第3-3話 崩壊、そして研究所
大量の触手をどう処理しようかと考えていた時に、ふとグラゼビュートが口を開いた。
『……待て、こいつは侵略者じゃない』
「はぁ? 何言ってんの」
『コイツの死体は燃やすと星の欠片のように煌めきながら燃えるんだ。だが、見てみろ。普通に燃えているだろう』
「ああ、そうだね。確かにそうだ」
『だから、コイツは違う。とても似せて作られているが全くの別物だ』
「別物って……」
『どこかにコイツを生み出した元凶があるぞ』
アイゼルはその言葉に首を傾げた。
「突然変異とかじゃないの? 魔物の」
『どれだけ突然変異だとしても、あそこまで侵略者の特徴を真似られるとは思わん。コイツは……人工的に作られた存在だ』
「おいおい。突拍子だよ」
『馬鹿、突拍子なもんか。お前の『眼』で見れば分かるものも出てくるんじゃないのか』
理不尽に怒られて、アイゼルはほとほと困りながら知覚魔法を発動した。世界が拡張される。燃える死体から何かを読み取っているのか、そういう表示が目に映る。しばらく経つと、まっすぐ矢印が表示された。
「なんか出てきた」
『なんて書いてある?』
「コイツが来たところを探知したみたい」
『行ってみるぞ』
「本当に言ってんの?」
『ああ。お前はまだ現実感がわいていないかも知れないが、この世界が終わるかどうかという瀬戸際にいるんだぞッ!』
「うーん、いまいち現実感が……」
『現実感が沸かなくても良いからさっさと向かえ』
とりあえずグラゼビュートが相当焦っているということは、本当に何かあるのだろう。アイゼルは矢印にしたがってまっすぐ進む。街道から外れ、草が生い茂った草原の中をまっすぐ進んでいく。
「歩きづらい……」
『我慢しろ』
「本当にこの方向で良いのかな」
『お前の魔法がそう指しているんだろう? なら信じろ』
「そうなんだけどさ。これ、人の生活圏からどんどん離れているんだけど」
『ああ、そうだろうな。作るなら俺だってそういった場所で作る』
「本当かよ。信じて……」
言葉途中でアイゼルは口をつぐんだ。知覚魔法に反応。とても大きな秘匿魔術が施されている。これは、大きすぎて秘匿魔術を解除している間に、精神干渉によってそれ以上先のものに興味を沸かせないようにするような魔術だ。
恐らく三つ以上の魔術をつなぎ合わせた複合魔術。アイゼルの背筋が凍ってしまうほどの厳戒態勢。一体何をそこまでして隠す必要があるのだろうか。
『破れるか?』
「魔術のこと? 僕にはこの魔術破る必要ないよ」
アイゼルは草原の中をうろうろと歩き回ると、とある場所に検討をつけて魔力を流す。その瞬間に、あたり一帯にあった草の幻術が解かれアイゼルの足元に金属製の扉が出現する。
「何が隠されてるのか、見えるからね」
『便利な魔術だ』
ここまで厳重に隠されている場所だ。中に入るときもそれなりの魔術が仕掛けられているに違いない。アイゼルは扉に手を付けると、細く長く魔力を伸ばした。それを下に落として、ひっかかるところがないかをチェック。
ひどく簡単な、そしてもっとも効率のいい探知方法だ。懐かしい、王立魔術師学校で死ぬほどやらされたから。
ああ、思い出すなぁ。元ダンジョントラベラーの教師が作った罠だらけの人工ダンジョンに投げ入れられてそこから無傷で生還したものに単位が出るのだ。アイゼルは知覚魔法があったからかなり楽な授業だったが、エーファは泣きながら突破していた。
そうこうしていたが、魔力がひっかかる場所はない。罠は無いということだろうか。
「とりあえず、入ってみる」
『気を付けろよ』
アイゼルが金属の扉を持ち上げると、思ったよりもスムーズに扉は開いた。そこから地下にまっすぐ梯子が伸びている。
「行ってみる」
梯子を使ってまっすぐ降りると、中はひどくぐちゃぐちゃだった。先ほどの侵略者がやったのだろう。金属の壁が飴細工のように曲がり、ガラスはボロボロ。中にあった建造物のほとんどは壊されていた。
「何だこれ……」
防塵マスクを取り出すと、念のため装備しておいた。何か毒性の物があるかも知れない。
中はひどく暗かった。本来は、灯りをともす魔導具が天井に付けられていたのだが、全てぐちゃぐちゃになったため、アイゼルは知覚魔法の暗視効果を使って中を探索していた。
「これは……多分、破棄されてるな」
『ここが、か』
「ああ、ここまでボロボロだと直すよりも場所を移したほうが早いだろ」
『まあ、それもそうだな』
「ただ……」
『ただ?』
「ここまで大きな設備を作れる組織が王国内に潜伏していたってのはちょっと考えにくい」
『ん、まあ確かにそうだな。ざっと見た感じだが、ここは研究所。研究者を集めるのも、これだけの設備を作るのも楽じゃないしな』
「金だってかかる。これだけ大規模に動ける組織なんて聞いたことが無い……」
アイゼルが研究所内をうろついているとふと、気になるものを見つけた。逃げるときに、何も持たずにそのまま逃げ出したのだろう。資料室と書かれた部屋の中に、そのまま散らかされた形で研究資料が投げられていたのだ。
「これって……」
アイゼルが資料に目を通す。
「……なんだこれ」
絶句。そこにあるのは地獄の実験の数々だった。いかにして人という種を強くするか。それだけを念頭に置かれた研究は全て子供たちを対象にして行われていた。
魔物の臓器を移植されたもの。魔術演算を加速させるために脳を増やされた者。筋力を上げるために獣人と頭を挿げ替えられた者。
別の資料に目を通す。
生まれつき魔法が使える者を解析するために、生きたまま身体を捌かれた子供。脳の中にあるパーツを取り出されて他人に埋めこまれた子供。その魔法の希少性から十五人同時に子供が産める様に手足を切り取られ、無理やり身体に子宮を増やされた者。
「何を……やっていたんだ」
嫌悪感を表に出しながら、アイゼルは別の資料を見た。
『人間と悪魔の融合』
ひどくシンプルな主題の研究レポートが、そこに転がっていた。アイゼルはすぐさま手を取るとページをめくる。今のアイゼルの数値は【15.2%】。アイゼルの身体は15%がもう悪魔へと置換されつつある。
だが、そこに書かれていたのはいかにして『悪魔憑き』を作るかという内容で。
そこにある実験内容もまた、褒められたようなものではないのだった。
「これは……」
『侵略者の資料はあるか?』
「いや……。恐らくだけど、この研究所はあの『侵略者』を倒すために作られたんだろう。だが、どういう結果かアイツが外に逃げ出した」
『…………』
「とりあえず、この資料を持って王立魔術師学校に帰るよ。何か分かることがあるかもしれないし」
『ああ、それが良い』
地面にある資料を集めながら、アイゼルはここで行われた凄惨な実験の在り方に、行く当てのない怒りと、そして自分への無力感を感じるのだった。