「ま、だから忘れて頑張りなさい。他にも逃げ出した魔物がいないかはこっちで調べておくから帰っていいわよ」

「はい……。分かりました」


 ローゼなら、少しくらいは分かってくれると思ったのだ。子供たちが理不尽に殺されているのをどうにかしてくれるのではないかと思っていたのだ。


「はぁ……」


 ため息を漏らす。


『そう、落ち込むな。分かっていたことではないか』

「ああ、分かってるよ。だけどさぁ……」

『仕方ないものは仕方ないのだ。教師に頼れないならこちらで何とかするしかあるまい』

「……そうだな」


 アイゼルはそう言いながら帰路につく。騒がしい王都の中を、人の波を縫って歩いていく。そして感じるのはひどく粘つく様な視線。どこからともなくじぃっと見られていることに心地悪さを覚える。


(いつからだ……?)

『お前が資料を持って王都内に入った時からだ。何かしらの呪いがかかっていたと考えるべきだな』

(このまま帰るのは危ないな)

『家まで特定されるのは避けるべきだ』


 アイゼルはまるで買い食いでもするかのように屋台と屋台の隙間に入り込むとそのまま路地裏を疾走。粘つく視線から逃げる様にして、その場から逃げ出した。


「これでどうだ……?」


 アイゼルは知覚魔法を発動。視線を可視化すると、距離を概算。


『こちら側からしかけるのか?』

(いや、出方を伺う。これだけ念入りな相手だ。恐らく何かしらの罠か策を講じているはずだ。距離をとって動きを見極める)


 だが、出鼻をくじかれた視線の持ち主はゆっくりと離れていく。アイゼルが別の大通りに移った時にはとっくに消えてしまっていた。


「何だったんだ……?」

『偵察か。あるいは仕掛けた罠の範囲からお前が抜け出したか』

(まあ、そのどっちかだろうね)


 とりあえず、視線が離れたことは幸いだ。ひとまず安心して家に帰れる。

 後方への警戒をしたままアイゼルが自らの家にたどり着くと、自身の家の周りには無数の血液。


「……は?」


 誰かが喧嘩でもしていたのか。いや、それにしては散らかっていない。

 むしろ、傷を負った誰かが逃げたきたような……。


 アイゼルは点々と散らばっている血を追っていると、自分の部屋の前にたどり着いた。

 そして、勿論血の大元も。


「アイ、ゼル……」


 そこにいたのは、


「メイちゃん!? どうしてここに」


 彼女はよろよろとアイゼルに向かって手を伸ばすと、


「助けて」


 そう、助けを求めてきたのだった。

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