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第2-15話 翡翠の鬼、そして案

 アイゼルはわずかな逡巡もなく剣を抜くと、両目に広がる幅広い表示アシストを見た。


 こちらに拳を向ける『翡翠の鬼』が止まったように見えるその中で、いくつもの剣筋ルートが表示される。

 

 頭、胸、脇、どれも一撃が致命傷となりえるような剣筋ルート15通りがアイゼルの両目に確かに表示された。

 それを知る由もない『翡翠の鬼』はまっすぐこちらに踏み込むと、地面を踏み抜くようにして加速。アイゼルの頭を潰さんと拳を振るう。

 その軌道上に剣を立てて構える。まっすぐ踏み込んだ翡翠の鬼の拳は縦に割れると両断される。


「遅い」


 ふっと、息を吐くような短い間。瞬きするような刹那の時間。

 

 アイゼルは宙に舞うと、空中で一閃。煌めく刃が鬼の首を跳ね飛ばした。


「……ッ」


 サフィラが息をのむ。

 それに見向きもすることなくアイゼルが口を開いた。


「自己犠牲なんてつまらねぇ」

「でも、それしか……」

「それしかないと思っているのはお前の考えが足りねえよ」

「…………」


 アイゼルは剣を構えると未だその姿を保っている門を見る。


『ほう。鬼を倒すか。ならば』


 そう言った瞬間、門が胎動。

 見ている者に生理的嫌悪感を抱かせる不可思議な動き。


『これでどうだ』

 その言葉とともに門が破裂。

 金属を引き千切った時のような異音ととともに、中から現れたのは紅色の竜。


 その姿を見た王立魔術師学校アカデミーの学生たちは何も言えずにただ、天を仰いだ。

 

 竜種とは、絶対種。

 生半なものでは太刀打ちすることも出来ぬ者。その中でも怒りを表す赤に染まるその竜は、最も狂暴。最も獰猛。

 足の力で山を砕き、魔法は天の災いに匹敵する。


 その竜の名を、紅竜という。


 それが、30匹。


「あーあー。ずいぶんと一方的にやられるなァ」

『気を抜くな』

「抜いてなんていないさ」


 アイゼルは天を仰ぐ。

 そこに見えるは無数の線。どの一つをとっても確実に一匹は葬りされるだろう。


 だが、アイゼルはその場より一歩として動くことを叶わない。

 何故なら、彼の仕事はサフィラの護衛であり、彼がほかのものに目をやってその間に彼女が殺されるようなことがあってはならないのだから。


 相も変わらず右下に表示されている数字は【6.8%】。

 前回よりも上がった数字が少し怖いが、それでも誤差みたいなものだ。


 最悪の場合は『因果貪食グラゼビュート』を使うことも念頭に入れておいたほうが良い。


「ソーニャ」


 紅竜はこちらに降りてこようとはせず、30匹が空を旋回しながら学生たちを見下ろしている。


 それは、今か今かと弱っていく獲物を刈り取ろうとする狩人のようにも思えた。


「何だい。あーくん」

「何匹行ける?」

「範囲内に入ったなら何匹でもだ」

「心強いな」

「任せてくれ。『大回廊』」

『演算終了。残り30秒です』

「遅いぞ」

『申し訳ありません』


 アイゼルが気が付いた時には既に領域は展開されている。


 その中に入っている紅竜の数は8匹。どれも異変に気が付いた様子も見せずにただソフィアを不思議そうに見ている。


「さあ、血となれ」


 ソフィアのその言葉とともに鋼鉄よりも数倍堅いと言われている鱗が一瞬の後に砂になるまでに粉々に砕かれた。


「……嘘」

「何が起きたの?」

「ソフィア先輩強くね?」


 後輩たちが好き勝手に言葉を紡ぐ。


 竜たちは仲間が一瞬にして潰されたことに怒りの咆哮を連ねるが、どの個体も何をしたのかが分からないため、警戒するように距離をとるとこちらをじぃっと見つめている。


 その瞬間、彼らの影が揺らいだ。


「生物ってのは儚いね。まるで影のようにゆらゆら揺らめいているよ」


 そう言った瞬間、紅竜たちの影が両断。

 それに引っ張られるように身体が両断される。

 

 アイゼルは知覚魔法に映ったエドワードの魔法をわずかに分析。

 

 微かに分かったのは、影が彼の魔術によって、光の現象ではなくなっているということだけ。それ以外に関しては何も分からなかった。


 身体が両断された紅竜の数は6体。どれも地面に落ちると煙を巻き上げて息絶える。


 その瞬間を縫うようにして一匹の竜がソフィアめがけて飛びかかった。

 だが、その嘴が彼女の身体に触れるよりも先に鋼鉄のように固い手が嘴を掴んだ。


 竜は人間の手から逃れようと地形さえ変えてしまうようなその筋力で身体を動かすが、びくともしない。

 しかもそれだけではなく、人間の指がわずかに、だが確かに鱗に食い込んでいく。


「さっさと死ね」


 イルムの言葉とともに、紅竜の顔が爆ぜる。

 すかさず彼は脳を引きずりだすと、竜は絶命。このわずかな時間に竜の数は半分を切った。


「おうおう、トップはやっぱりすげえなァ」

『アイゼル。来るぞ』

「分かってるっつーの」


 接近戦は分が悪いと気が付いた彼らは天にいるまま口の中に魔力をため始めた。


 『皇息ブレス』。

 竜種だけが使える固有魔術だ。莫大な魔力を口腔内で循環させ、膨大なエネルギーとして射出するそれは山を消したとも海を蒸発させたともいえる。


 だが、


「沈め」


 エドワードの一言によって地面にある竜種の影に無数の腕の影がしがみつくと、上空にいた竜たちも何者かに身体の動きを制限されたかのように動きを止め、地面に落ちてくる。


 ひとたび地面に落ちた竜は哀れだ。

 そこにいるのは曲りなりとも英雄の卵たち。


 よってたかってボコボコにされると片端から絶命していった。


「すげえなァ……」


 そのうちの一匹がアイゼルのもとに落ちてくる。


 彼は慌てることなく剣を構えると紅竜の脳髄にまっすぐ振り下ろす。

 魔劍は竜の鱗と頭蓋骨をバターでも刺すかのようにすっぱり貫くと脳を断った。


『ふうむ。紅竜でも分が悪い。ならば、これでどうだ』


 そう言って門が再び胎動する。


『キリがないな』

「ああ……これは」


 門を突き破って現れるのはその大きさが20メルを超えるような巨大な一つ目の鬼。


 サイクロプスだ。


 だが、それだけで留まることなく門は胎動し続ける。

 魔界の門は魔物を生成する魔術ではなく、元々魔界にいる魔物をこちらに引き寄せる魔術だ。

 それ故に、魔物の数に制限も出てくるときに時間も必要としない。


 向こうにいる魔物がこちら側に向かって一歩踏み込むだけで、この門から現れる。


「アイゼル、聞いてッ!」


 まだ空を飛び続ける紅竜と、生徒たちを狙って攻撃を繰り返しているサイクロプスを見ているアイゼルに後ろから声がかかる。


「何だ?」

「私に一つだけ案があるの」


 サイクロプスの攻撃で地面に大きな穴が開く。


「案?」

「そう、この状況を覆すような案が」


 紅竜の一撃が当たった個所が蒸発。

 それを必死になって回避している生徒たちがアイゼルの目に映る。


「聞くぜ」

「悪魔に頼るのよ」

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