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第2-6話 夜、そしてサフィラ

「だー、もう疲れた」


 アイゼルは帰宅早々に魔劍をベッドに投げ入れる。


『俺を投げるな』


 ボスン、と音を立ててベッドに魔劍が沈んで行く。

 それに目も向けずにアイゼルはサラミを取り出してナイフで適度に切る。


「流石の王女様も、悪魔は怖いか」

『見たところ年齢的にはお前とそうは変わるまい。そんな中で自分の一生が決められているのだ。恐ろしいだろうよ』

「あの反発は答え合わせみたいなもんだな」


 アイゼルは適当に食事を終える。


 さっさと水を浴びて汗を流すと、灯りを消してベッドに入った。


『明日からは王城に行くのか?』

「ん、多分そういうことになるね」


 邪魔になる魔劍をベッドの脇に寄せる。

 これで寝ていてもいざとなればすぐに抜ける。


「僕は寝る」

『待て、客だ』

「は? 時間を考えろ」


 そうは言ってもアイゼルは『知覚魔法』を発動。

 ぼうっと、温度識別機能サーモグラフィーによって暗闇の中、人の位置を割り出す。

 

 確かに、グラゼビュートの言う通り扉の前に人影が見えた。


 仕方なくアイゼルは立ち上がると、扉を開ける。


「一体、こんな夜中に誰が――サフィラ?」

「……こんな夜遅くにごめんなさい」


 そこにいたのは、姿を隠したサフィラだった。


「……中に入って」


 少なくとも、外に放置していいような人間ではない。

 アイゼルは誰にも見られないように素早く部屋の中に連れ込む。


「……どうしたの」

「…………」


 サフィラはアイゼルの問いには何も答えず黙り込む。

 灯りを付けることもせず、ただ二人の間を月光が照らしていく。


 アイゼルは一度聞いた手前、もう一度聞き返すことも出来ずに黙り込む。

 

 何なの……。


「……怖いの」


 どれくらい時間がたっただろうか。

 ポツリとサフィラがつぶやいた。


「お父様は目に見えて体力を奪われてる。心も年々すさんでおられるの」

「……だから、悪魔と会話したくない?」


 アイゼルの言葉にこくりとサフィラは頷いた。


「十年前はとても優しかったお父様が、部下を殴ったり子供を物でも見るかのように見たり、民を人と扱わなくなっていったり……。もう嫌なの」

「嫌なら嫌と言えば良いんじゃないの? 王様にはたくさん子供がいるだろうに」


 その言葉にサフィラは首を振った。


「駄目なの。今いる子供たちの中で悪魔と喋れる“才”があるのは私だけなの」

「うん……」


 それで、僕にどうしろというのか。


「それで、その……あんまりこういうことを人に言うのはおかしいと思うんだけど」


 ひどく思いつめた彼女の顔。


「うん」

「私を……抱いて欲しいの」


 そうして、彼女はとても真剣な顔をしてそう言い切った。


「…………は?」

「いや、だからね、私を抱いて欲しいの」

「そこは聞こえてたよ! そうじゃなくて、何でそんなことを僕に頼むんだ!?」

「…………悪魔は、処女を好むっていうから」


 ……ああ。そう言えばそんな噂もあったな。

 最初に誰が言ったのかは定かではない。


 まだ五大悪魔との契約者の数が少なかったころの話だ。

 契約の代償として人間一人を捧げていた時、そう言った噂が流れ悪魔に処女の娘を捧げていたという話も残っている。


『誰が言ったのか知らないが、その話は嘘だぞ』

(え……。そうなの?)

『当たり前だろう。お前はゴブリンの処女に欲情するか?』

(いや、それはしないけど……)

『だろう。人間と悪魔は別種。これで人間に欲情する方がおかしいというものだ』

(うーん)


 分かるような分からないような……。

 何しろ、悪魔と人間の見た目はかなり似ている。


 人間はゴブリンには欲情しなけど、亜人にはするのだ。

 そこら辺を同列に語るのはどうなのかという話である。


「悪いけど、その噂は嘘だよ」


 しかしアイゼルはそれなりにグラゼビュートを信頼している。

 

 ので、サフィラには正直にそのことを告げた。


「噂でも何でもいいから縋りたいのよっ! 嫌なの! このまま悪魔に自分の人生を捧げるなんて嫌なのよ!!」


 サフィラの目にはわずかに涙が浮かぶ。


「もうしばらくしたら、『式典』が開かれる。そうなったら私は一生悪魔達と話続けないといけないの! もっとやりたいことがあるの。やり残したこともいっぱいあるの! もう、噂にでも縋らないとやっていけないのよ……」


 そう言って、彼女は泣き始めた。


 ポツリ、ポツリと水滴が一つずつ彼女の頬を伝っていく。


「気持ちは分かるけど、自分の身体は大切にしないと。もしこれで、うまくいかなかったらサフィラに残るのは後悔だけだよ」


 アイゼルはそう言ってサフィラの頭を優しくなでた。


 その瞬間、彼女は堰を切ったように泣き始めた。

 アイゼルはそんな彼女を抱きしめると優しく頭をなで続ける。


『ん、断ってよかったのか? 童貞卒業のチャンスだったんだろう?』

(いくら何でも弱ってる人間に付け込んでまで捨てるようなもんでもないよ)

『ふん。真っ当なことを言いおって』


 悪魔はそう言って鼻を鳴らす。

 

「大丈夫だよ。サフィラ、僕に出来ることなら何でもするよ」

「ひぐっ……アンタなんかに、何が出来るのよ! 悪魔なんかには関わらないで、悪魔と話すことの怖さも分からないで! 何も出来ないアンタに私の何が分かるのよ」

「そりゃ分かるよ。僕だって悪魔との契約者だからね」

『……おいおい、面倒なことを』

「……契約者? でも、『魔法使い』なんでしょ?」

「魔法使いでも、悪魔と契約くらいは出来るさ」


 そう言ってアイゼルは魔劍を見せた。


「黒い……剣」

「これは『魔導具』。中にいるのは『正一位オリジンズ』の悪魔だ」


 アイゼルの言葉にサフィラは首を傾げた。


「……へ?」

「グラゼビュート、なんかやってくれ」

『……とは言ってもこれくらいしかできんぞ』


 そう言って、ぼうっとアイゼルの真横にグラゼビュートが浮かび上がる。


「…………はぇ?」

「こいつは『貪食の悪魔(グラゼビュート)』。僕の契約者だよ」

「…………『正一位オリジンズ』の、悪魔……」


 サフィラはポカンとした顔でアイゼルとグラゼビュートの顔を何度も行ったり来たりしている。


「とは言っても契約者が僕しかいないけどね」

『俺は美食家グルメだからな』

「はいはい」

「……怖くないの?」


 気がつけば、サフィラの口からそう言葉が漏れていた。


「……始めは怖かった。けど、仕方なかったんだよ」

『よく言うものだ。俺に何度も救われている癖して』

「それについては感謝しているだろ?」


 と、悪魔と普通にやり取りをするアイゼルにサフィラは何も言えずに黙り込んだ。


『おい、そこの女』

「……サフィラです」

『サフィラ。気を張る必要はない。ちょっと癖の強い五人組という認識で大丈夫だ』

「……で、でもお父様はやつれていっているし」

『寝不足だろう。喋りすぎだ』

「「……えぇ」」


 あっさりと断定するグラゼビュートにドン引きする両者。

 

 しかし、グラゼビュートと少し喋って気がまぎれたのかサフィラの顔が最初の思いつめていた物からとても柔らかいものになった。


「ありがとう。アイゼル。少しは楽になったわ」


 そう言ってほほ笑むサフィラにアイゼルもつられて微笑む。


「それは良かった」

「また、明日。会いましょう」

「送っていくよ」

「大丈夫。こっそり抜け出したから貴方が来るとまた問題になるわ」

「そっか。なら、また明日」


 サフィラはアイゼルに別れを告げると扉から帰っていった


「珍しいな。お前が人を気遣うなんて」

『“才”がある人間は悪魔と喋ったりするくらいでやつれなどしない』

「なら今の王様は」

『無能なんだろう。だが、それなりにうまく回しているのだ』


 アイゼルはグラゼビュートがそんなことをいうことに少し驚いて、そして笑った。


『何を笑っているんだ』

「なんでもない。僕は寝るよ」

『ああ、それが良い』


 グラゼビュートはそう言って姿を消した。


 アイゼルはベッドにもぐりこむと目を瞑った。

 




「あーくん。あーくん。もう朝だぞ。遅刻するぞ?」

「んにゃ……。後少しだけ…………ソーニャ?」


 ……どっから入ったんだ。コイツ。


「起きたか。最近会ってないから心配して会いに来たぞ」

「それはうれしいけど……もっとノックとかしてよ」

「悪かった今度から気をつけるよ。ああ、それと」

「何?」

「この部屋から女の匂いがするんだが、どういうことか説明してもらっていいか?」


 アイゼルは神に祈った。

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