第2-12話 狙撃、そして追撃
会場は大混乱に陥っていた。
王立魔術師学校の三年生は既に犯人捜しのために動いているが、まだ実戦慣れしていない一、二年生はパニック状態。
統率すべき教師たちも運悪くこの場にはいない。
その横を護衛たちが来賓を連れて逃げていくため人の流れが混雑し、ひどく混乱していた。
「あっ、アイゼル何を……」
サフィラは何が起きたのかをまだ理解していない様子だったが、周囲にいた人間は違った。
国王の護衛についていた魔術師が領域系の防御結界を発動。
その隙に国王を連れて屋内に入っていく。
「け、怪我しているの?」
アイゼルの腹から零れていく血液を見ながらサフィラはひどく気の抜けた顔でそう呟いた。
「エーファ、メイシュ! 何してる!! 早くサフィラを守れ!!」
「う、うん!」
「ごめんなさい!!」
二人はサフィラの元に駆け寄ると彼女の手を取る。
「だ、駄目よ。アイゼルを置いていくっていうの?」
「僕のことは今は良い。速く屋内に!!」
そう言った瞬間、パァン!!
と渇いた音とともに、防御結界と攻撃魔術がぶつかりあって爆ぜる音が響いた。
その瞬間にアイゼルはその攻撃魔術を見た。
不可視の弾丸を飛ばす『颱巻旋縫』の魔術だ。
特筆すべきはその速さ。
音の三倍は早いと言われている不可視の弾丸は直線状にターゲットを狙う。
そして、発射されたあとは慣性の許すままに飛び続けるのだ。
それゆえに、今回のように数千メル離れた位置からの射撃も可能とする。
現にアイゼルが知覚魔法によって読み取った攻撃魔術師の位置は2045メル先。
そこからここまでを狙い澄まして撃ち抜いたわけである。
「化け物め……」
『恐ろしいな。この距離で狙撃を可能にするとは』
(隠し玉にしては脅威が過ぎるよ)
知覚魔法があったからこそ気が付いたものの、それがなければ今頃サフィラは死んでいた。
「これで終わってくれればいいけどな」
アイゼルがそう呟くと、メイシュが走って戻ってきた。
「アイゼル、肩貸すよ」
「……サフィラを守れよ……」
「そのお姫様が助けろって言ってるんだよ!」
とメイシュに肩を貸されてアイゼルは隠れるように屋内に入っていく。
一歩歩くたびに腹から血液が滝のようにあふれ出し、地面を汚していく。
「大丈夫だからね、アイゼル。大丈夫だから」
メイシュが繰り返しそう呟く。
一度体感したから分かるが、これは腹に穴が開いている。
「まさか、人生で二度も腹に穴をあけるなんておもわなかったよ」
「えぇ!? 二回目なの!!?」
「ああ。といっても誇れるようなものじゃないけどね」
「リーナちゃんが治癒魔法を使ってくれるって」
「ありがたい」
狙撃から隠れられるような位置に二人と一匹は座っていた。
「アイゼル。ごめんなさい。私のせいで」
「サフィラのせいじゃない。これは僕たちの仕事だ」
「ゆっくりそこに寝かせるのだ」
「……悪いな、リーナ。無料で治してもらって」
「そんなこと言っている場合じゃないのだ。命にかかわるのだ!!」
アイゼルはメイシュの力を借りながらゆっくりと床に寝かせられる。
そして、リーナがアイゼルの傷口に手を当てながら治癒術式を発動。
ゆっくりだが、確実に傷口がふさがっていく。
だが、その進みはひどく遅い。
「魔力が滞納していて治癒妨害をしているのだ……」
「……ははっ。殺意が高いな」
「ごめんなさい。本当に、なんて言ったら良いか……」
「良いんだって。これが僕たちの仕事なんだから」
何度言っても謝ることを辞めないサフィラに苦笑する。
「メイシュ、エーファはサフィラをもっと安全な場所に」
「そ、それが……」
エーファが言いづらそうに口を開く。
「ここから、出られないんです」
「……え?」
「生物の出入りを禁じる結界がこの会場周辺に張り巡らされています」
「マジ?」
「ま、マジなんです」
流石にそれにはアイゼルも閉口してしまう。
神聖国がいかに王国のことを毛嫌いしているとは言ってもまさかここまでやるとは。
用意周到というか殺意が高いというか。
「結界……。私の、せいだよね」
サフィラがそう呟く。
「いや……関係ないよ」
「関係ないわけないでしょう。私が、私のせいで……」
「おいおい、サフィラ何を言ってるんだよ」
ふらふらと、まっすぐ立つことも難しいというかのように身体を揺らしながらサフィラが呟く。
「私が、死ねば解放されるの? 私が死ねば……」
「よし、アイゼル。これで大体は治癒が終わったのだ」
サフィラが何かを言いかけた瞬間に、リーナがそれより大きな声でそれを遮った。
五分ほどをかけてリーナはアイゼルのぽっかりと開いた穴をふさいだのだ。
「でも血は治せていないから無茶なことは出来ないのだ」
「……ありがとう。助かったよ」
サフィラは傷が治ったアイゼルの元に近寄ってくると、わずかに涙を流した。
「良かった。良かった……」
その瞬間、アイゼルが感じるのは莫大な殺気。
「マズいぞ……」
メイシュと、エーファもそれには気が付いたのか顔を険しくしてしまう。
続いて『知覚魔法』に表示された魔術は空間転移に関するもの。
だが、賢者のそれではない。
知覚魔法に表示された魔術式を見て、アイゼルは思わず声を上げた。
「おいおい、ここでそれをやるのか」
その瞬間、膨大な魔力があふれ出すと『式典』の会場を中心として複雑で緻密な魔術が組まれていく。
そうして会場にいる一、二年生の悲鳴と叫び声が上がった。
「どんだけ殺意が高いんだよ……」
会場に現れたのは直径30メルの紫色をした球体。
それが何かを知っているのは王立魔術師学校の学生といえどもわずか数名。
その中の一人であるアイゼルは背筋が凍るのが分かった。
何故なら、その魔術は『羅修門』と呼ばれる遥か太古の魔術であり、
魔界から魔物を呼び出す魔術なのだから。
その魔術に対して妨害工作をしかけたのはたった一人。
だが、それは結果として間に合わず、
そうして、会場に魔物が溢れた。