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第2-16話 魔物たち、そして魔術

「悪魔に頼るぅ!?」

「それしかないわ」


 魔物たちが暴れる最中、さらに門を突き破って出てきたのはサイクロプスよりもさらに一際大きなサイクロプス。

 名づけるならばグレート・サイクロプスといったところか。


「『正一位オリジンズ』の悪魔達なら、この状況を覆せるだけの力があるわ」

「そりゃ、あるだろうけどよ……。悪魔の力を借りるって言うことは代償を支払うっていうことだぜ」

「分かっているわ。でも、他に方法がないもの」

「だから、自己犠牲は辞めろって」


 そういうアイゼルの口をサフィラの手がふさいだ。


「もう、それしかないの」

「……分かった」


 彼女の目がまっすぐアイゼルを貫く。

 そこまで言うのなら、彼女を信じよう。


「だから、アイゼル。私について来て」

「勿論」


 彼は頷くと、差し出されたサフィラの手を取った。


「行こう!」


 サフィラに引かれる様にしてアイゼルは走る。

 ソフィアが開けた穴がまだ使えるかどうかは賭けの部分があったが、問題なく抜けることが出来た。


 開けてからしばらくたつというのに修復されないところを見るに、結界を張った魔術師は恐らくこの周辺にはおらず『依り代』か何かを使った遅延魔術のように思われる。


 結界を抜けた瞬間、目に入ってきたのは王都の空が紫に染まっているということ。


 ひどく濃い魔力の匂い。

 もちろん、その発生源は『会場』だ。そこに生成された魔界の門がこれだけの濃密な魔力を王都にばらまいているのだろう。


「速くしないと民が」

「魔力中毒になっていないと良いけどな」


 過ぎたるは猶及ばざるが如し。

 どんな物にも摂取量に上限があるように、魔力にも摂取量に上限がある。


 それを超えた時に起こるのが魔力中毒だ。

 眩暈、吐き気、耳鳴り、幻覚幻聴。ひどいときには死に至る。

 生まれ持っての魔法使いたちは、それに対して著しい耐性を示すが、悪魔達と契約した魔術師はそうではない。


 王都にいる人たちの心配をしながら走っていた二人だが、アイゼルがふと攻撃予測線を捕らえた。


「何だッ!」


 彼は、サフィラを抱きかかえてその線からずらすと、そこに飛び込んできたのは短剣。それを持っているのはゴブリン。


「……何でここに魔物が」

「抜け出したか、生まれたか……」


 アイゼルは迷うことなく一閃。首をはねる。


 魔物の発生過程においては諸説あるが、最も主流な考えは、濃密な魔力の元で自然発生するというものである。


 そもそも、魔力とはひどく不安定な物である。

 そうであるが故に、指向性あるいは属性を持たせることによって『魔術』として行使することが出来る。

 

 その魔力が自然に集まるとしたら?

 その集まった魔力に偶然、指向性が与えられたら?


 その結果こそが、魔物だと言われているのだ。


 アイゼルたちは首を傾げながらその場で立ち止まった。

 それが、駄目だった。


 次の瞬間、いたるところから生まれたゴブリンがアイゼル達に向かって疾走。

 その命を奪わんと全力で駆けてくる。


「チッ」


 アイゼルは舌打ちとするとともにサフィラの身体を抱きかかえると、ゴブリンたちの隙間を縫って疾走。

 両目に表示ポップアップされた半透明の矢印に従って悪魔達の対話の間をめがけて走る。


「アイゼル、後ろっ!」


 抱きかかえられたサフィラがそう声を上げる。

 

 大丈夫、分かってる。


 その瞬間、飛び込んできたのは炎の槍。

 ゴブリンの中に魔術が使えるような個体はいなかったはずだが……。


 そう思って後ろを振り返って、息をのんだ。


 そこにいたのはボロボロのローブを着た一匹の魔物。

 だが、その周りは光が歪みひどく暗く映っている。


 それは、莫大な魔力を持つ者が己の魔力を制御することが出来ずに偏光現象が起きているのだ。

 

 ローブの中から見えるのは死人の肌。恐ろしく白く、おおよそ人というものの温かさというものを感じさせることはない。


「……最悪だ」


 思わずアイゼルがそう漏らす。


「あれは……」


 サフィラも、書物で読んでその魔物を知っていたのか同じように息をのんだ。


『……構えろ』


 心なしかグラゼビュートの声も堅い。

 それの名前はリッチ。


 ガルムやギガント・サーペントと並ぶ魔物の長だ。


 アイゼルは一度、ガルムを屠っているがあれはガルムが二体しかいなかったからこそできた芸当。本来のガルムは群れで襲い掛かってくる。


 リッチが挨拶替わりに魔術陣を描く。

 そこに描くのは無色透明な『風』の魔術。


 知覚魔法を持っているアイゼルでないと有効範囲が分からずに四苦八苦するようなその魔術をまばたきするようなわずかな時間で描くと、発射。


 アイゼルはサフィラを抱えて身体を倒して回避。

 その瞬間にはリッチは既に次の魔術を完成させている。


 リッチがその身を魔物の長に置いているのはまさに、この発動時間の短さが彼らの大きな長所アドバンテージとなっているからだ。


 普通の人間が1分、2分とかけるような魔術を息を吐くようにして使う。


 それがどれだけ恐ろしいことか。


「クソッ!!」


 ゴブリンとリッチは本来別種であるため互いに敵視することも少なくないが、今回においては協力関係を築いているようだった。


 リッチが魔術陣を描くわずかな時間はゴブリンが襲い掛かり、リッチがそれを完成させると同時に離れていく。それによって、アイゼルたちはひたすら回避に専念せざるを得ない。


「上手くやりやがるぜっ!!」


 そう言うと同時に飛んできた風の刃をギリギリの角度でアイゼルは避ける。

 だが、避けきれずにわずかに右腕が切り裂かれるが、そこをぐっと耐えるとこちらに向かって飛んできた四匹のゴブリンを一太刀の中に切り伏せた。


 そこに飛んできた炎の弾。

 それを見て逃げようとするゴブリンを、身体強化されたアイゼルの腕が握りしめた。

 炎の弾めがけてゴブリンを投げつけると接触。そして、爆発炎上。


 アイゼルはその瞬間に、サフィラを手放す。

 

 そこを、好機と見た。


 アイゼルは一瞬で加速するとリッチめがけて疾走。

 わずかに驚いた様子を見せるリッチは複数の魔術陣を描くが、そのどれよりも先にアイゼルの刃の方が速いッ!!


 一閃の後に切り裂いた――はずだった。


「何!?」


 手ごたえがない。


『幻覚だっ!!』


 グラゼビュートの言葉をどこか遠く聞きながら、アイゼルはその両目に表示される攻撃予測範囲を見た。


 そうだ、最初からおかしかったのだ。


 いかに速度を重視するリッチといえども風の刃や炎の弾など、魔術師の初心者が使うような簡単な魔術ばかり使っていた。


 あれは、幻覚魔術を使っていたからこそ。

 難しい魔術を使う場合、その反動で簡単な魔術しか使えなかったのだろう。


 刹那、幻覚が解けると同時に十メルほど先にリッチが現れた。

 その周囲には先ほどまで書いていた複数の魔術陣。


 ……幻覚を解いたということは。


 それからがリッチの本懐である。


 刹那、生み出された魔術は直線状に鋼の槍を飛ばす『神通閃槍ロゴス・ラゴス』。

 一撃で人間など灰にしていまうほどの雷を生み出す『神雷成霞トニトラ・モノ』。

 高圧水流で岩石も両断してしまう水流を横薙ぎに払う『殲濁薙流アクア・ゼペル』。

 先端温度は数千度にまで達し骨も残らず蒸発させる『熨燻熾弾イグニア・ダレダ』。


 その四つの魔術がアイゼルに向かって放たれる。

 その最中、彼は全ての世界が鈍化スローになっていくのを見た。


 魔術たちがまっすぐアイゼルに飛んでくる。

 このままでは死ぬ。間違いなく死ぬ。


 ……嵌められた!!


 焦ってしまった。驕ってしまった。

 魔物の長がそう簡単に倒せるはずがなかったんだ。


 魔術に気が付いたサフィラが悲鳴を上げる。


「チクショウ」


 声を出す。

 諦めるものか。諦めてたまる物か。


『アイゼルっ!!』


 グラゼビュートが声をかけてくる。

 何か、何か無いのか。方法を探せ。


 リッチを見る。10メルほど先でアイゼルを見ながらケラケラと笑っていた。


「ああ、そうか」


 もう魔術はアイゼルの目と鼻の先だ。

 『熨燻熾弾イグニア・ダレダ』の余波で皮膚がピリピリと焼ける。


 そしてアイゼルは魔術・・を使った。


 その瞬間、全ての魔術は何も無いところを通過して一斉に混ざり合い爆ぜた。


 リッチはその様子を不可思議に思う暇もなくその首をはねられる。

 10メルの距離を0の時間で駆けたアイゼルは右下に表示されている【9.7%】の表示を眺めながら息を吐いた。


 権能解放『因果貪食グラゼビュート』。


 アイゼルが掴んだのはリッチを斬るという結果。

 故に、そこまでの過程は全て吹き飛ばされ斬ったという結果だけがこの世に顕現する。


「あ、アイゼル。貴方、今のは……」

「……行こう」


 ビリビリと震える両腕の痛みをこらえながらアイゼルは先をいそがせる。


 それに納得いっていない様子を見せるサフィラだったが、アイゼルが何を言わないとこを見ておとなしく前に進みだしたのだった。

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