第2-5話 依頼、そして王女
「おめでとう。このクラスに依頼が舞い込んだわ」
教室にはいるやいなやローゼがそう言った。
「それ喜ぶべきなんですか?」
「ええ、だってこのクラスの株が上がるじゃない。去年はひどいもんだったわ……。Ⅵ組と言えば『落ちこぼれ』のクラスだと教務課で言われなかった日は無かったもの……」
「……ごめんなさい」
「まあ、それも過去の話よ。全員20位以内に入っているし中々優秀なクラスだわ」
「そ、それで、依頼は誰から、ですか……?」
エーファの言葉にローゼは大きく胸を張った。
「何とよ!? 第2王女様からの直々の依頼なの!」
「ねえねえアイゼル。第2王女って偉いの?」
「うん。だって次期国王って言われているからね」
「へえ、じゃあ偉いね」
『おい、国王は男しかなれないという法律はどこに行った』
(何年前の話をしているんだ……。国王になれるのは五大悪魔と語っても精神を病まない者って決まっているんだ)
『ほう?』
(別に王様の子供はたくさんいるよ。けど、子供の中で『才能アリ』といわれたのが第2王女だったわけ)
『なるほど。お前の対極の様な人間だな』
(まあね)
王様の子供で、才能もあって、将来は国王になることが決まっている。
文字通り、アイゼルとは対極の人間だ。
「それで、一体なんの依頼なんですか?」
「護衛よ。これから式典に向けて王家直属魔術師も『賢者』様も忙しくなるからね」
「四年生は?」
「みんな辺境任務か、国外に出払っているわよ」
「他のクラスは」
「授業があるじゃない」
「ああ、まあ……」
悪魔との契約者はある程度の魔術まで体系化されているため授業を受け、一定レベル以上の魔術師になることが確定している。
だが、生まれつきの魔術師。『魔法使い』たちは、体系化されておらず、それゆえに授業も難しい。何しろ魔法の種類は十人十色。千差万別なのだから。
イグザレアのように個人で国の軍事力と渡り合えるような化け物も居れば、一方でアイゼルのように平均に追いつくのに精一杯という人間もいる。
そのため、Ⅵ組は二年でほとんどの授業が終わる。後はひたすら実戦である。
「えぇ……。マジで僕らが王族の護衛をするんですか?」
「そうよ。だって私も受諾しちゃったんですもん」
「無茶苦茶だなぁ……」
「だってこの学校、王立なんですもの。ただの公務員である先生に逆らえるわけないでしょ」
「まあ、それは、そうですけども……」
「来年度の予算は君たちの腕に掛かっていると言っても過言じゃないから。じゃ、頑張ってきてね。流石に王城までの道案内はいらないでしょ?」
そう言って追い出されるようにして三人は教室から飛び出した。
「本当に王女様からの依頼なのかなー? 私たちが騙されてるだけだったりして!」
「そ、そんなこと……」
「無いとも言えないのがこの学校の恐ろしいところなのだ」
「あの先生、嘘つくときはすっごい分かりやすい癖があるから違うと思うよ」
「流石、よく見ているのだ」
「まあね」
「アイゼルは巨乳好きだからなのだ」
「殺すよ」
と、三人と一匹は他愛ない会話をしながら王城へと向かった。
とりあえず、半信半疑になりながらも王城の門を叩き警備をしている騎士団に事の顛末を伝える。
普通さぁ、こういう時って依頼状か何かを渡すものじゃないの……。
騎士団の人はとりあえず確認してくると返し、城の中に入っていった。
前回、アイゼルが王城に来た時には確かに招待状を受け取った。
あの時はガッチガチに緊張していたから覚えていないが、『賢者』からちゃんと報酬金と勲章をもらった。
本当に緊張していて何も覚えていないが、ただ『賢者』から漂う、なんとも言えない嫌な感じは覚えている。
そんな彼も今は他国に出張中ということで、アイゼルはだいぶ心に余裕を持って王城に来ることが出来た。
しばらく待っていると、奥に入った騎士団の人が出てきた。
「確かに、王女様からの依頼が届いておりました。どうぞ、こちらです」
アイゼルたちは王城の中を案内され、第2王女の部屋まで案内される。
「姫様、連れてまいりました」
「入っていいわ」
……どっかで聞いたことのある声だな。
「失礼します」
そう言って騎士団の男がドアを開けると、中にいたのはサフィラ。
「…………え」
サフィラって貴族の子供じゃないの?
「久しぶりね、アイゼル。あの時はお世話になったわ」
「……どういうことですか、アイゼル君」
「アイゼルがたらしだとは知っていたけどまさか王女にまで手を出しているなんて、驚きなのだ……」
「いや、違う違う。辺境任務の時に出会っただけだから」
「あの時はちゃんと自己紹介できなくてごめんなさい。私はサフィラ。サフィラ・フェルメール。この国の第2王女にして、悪魔と会話できるものよ」
そう言って彼女は自信満々に胸を張った。
だが、アイゼルは彼女が『悪魔と会話』と言った瞬間に生まれたわずかな声の揺らぎを聞き逃さなかった。
「何か質問あるかしら?」
サフィラは何事も無いように、優雅に座りながらアイゼルたちに言葉を投げかけてきた。
「……怖くないのか?」
「怖い? 何が」
「悪魔と喋ることが」
「怖いわけないでしょ!! 私にしか出来ない、私だけが出来ることなのよ? どうして、怖がる必要があるの」
「いや、何でもないです……」
怒鳴られるようにしてアイゼルは怒られたので、何も言わずにアイゼルは引いた。
『こうまで分かりやすい人間もそういない』
(そりゃ、今の王様を誰よりも近くで見てるんだから怖いのも当然だよ)
『あの、衰弱しているって人間か』
(ああ、年々やせ細っているらしいし)
『あれらと常に喋り続けているのだろう? それも当然だ』
(幾分と優しいな)
『俺は優しい悪魔だからな』
「他に聞くことはある?」
「はいはーい。彼氏っている?」
「いないわ。婚約者もいないわよ」
『む? 珍しいな』
(国王は結婚しないんだよ)
『何故だ?』
(だってそりゃ、国王になったらほとんど『対話の間』に引きこもるんだもの。政治はほとんど大臣たちがやるし……。それで家庭にも縛り付けたら可哀そうだよ)
『国民感情か。愛されているな』
(魔術はこの国の根幹だからね。魔術を与えてくれる悪魔達のご機嫌を取ってる王様はこの国にとって必要不可欠っていうわけだよ)
『俺には祭り上げられているようにしか見えんがな』
アイゼルはグラゼビュートの言葉に無言で返す。
それは間違いなく事実で、そして目の前の少女はそんな運命に囚われた悲しい少女だからだ。