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第2-10話 外交、そして才

 使者の男は助けられなかった。

 舌をかみ切っただけではなく、奥歯に毒を仕込んでいたらしい。


 出血を止めることは出来たのだが、毒が回っていることに気が付かず、リーナがそれに気が付いたときには既に彼の身体が冷たくなり始めていたころだった。




「……それは、本当なのか」


 サフィラはすぐに外務大臣のもとに向かうと、先ほど起きた全ての顛末を語った。


「はい。少なくとも、この四人が聞いています」

「困ったことになったな」


 丸々と太りきった外務大臣が本当に困り果てた声色でそう言った。


「面倒だな。面倒なことになったぞ」


 部屋の中をぐるぐると回りながら大臣は喋り続ける。


「これから神聖国に事実確認を行う。面倒だな。面倒だぞ」


 彼はそう言いながらもすぐに書を記すと鳥の足に手紙を括り付ける。


「行ってこい」


 そういって彼が鳥を手放すと、バタバタとはばたきながら飛び去って行った。

 あの鳥は神聖国との連絡用の鳥。

 

 調教師がきちんと鍛えただけあって、寄り道せずに神聖国の首都まで手紙を運ぶだろう。

 だが、連絡が帰ってくるのはどんなに速くとも三日後。


 既に『式典』は終わってしまっている。


「しかし、真実を語らせたというのは素晴らしい。流石は王立魔術師学校アカデミーの学生だ。名前はなんというのだ」

「メイシュだよー! メイちゃんって呼んでね」

「メイシュか。良い名前だ。うん、良い名前だな」

「メイたんでも良いよ」

「良いのかよ」


 とはアイゼル。


「やっぱダメ」


 何なんだよ。


「ううむ。まだ若いが中々だな。序列はどこだ」

「忘れちゃった! 多分20位くらいだったと思うけど」

「20位くらいか。微妙だ。微妙だな」

「そうかな?」

「どうだ。卒業したら『秋水オルネル』に入らないか」


 あっさりと王家直属魔術師ロイヤル・ウィザードへの推薦をゲットするメイシュ。

 ……羨ましい。


「うーん。考えておくよ」

「うむ。前向きに検討してくれ。そっちのほうが君のためにもなる。なるんだな」


 どうでも良いけど、良く動く人だな。

 神聖国に手紙を書いたとき以外ずっと部屋の中を歩き回っているぞ。


「『式典』は王国と関係を結んでいる国の大使たちがやってくる。やってくるんだ。だから多くの外国人がこの国にやってくる。狙うならそこだ。そこになるな」

「まあ、そうでしょうね」

「だから、君たちにはより護衛として励んでほしい。欲しいんだ」

「ええ、お任せください」

「心強い。心強いぞ。本当だったら、『賢者』や『流星スターダスト』がやるのだが、あいにくと彼らも忙しい。少数精鋭の弊害だな。弊害なんだ」

「大臣さん。お姫様の顔色が悪いからそろそろ解放してあげなよー」

「うむむ。これは済まなかった。サフィラ様、どうぞお休みください。ゆっくりと休むのです」

「……はい」


 王立魔術師学校アカデミーの学生にとっては斬って張ったは日常茶飯事だし、血なんて見ない日が無いほどに見ているが、王女様はそんな世界に生きていない。


 目の前で舌をかみ切った人間を見て、顔色が悪くのなるのも当然だ。


「ごめん、アイゼル。部屋まで肩をかして」

「どうぞ」


 ふらふらとした足取りで、サフィラは自分の部屋まで向かう。

 

 その顔色は、ひどく悪い。


「大丈夫ですよ。僕たちが守りますから」


 王国の次世代の鍵だ。

 そんな彼女が恨まれていないわけがない。


 殺害予告もこれが初めてではないだろう。

 

 だが、年頃の少女がお前を殺すと目の前で宣言されたのだ。

 怖くないわけがない。


「……信頼、してるわ。アイゼル」

「ええー私も信じてよ」

「うん。メイちゃんもよろしく」

「わ、私は……信用しなくても良いです」

「何でそうなるのだ。もっと自信を持つのだ……」

「……二人とも、お願いね」

「任せるのだ」

「ひぇっ……」


 なんでこの子は十番以内なのに僕よりも自信無いんだろう。


『自らを過大評価するのは良くないが、過小評価するもの良くないな』

(珍しくまともなことをいってるね)

『俺は正論しか言わん』

(正論は毒になるだろう)

『…………』


「これからは『式典』のリハーサルがあるの。少し休んだら、行かなくちゃ」

「や、休んでも……良いんじゃないんですか?」

「駄目よ。私が主役だもの」


 エーファの言葉を、優しくそれでもはっきりと拒絶した。


 しかし、『式典』という言葉が出てきた瞬間に彼女の身体が震えたのだ。


(……怖いか)

(怖い。とても怖いの)

(僕たちが付いている。大丈夫だよ)


 アイゼルはこっそりと耳打ちで彼女を励ます。


 こんなことをいっても気休めにしかならない。

 けど、気休めが必要はなときはあるのだ。


 サフィラは部屋に戻ると侍女に紅茶を入れさせ、それを一杯だけゆっくりと飲み干すと『式典』の会場に向かった。


「姫様、大丈夫ですか?」

「顔色が優れませんが」

「休まれたほうがよろしいかと」


 会場に着くや否や、侍女や騎士団から彼女を心配するように声があがる。


 おー。

 愛されてるな。


「大丈夫よ。それに、私が休んだらお父様の予定が合わなくなるでしょう?」

「それは、そうですが……」

「みんなは持ち場について。私は大丈夫だから」


 えっ、国王来てんの?

 

 アイゼルはぐるりと会場を見回すと……いた。


 体に覇気はなく、眼窩はくぼみ、スケルトンのような風貌の男は、しかし爛々と輝くその瞳から常人ではないと語っている。


『あれが、この国の王か』

(うん。確かに去年の『式典』の時よりも痩せてる)

『ひどい悪魔の匂いだな。あれはもう思考が人間のものではなくなっているだろうよ』

(五大悪魔は喋れば洗脳出来るの?)

『別に悪魔に限った話ではない。個性の強い人間と喋っていると、その人間の喋り方の癖などがうつることがあるだろう。例えば夫婦などは仲が良いと、互いの口調や思考が似てくるという。それと同じだ。四六時中、悪魔と語り合っているのだろう? それは頭もおかしくなるというものだ』

(へぇ……)

『何事にも限度というものがある。“才”が無いなら、特に気を付けねばならない』


 なるほど。

 ……えっ、もしかして“才”って強い個性のことなんじゃ……?


 

 一瞬、アイゼルは真理を見た気がした。


(ごめん。少しだけ、手を握ってて)

(いいよ)


 サフィラは青ざめた顔をしたまま、アイゼルの手を握りしめる。


「私、アイゼルと一緒なら悪魔とも喋れるかも」

「えっ?」


 サフィラはこっそりとアイゼルにそう言うと、


「リハーサルが始まるわ。行ってくる」


 そう言って、彼の手を手放したのだった。

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