第2-9話 交渉、そして正体
「いやー、いい試合だったね」
「メイちゃん、本当にそう思ってるの?」
アイゼルが尋ねると彼女は楽しそうに頷いた。
「うん。アイゼルがあの人を一方的にボコボコにしてて私、テンション上がっちゃった」
「わ、私も……」
「私もよ!」
「過激派ばかりなのだ……」
最近、エーファがぶっ飛んでてリーナが突っ込み役になってる節がある。
面白いのでもっとやってほしい。
「それにしても強くなったのだ。アイゼル」
「ほ、本当に。序列最下位と呼ばれていたころが懐かしいです」
「色々あったからね……」
「何がきっかけだったと思うのだ?」
「うーん。やっぱりイグザレアかなぁ」
『賢者』によって『狭間の森』に飛ばされてからというもの、戦っては怪我をし、戦っては怪我をしての繰り返しだった。
意味のない訓練であった『筋トレ』と『魔力放出』を辞め、実践的な戦い方が出来る様になったのがやはり大きいだろう。
その中でも、アイゼルの中で大きな心境の変化が起きたのはやはりイグザレアではないだろうか。
両手を失い、腹に穴が開いてまで戦ったあの魔人との戦いが、アイゼルの精神を根本から変えたのだと思う。
まあ、その切っ掛けの半分くらいはグラゼビュートのおかげだが。
『もっと俺に感謝しろ』
(いつもしてるだろ)
『足りぬ』
ちょっと褒めるとすぐこれだ。
調子に乗るで冷たくいこうっと。
「イグザレアというと、王都転覆をもくろんでいた魔人よね? 戦って見てどうだったの?」
サフィラが純粋な瞳でこちらを見る。
「強かったよ。僕が勝てたのは奇跡だ」
100%の状態の彼とぶつかり合っても勝ち目は万に一つもなかっただろう。
五年前のローゼとの戦いで傷ついていたから。
アイゼルを支援系と侮ったから。
シェリーが身体を張って追撃を防いだから。
グラゼビュートがアイゼルに活を入れたから。
そして、何よりもアイゼルの身体が悪魔になりつつあったから勝てたのだ。
どれか一つが欠けていれば、勝つことなどは到底望めなかった。
「つ、捕まったって言われてるけど……今はどこにいるの?」
「え? 城の地下にいるわよ」
「なんでそんな危ない場所にいるのだ?」
「王家直属魔術師の五番隊……『秋水』が洗脳しての。王国に役立つようにね」
「へえ、王家直属魔術師が直々に洗脳とは。ずいぶんと厳重に見張られているんだな」
「当然よ。かつての『流星』の隊長がやられているのよ? 本気にもなるわ」
普通、魔人の洗脳に王家直属魔術師を出すことは無い。
大抵は、魔人を洗脳するための専門の者たちが行う。
『恐ろしい職もあるものだ』
(犯罪を犯す奴が悪いよ)
『確かにそうだ』
(犯罪を犯さない限り、別に『魔法使い』が迫害されることは無いしね)
悲しいかな、この世界に人権というものは存在しない。
特に魔人にはそれが顕著に現れる。
洗脳、脅迫、薬物、拷問。
ありあらゆる方法を用いて、犯罪を犯した『魔法使い』は王国の力に取り入れられる。
何が恐ろしいってそれらを喜々として行う連中がいるってことだ。
まあ、Ⅳ組の連中なら喜んでやりそうなところが目に浮かんでくるのだが。
「姫様、神聖国からの使者がご到着されました」
サフィラとともに、彼女の部屋に戻ろうとしたときに、従者が彼女を呼びにきた。
「使者?」
「ええ、この間『過激派』に襲われたでしょ? その謝罪よ」
「なるほど」
『過激派』とは、神聖国と王国の国境沿いにいる連中のことだ。
彼らの思想は、神聖国こそ選ばれた国であり悪魔に媚びへつらっている王国は滅ぶべきであるというものである。
そういう意味でいえば、イグザレアたちの『悪魔の爪』に近いものがある。
とにかく暴力的、そして話が通用しない。だから、『過激派』。
「こちらです」
王城の一角にある部屋に案内されたサフィラ。そして、護衛としてともに入ったアイゼルたちは、使者の謝罪で向かい入れられた。
「すまなかった」
……王国に神聖国の人間が頭を下げてる。
それはあり得ない光景だった。
神聖国は王国に敵意を抱き、憎むようにして離れていった人間がほとんど。
そんな彼らは王国に唾を吐くことはあっても、謝罪することなどあり得なかったのだから。
「こちらの不手際で、『過激派』の連中によって王家の方に危険を負わせてしまったのはこちらの責任だ。申し訳ない」
そう言って深々と礼をする。
「いえ、お顔をお上げください。『過激派』は、貴方たちの国の集団ではありますが、あくまで民が集まって出来た集団。いうなれば盗賊のようなものです」
「そういっていただけると助かります。こちらとしても、『過激派』の連中を抑えたいのですが、どうしても『世論』に負けてしまうのです」
「それは、神聖国の成りたち故に仕方のないものです」
神聖国は王国を嫌っている。
だから、『過激派』のような連中は神聖国の国民にとっては英雄のようなものだ。
神聖国の上が、外交上の問題を抱える恐れがあるからと彼らを潰そうとしてもそれは国民感情が許さないだろう。
一応、政治の長は『教皇』と呼ばれる宗教関係者によって行われるが、それは国民の選挙によって候補者の中から選ばれる。
『過激派』の連中を潰そうものなら、二度と『教皇』には成れぬだろう。
「ねえ、アイゼル。どうしてあの男の人は嘘しか言わないの?」
ふと、メイシュが小声で声をかけてきた。
「嘘しか言わない?」
「うん。さっきから本当のことなんて一つも言ってないよ?」
「分かるの?」
「うん。だって、それが私の『魔法』だから」
「……凄いな」
「本当のことを喋らせることも出来るよ。こうやって」
そう言って、メイシュは空中に魔方陣を描く。
「こちらが言うのもなんですが、穏便に済みそうでなによりです。神聖国に帰りしだい『過激派』の連中に釘をさし――――何で死ななかったんだ。この女」
魔法が発動すると同時に、男の目の焦点がふっと合わなくなった。
「せっかく高い金を払って『過激派』に依頼したってのにしくじりやがって。これじゃあ、計画を練り直しになるだろうが」
「……何を」
変貌した使者にサフィラは一歩引いた。
「メイちゃんが魔法を使いました。今の彼が喋っているのは真実です」
「ああ、クソクソ。どうして俺が王国の奴らに頭を下げなきゃいけねんだよ」
「今の状態で聞きたいことがあったら聞けばいいよー。多分、何でも答えてくれるから」
ドン引きした様子のサフィラに追い打ちをかけるようにしてメイシュが語る。
「本当、ですか」
「うん。とは言っても、この人が本当だと思っていることだけだよー」
「計画、とは何ですか?」
「決まってるだろ。王女を殺すんだよ。これで、王国は悪魔と語れない。悪魔がいなくなった王国など神聖国の敵じゃない」
「……っ!」
部屋にいた全員が、その言葉に戦慄した。
「……ッ!!」
その瞬間、正気を取り戻した使者の男が自らの舌をかみ切った。
「そっ、そんな!」
「馬鹿なことを……リーナ、治癒術式を。メイちゃんは王女を連れてこのことを報告してくれ」
「分かったよー。さ、行こう。お姫様」
「……はい」
ああ、面倒なことになったな……。
これは、国際問題に発展する。
下手をすれば両国間で戦争になりかねない話だ。
それを防ぐには、目の前の男からどれだけ情報を吐き出せるかにかかっている。
そう思いながら、アイゼルは目の前の使者の治療に取り掛かるのだった。