第2-11話 式典、そして混沌
朝、耳を打つような太鼓の音と大きな花火の音で目が覚めた。
「ああ、そうか」
今日が『式典』の日だ。
ここ連日、アイゼルたちはサフィラのリハーサルばかりを見てきたため、日付感覚を忘れてしまっていたが、音ですっかり思い出した。
王立魔術師学校の学生たちは一度、校舎に集まったあとに王城へと向かうが、アイゼルたちは別行動。
直接、王城に向かえとのことだった。
『どうした? 緊張しているのか?』
「まあね」
『式典』。
本来、祝われるべきそれは、フェルメール王国の国王が人前に現れる数少ない日でもある。通常であれば、問題視されることも無かったであろうが、今回は神聖国のことがある。
誰しもが気を使うのは仕方のないことと言えるだろう。
『お前如きが気を張っていてもしかたあるまい。出来ることを淡々とやるだけだ』
「ああ、分かっているよ」
アイゼルは魔劍を掴むと、背にかけた。
同時に安物の剣も背負い、X状になる。
「行こう」
外に出ると、辺りはお祭り騒ぎになっていた。
いたるところに飾り物が置かれ、街の人たちも浮かれている。
道の様々なところに音楽隊が座り込み、今日に相応しい音楽を鳴らしている。
露店も今日にいたってはその数が多い。
子供たちがその露店の周りで親に買い物をねだっていた。
今日は国を挙げての祝日だ。
そのせいなのかどうかは知らないが、王都の中にはいたるところに冒険者がうろついていた。
彼らは普段はもっと門の近くで暮らしており、中心部に来ることがそう無いため、珍しく映る。
『この国の人間は冒険者が多いのか?』
(多いって言うか、それしか就く仕事が無いって人は一定数いるんだよ。例えば、農家の次男坊、三男坊、貴族の嫡子、悪魔憑き。そういった人たちには仕事がないし、他の仕事は『ギルド』が寡占しているから、部外者は入れないんだよ。そうなると、就けるのはおのずと、騎士団か傭兵、あるいは冒険者になる)
『ふむ。命の危機がある仕事は寡占出来んか』
(そんなことしたら、すぐに人がいなくなるからね)
『なるほどな』
アイゼルとグラゼビュートは王都の中を歩きながら会話を紡いでいく。
王城に着くと、真っ先にサフィラのもとに向かった。
「おはよう」
「おはようなのだ」
「あら、アイゼル。遅かったわね」
「アイゼル! おはよう!!」
「お、おはよう……」
遅れて入ったアイゼルは、サフィラの豪華に仕立てられたドレスに目を奪われた。
「どうかしら?」
「似合ってるよ」
「ありがとう」
屈託のない笑顔で笑った彼女はアイゼルと握手。
良かった。思っていたよりも元気そうだ……。
使者が目の前にで自殺した後はかなりサフィラのことを心配したのだが、流石に数日も経てば彼女も気を取り直したのだろう。
「みんな、聞いて」
アイゼルがサフィラの近くに経ったときに、彼女は口を開いた。
「どうしたのー?」
メイシュが首を傾げる。
エーファとリーナは、おとなしくサフィラの方を向いた。
「みんな、今日までありがとう」
「なんてことないのだ」
「そ、そうですよ。依頼ですから……」
「ううん。私はみんなに感謝してるの。あの、最後だから言えるんだけど、私って友達がいないの」
「お姫様だからねー!」
「そうなの。だけど、本当は友達作りたかったのよ。だから、みんなのことをたった数日のことだったけど、友達だと思えたの。だから、ありがとう」
サフィラの言葉にアイゼルたちは目を合わせた。
そして、噴き出した。
「なに言ってるの! お姫様とはもう友達でしょ?」
「そ、そうですよ」
「そうなのだ」
「うん。そうだよ」
「だから、今日までの私のことをどうか忘れないでいてほしいの」
その時、アイゼルは彼女がどうして唐突にそんなことをいいだしたのかを理解した。
これは、遺言なのだ。
悪魔と喋るということは少なからず人間性を捧げるということである。
だから、まだサフィラという人格が残っているうちに彼女は僕たちに別れを告げているのだ。
「どうしたの。そんなに弱気になって」
「弱気になんか……いや、ごめんなさい。なっているわ」
「緊張するもの仕方ないよ」
「だ、大丈夫です。あれだけ練習しましたから」
「そうなのだ。別にここで金輪際の別れというわけじゃないのだ」
そうやって、みんながサフィラを励ましているとドアが数回ノックされ侍女が入ってきた。
「サフィラ様、お時間です」
……もう、時間もないみたいだ。
この式典が終わると、アイゼル達はもとの学生に戻りサフィラは女王として仕事を始める。
「じゃあ、行きましょう」
サフィラは、そう言うと凛とした顔で誰よりもはやくに踵を返した。
アイゼル達は、それを追いかける様にして陣形を組む。
さて、行こう。
式場に着くと、既に多くの人間が集まっていた。その中でもやはり目立つのは最前列に座っている各国の来賓たちだろう。
精鋭の護衛を自身の周囲に置きながら暖かい表情で、緊張しているサフィラに時折視線を送ってくる。
彼女もそれに気が付いたときには会釈や、手を振ることで返していた。
その後ろには騎士団、そして王立魔術師学校の生徒たち。
王家直属魔術師はこの場にはいない。
彼らは国防の要。うかつに持ち場を離れて行動することは、例え『式典』の日であろうとも許されないのだ。
「け、『賢者』様も、いないね」
「本当だ。どうしたんだろう?」
エーファに言われて周囲に視線をやるが確かに『賢者』の姿が見えなかった。
まあ、転移魔術を持っている彼のことである。どうせ好き勝手に移動しているのだろう。
だが、先ほど視線を周囲にやったことでアイゼルは来賓席に一つだけ空席があることに気が付いた。
「サフィラ、あの席って」
「……神聖国のとこよ」
「……だよね」
神聖国の人間は、この式典には来てない。
(嫌な予感がするなぁ)
『しかし、ここまで露骨に匂わせるか』
(そこまで考えが足りないのか、それともよっぽど自信があるのか)
会場の周辺は王立魔術師学校の教師たちが警戒している。
侵入者はあり得ない。
なら、何が起きるのだろうか。
アイゼルは誰にも気が付かれないように『知覚魔法』を発動。
「鬼が出るか、蛇が出るか」
アイゼルが息を吐く。そして式典が始まった。
式はつつがなく進行した。
だが、護衛をしている側としては神経を使いっぱなしなのでひどく疲れる。
このまま何も無いと良いと思いながら、国王のスピーチが終わる。
そして、サフィラのスピーチが始まった。
「皆さん、初めまして……」
ひどく緊張した表情をしているが、それでも原稿は全て頭に入っている。
澱むことなくすらすらと口から言葉が紡がれていく。
アイゼルたちはサフィラの近く。だが、下からは見えない位置に陣取って構えていた。
「私は、ここに次期女王として……」
サフィラのスピーチも終わりに入ったその瞬間、アイゼルは彼女の胸を貫くように表示された真っ赤な攻撃予測線を見た。
「危ないッ!!」
アイゼルが駆け出すと同時にどこからともなく魔術は放たれる。
「……ッヅ」
サフィラを組み伏せると同時に脇腹に鈍い痛みが走る。
撃ち抜かれたのだ。