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第2-14話 自決、そして鬼

 最初、その声がどこから響いてくるのか分からなかった。


 だが、幾度となく同じ文言が繰り返される度に、声はひどく近いところから聞こえてくるように思えたのだ。

 アイゼル達は立ち止まって、その声の発生源を確かめた。


 場所は、すぐに分かった。


「会場か……」


 この謎の声は、先ほどまでアイゼル達がいた会場から聞こえてきている物だ。


 ということは、まだ『敵』は結界を破られたことを知らないのだろうか。

 それとも……。


「戻ります」


 迷うことなく、そう答えたサフィラをアイゼルが止めた。


「罠の可能性がある。迂闊に行くべきじゃない」

「でも、敵は私に出てこいと言っているの。私が出れば魔物の門だってふさがる可能性が……」

「ふさがる可能性もあるが、ふさがらない可能性だってある。サフィラは既に女王になっているんだから軽率な行動は控えるべきだ」

「私は、女王としてこの場を何とかする義務があるもの」

「それは……そうだが」

「だから、行くわ」


 そういうサフィラの瞳は、まっすぐアイゼルを貫く。

 どこまでも、どこまでもまっすぐに。

 

 こういった目をした人間に、何を言っても無駄だ。


「分かった。行こう」


 だから、彼はそれを受け入れた。


『良いのか』

(まあ、仕方ない。それに向こうの狙いも分からないし)


 アイゼルたちは来た道を戻って会場の中に入ると、紫色をした門から魔物の排出は止まり、打って変わってそこには巨大な人影が浮いていた。


 幻影魔術。

 人に幻を見せるための魔術だが、それは対象の数が多くなればなるほどに難易度を増していく。

 ここにいるのは少なく見積もっても数百人。


 一体、どれだけの術者がこの魔術をかけているのか。検討もつかない。


『我々が望むことはただ一つ。サフィラの自害である』

「……ッ!!」


 巨大な人影から洩れた言葉に、その場にいた全員が息をのんだ。


「ふざけるんじゃねえ!!」

「そうだ! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

「女王を死なせられるかよ!!」


 王立魔術師学校アカデミーの学生たちが人影めがけて罵詈雑言を浴びせかかる。

 だが、


『我々は、この門を残り五つほど作り出すことが出来る』

『それも、この王都にだ』

『あとは言わなくても分かるだろう』


 その言葉に全員が黙り込んだ。

 いや、黙り込む以外の選択肢を彼らは持っていなかった。


 まだ成長途中とはいえ、精鋭揃いの王立魔術師学校アカデミーの学生が1~3年生まで全員でぶつかり合って、何とか優位に持ち込めたこの魔界の門を残り五つ。


 賢者が出払っており王家直属魔術師部隊ロイヤル・ウィザードもほとんどいない状態のいま、そんなことをされて無事で済むはずがない。


 王都は良くて壊滅。

 悪くて国ごと消滅だ。


「……私が死ねば、国民は助かるの?」


 サフィラのつぶやきにも似た小さな声に、人影は確かに反応した。


『約束しよう』

「アイゼル、ナイフを貸して」

「…………死ぬ気か」

「だって、私が死ねばみんなが助かるの。当たり前じゃない」

「……貸せない」

「どうしてよ」

アイツの言っていることが本当か分からない以上、迂闊なことは出来ない」

「でも、でも……」

『邪魔をするな』


 そう言って、人影が横一文字に指をずらす。

 その瞬間、魔界の門から落ちてきたのは全身をどす黒い泥に覆われた鬼。


 自身の力で立つことが出来ないのか、ゆっくりと身体を揺らしながら弱々しく泥をまき散らしながら立ち上がった。

 ゆっくりと泥が地面に落ちていくと鬼の素肌が見えてくる。


 それは、どこまで美しい透き通るような翡翠の色。


「何だ……アレ」

『見たところ、オーガに近い種にも思えるが……。だが、オーガはあんな泥は無い……』


 肝心の知覚魔法はというと、【Unknown】としか表示しない。

 つまり、目の前のソイツは誰も知らない魔物ということになる。


『まさかっ……。いや、そんな訳が……』


 何か、合点がいったのか。

 考え込むようにしてグラゼビュートが黙り込む。


『やれ』


 人影のその一言で、その『翡翠の鬼』は地面を蹴る。その瞬間に表示アシストされる攻撃予測範囲。

 それを見切ろうとするよりも早くに『翡翠の鬼』の一撃がアイゼルの腹に叩き込まれた。


「ぐっ……」

「アイゼル!!」

 

 誰かがアイゼルのことを呼ぶのを聞きながら、歯を食いしばってその一撃に耐え抜いた。


「く、そ……」


 反応出来なかった。

 攻撃が来ることは分かっていないのに。動けなかった……。


 腹の底からこみあげてくるものをなんとか嚥下して、アイゼルは鬼と向き合った。


「ああ、まったく。僕も衰えたな」


 序列が15位になったせいだろうか。

 序列最下位ラストワンの時に比べて、ひどく生ぬるくなっているように思える。


 あの時のような、貪欲さはもうなくなったのかとも思えるのだ。


 アイゼルは安物の剣を抜く。

 どこにでも売っているような、駆けだしが買うようなその剣は安価であるが故に、もっとも汎用的だ。


 ……勝つ。


『あぁ。久しぶりに良い欲だ』


 そうか。それは良かった。


 次の瞬間、両目に映る表示アシストは、翡翠の鬼の攻撃予測線。

 アイゼルに向かって数十本の線がまっすぐ伸びている。


 そして、両者が同時に地を蹴った。

 飛んでくるのは鬼の拳。先ほどのような景気づけの一発ではない。


 当たれば即死。翡翠の鬼は人の形も残らないほどに高められたエネルギーを持って凄まじい速度で拳を振るう。


 だが、アイゼルはその全てを見切っている。

 ただ、己の見えている通りに身体を動かすだけで拳はアイゼルに掠ることなくその全てに空を切らせる。


「流石アイゼル先輩!」

「落ちこぼれの星!!」


 そのヤジはどうなんだ。


 そして、その拳を全て避けきった後に叩き込むのは、首筋。

 骨と骨の間を狙った研ぎ澄まされた一撃は『翡翠の鬼』に吸い込まれるように消えると、


 ビシッ!!


 と、剣にヒビを入れた。


「……えぇ!?」

『安物を使うからだ』


 当然、安物だから壊れやすいということは念頭に入れている。

 だからこそ、固い骨ではなくその隙間を狙ったのだし、それを外したということも無い。


 つまり、コイツは皮膚の段階で尋常でないほどに堅いのだ。


「おいおい、嘘だろ」


 アイゼルの言葉が完全に消えるよりも先に翡翠の鬼は踏み込んで、拳を振りぬいた。

 音を立て、空気が破裂すると同時にアイゼルはその一撃に合わせる様にして剣を立てる。


 拳はアイゼルには当たらなかったものの、アイゼルの剣を粉々に砕く。


 それでいい。


 その瞬間に、キラキラと輝くのは剣の破片。

 どこまでも高威力で叩き込まれたからこそ美しく砕け散った剣の破片が一瞬だけだが、視界を奪う。


 その隙を彼は見逃さない。

 背中にかけてある純黒の剣に手を合わせると、わずかな逡巡も許さずに引き抜いた。

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