第3-2話 星、そして侵略者
「最近、見た事がない魔物が出たって王都外で噂になってるのよ」
「はぁ……」
朝、HRが始まるや否やローゼがそう言った。
「新種の魔物ってことですか? 別に珍しくないと思いますけど……」
魔物はこの世界の住人でなく、魔界の世界の住人だ。そのため、こちら側に来ていない種族も多い。当然、まだ来ていない種族がこちら側にやってくることも考えられるわけだ。
「それがね……。ちょっとおかしいの」
「おかしい?」
「始めに冒険者ギルドに依頼が回ってね、冒険者たちが討伐に向かったんだけどこの一週間誰も討伐出来てないのよ」
「S級あたりにでも依頼すれば良いのだ」
「S級は忙しくてね……。今はこの国にいないの」
「A級はどうなんですか?」
「それがね……。返り討ちにあっちゃったから……」
「えぇ……」
『おい、そのSとかAというのは何々だ』
(ああ、そうか。グラゼビュートは知らないか)
冒険者とは、いわゆるフリーランスの魔物討伐者である。土地に縛られず、領主に縛られず、王にすら縛られない彼らはギルドという特殊な互助組織を介して世の中とつながるのだ。
報酬の関係、権の関係で領主だけでは、騎士団、傭兵団だけでは手が回らない地域には冒険者の力は必須と言えるだろう。そのため、どの組織に潰されることもなく今の今まで生き残ってきたというわけだ。
だが、如何せん数が増えすぎた。そして、英雄譚が増えるにつれて冒険者に憧れる者も増えてきた。だから、そう言って増えた冒険者を整理するためにランク付けを行ったのである。
(大体はそんな感じ)
『ほう。そのS級とやらは強いのか』
(強いよ。なんなら『賢者』に匹敵するって言われてる人たちもいるし)
『それは中々だな』
グラゼビュートと話していると、ふとローゼの視線がアイゼルに向けられていることに気が付いた。
「な、なんすか……」
「それでね、アイゼル君に討伐してきて欲しいの」
「……何で僕なんですか」
「だって最近、メイシュちゃん休んでるじゃない? それに今は昼だからエーファちゃんは戦えないし……」
「いや、そうじゃなくて……。冒険者ギルドに依頼が回ったんだから王立魔術師学校が手を回す必要なんて……」
「それがね、冒険者ギルドから泣きつかれたのよ。ウチじゃ無理だって」
「えぇ……」
A級が倒されるような魔物を倒してこいだなんて。この学校もついに無茶ぶりが限度を超えてきたな。
「大丈夫よ。私の見立てではアイゼル君はA級以上S級未満だから」
「うーん……」
あんまり頼りにならない批評をローゼからもらうと、アイゼルは立ち上がった。
「まあ、よくわかんないけど行ってきます」
「頑張ってきてね」
「報酬ってもらえるんですか?」
「ついでに単位も出るわよ」
「行ってきます!」
別に単位が必要なほど落第の危機にあるわけではない。しかし悲しいかな。序列最下位の習性により身体が勝手に動いてしまうのだ。
そういって王立魔術師学校を出てきたのが今から一時間ほど前のこと。
「んで、魔物っていったいどこだよ」
魔劍の身体強化魔法を使って目的地に急いだわけだが、件の魔物どころか他の魔物の姿も見えない。とりあえず、速度を落として街道を走っているとしばらくして見えてきたのは巨大なクレーター。
「ここか……」
アイゼルは知覚魔法を発動。すぐに七つの表示がアイゼルに魔物の行方を教えてくれる。残留していた魔力痕を可視化。うっすらと薄く光らせると、その後を追った。
「……見た事ないタイプの魔力だ」
『そこまで分かるのか?』
「まあね。僕は魔物の種類によって映る魔力の色を変えてるんだよ」
『ほう。便利だな』
「だけどこれは今まで見たことも無いような……。何だろう、星空みたいな感じの色だ」
『星空?』
グラゼビュートが首を傾げる。そして考え込むように黙り込んだ。
「濃くなってきた……。魔物が近くにいる」
そう、アイゼルが呟いた瞬間、目の前が真っ赤に染まる。
「……ッ!」
死ぬほど見慣れた『知覚魔法』の攻撃予測範囲。鍛冶屋で買った安物の剣を掲げると、攻撃を弾く。だが、それでは止まらない。アイゼルを攻撃した何者かは、さらに追撃に移る。だが、
「見えねぇッ!」
そう、見えないのだ。まったくもってその姿形を捉えることが出来ない。
『アイゼル。魔法を使え。お前の魔法なら捉えられるだろう』
「駄目だ。もう少し時間がいる」
アイゼルの視界下には【Updating Data :52%】の表示。
これが完了するまでその姿をとらえることは出来ないということだ。
「クソ、確かにこれじゃあ苦戦するわけだよッ!」
アイゼルは知覚魔法の攻撃予測範囲を冷静に見極めながら攻撃を避け続ける。眼下に掛かれている数字は着々とその数を増やし、しばらくして【Complete】の表示。
その瞬間、アイゼルの視界が開けると同時に目の前の魔物の姿が明らかになる。
「見えたッ! てこずらせやがって!!」
そこにいたのはイソギンチャクのように、全身から触手を生やした生き物。だが、下半身には四つの足が生えておりそれが獣のように俊敏に動き回ってアイゼルに攻撃をしかけていたのだ。
『ほう、どんな形態をしているのだ?』
「色が翡翠で、イソギンチャクみてえな奴だ」
『……何?』
アイゼルの攻撃が触手を一つ一つ切り落として行く。
『少しだけ見せろ』
グラゼビュートがそう言うと同時に、アイゼルの左目の視界が無くなった。
「馬鹿っ! 急にすんな!!」
『わ、悪い……』
だが、グラゼビュートがアイゼルの視界を乗っ取ってまで見たいほどの魔物などいるのだろうか。
『……いや、まさかな。そんなはずがない……』
「どうした?」
『ここにいるはずが……。あの時、殺したはずなんだ……』
「……?」
アイゼルの剣が魔物の心臓を貫く。剣を引き抜くと同時に翡翠色の血液が魔物の傷口からあふれた。
「おい、終わったけど、どうした?」
『コイツは……。こいつは『星界からの侵略者』と、俺たちが呼んでいた魔物だ』
「星界からの侵略者?」
『ああ、七百年前にこの世界に唐突にやってきて侵略戦争を始めた化け物たちだ』』
「それが、どうしてここに?」
『分からん。ただ、何かが始まっていることだけは確かだ』
「……そうか」
アイゼルは、ひどく嫌な予感を抱えながら魔物の死体を処理し始めた。
ブクマ、高評価ありがとうございます!