第2-8話 落ちこぼれ、そして決闘
結局、アイゼルの意志は無視され、サフィラに連れられるままに決闘場までやってきた。
日常的には使っていないため、少しばかりの清掃が要ったがそれは騎士団がやってくれた。
「ルールは簡単。この訓練用の木剣で相手に一発入れたやつの勝ちだ」
「真剣は使わないんだね」
「危ないからな」
ノーマンとの訓練では常に真剣を使っていた身からすると、肩をすくめてしまう。
だからと言って、手を抜く様な真似はしないが。
「さて、審判はこちらが務めさせていただくよ」
「誰でもいいよ」
アイゼルはそう言うと、背中に背負っていた二本の剣を外すとエーファに預けた。
「じゃあ、やろうか『落ちこぼれ』」
「そう呼ばれるのも久しぶりだ。いいよ。こっちの準備はもう出来てる」
両者はともに決闘場に入る。
目の前にいる騎士の身長は2メル近く。
鍛え上げられた筋肉が盛り上がって威嚇している。
イルムみたいだな……。
アイゼルはそう思いながら木剣を構える。
相対する騎士も剣を構える。
「王立魔術師学校の学生だからな、魔法くらいは使っても良いぜ」
「なら、そうさせてもらうよ」
『知覚魔法』を発動。
アイゼルの目の前に広がる七つの表示。
そのうち、一つが目の前の騎士の開幕攻撃予測。
そして残る六つが、有効打とされる剣筋だ。
「これって開幕決めてもいいのか?」
「出来るならな」
アイゼルの不遜な言葉に騎士は鼻を鳴らして笑った。
『随分と舐められているな』
(仕方ないよ。去年の僕たちはそれだけのことをしたし)
『しかし、イグザレアを倒したことで少しは名前も知られている物だと思っていたが』
(半年前の出来事だからね。みんなもう忘れちゃってるよ)
「始めっ!」
審判を務める騎士団の男が開始の合図を告げる。
アイゼルはその言葉を聞くや否や地面を蹴って肉薄。
装甲の分厚い肩に一撃入れると距離を取る。
遅れてあたりに重たい金属音が響き渡る。
「……何が起きた?」
「おいおい、見えたか?」
「いや、見えなかった」
「素早く移動したのか?」
騎士団の男たちが好き勝手なことをいいあう。
「これでいい?」
アイゼルは今しがた肩に一撃を入れた騎士を見る。
彼は何が起きたか理解できずにその場に立ち尽くしていた。
「……いや、駄目だ。お前はそこまで素早く移動しただけで一撃入れていないからな」
アイゼルの問いにようやく口を開いたと思ったら、目の前の男は大真面目な顔をしてそう言い放った。
「審判」
困ったアイゼルは審判を見る。
彼は何が起きたか理解できていない様子だったが、同じ騎士の言葉を信用したのだろう。
今の一撃に有効打判定は出さなかった。
「……いいの?」
「何がだ」
「今のは、一番痛くないようにしたんだよ?」
「馬鹿が。フライングだろう。お前の動きは」
「まあ、それならそれでも良いんだけどさ」
アイゼルは剣を構えると、再び『知覚魔法』に表示される剣筋をなぞる。
今度は誰にでも分かるように、わざわざ騎士の男と剣を斬り結んでから、それをからめとるようにして突いた。
「これでどう」
「……まだだ。まだ当たっていない」
「流石にそれは無理があると思う……」
が、審判は相変わらず有効打判定を出さない。
えぇ……。
まあ、仲間同士だから判定を甘くしてるんだろうけど、それだとこの人可哀そうなだけだよ。
「どうして判定を出さないの! どう見たって二撃も入ってるじゃない!!」
サフィラが審判に絡んでいる。
まあ、そりゃ絡むよね。
「どうして、と言われましても。攻撃が入っていないからですよ」
「いや、当たっているじゃないの!」
「当たっているだけでは駄目なのです。ちゃんと有効となる一撃ではないと」
有効だと思うんだけどなぁ……。
「だ、そうだ。『落ちこぼれ』の一撃はやはり軽いな」
「結構、重たいつもりだったんだけどね」
「こちらが避けたからな。お前の一撃は有効にはならない」
「まあ、何でも良いよ」
アイゼルがそう吐き捨てた時には、彼はもうすでにそこにはいなかった。
「……ッ!」
神速の移動。
正確には知覚魔法によって、人の意識の裏を移動しているのだ。
人間の意識には表と裏がある。
人の意識が裏になったタイミングで移動をすれば、人の目には瞬間移動したように映るのだ。
これは別に特別な技術ではない。手品などでよく使われている。
アイゼルにはそれを完璧に見分けるものを持ち合わせてはいないが、知覚魔法は別だ。
この魔法には、人の意識の裏を教えてくれる。
アイゼルの薙ぎ払い。
寸でのところで避けることが出来たのは、偶然かそれとも普段の訓練の成果か。
しかし、次いで繰り出された二連撃目は地面からすくい上げる一撃。
それを木剣で騎士はしっかりと受け止めるが、アイゼルの膂力に押し負ける。
「……そんな」
流石に筋力負けは予想していなかったのか、騎士の顔が曇る。
その瞬間に生み出される決定的な隙。
そこを狙いすまして、アイゼルは首に剣を突きつける。
そして、寸止め。
「……ッ」
「…………」
空気が張り詰め、誰もが言葉を失う。
「あんまり、力を誇示するのは好きじゃないんだ」
最初に、沈黙を破ったのはアイゼル。
「誇示しなければ、守れぬものもある」
そう言って、負けた男は剣を手放した。
「俺の負けだ。お前、名前は?」
「アイゼル・ブート」
アイゼルの言葉に、騎士団は騒然となる。
「アイゼル?」
「もしかして『知覚魔法』の?」
「紅竜を倒したって聞いたぞ」
「魔人を三体も倒したんだって?」
「序列を偽ってるって噂だったやつか」
それらを聞き流して、目の前の男は尋ねる。
「アイゼル・ブート? もしかして、イグザレアを倒したあのアイゼルか?」
「僕以外にアイゼルという名前を聞いたことは無いけど、僕がそのアイゼルだよ」
「通りで強いはずだ」
観念したように男は言う。
「俺の名はロイ。喧嘩を売ってすまなかった」
「いや、良いよ。騎士団の言い分も分かるからね」
そうして、二人は握手を交わす。
「ほええ、アイゼルって魔人を倒してたの?」
「そ、そうなの。アイゼル君は強いの!」
「何でエーファが胸を張っているのだ……」
「さっすがアイゼル! 私を守ってくれただけはあるわ」
サフィラがそう言って抱き着いてくる。
「姫様を守った?」
「あのデュバル様を倒した『過激派』を打ち払ったのか」
「おい、誰だよ。『落ちこぼれ』なんて言ったのは」
「もしかして序列が十位以内じゃないのか」
「いや、十五位のはずだ」
「……良かった」
あのー。
全部聞こえてますよ。
『何が良いのだ』
(うん?)
『今しがた、あの男が言っていたではないか。お前が十位以内でなくて良かったと』
(ああ。十位以内なら王家直属魔術師に入れるんだけど、そうなると騎士団の上司になっちゃうからね。だからでしょ)
『ははっ。これから序列が上がるかも知れないのに。たいしたものだ』
(気にしてないから良いけどね)
アイゼルは抱き着いて離れようとしないサフィラを剥がすと、騎士団に木剣を返しにいくのだった。