第31話 戦いの終わり
「おはよう、あーくん」
「……おはよう」
両腕にぐるぐると包帯が巻かれ、病院のベッドに寝かせられたアイゼルはソフィアの助けを受けて身体を起こした。
「今日からようやくリハビリか」
「うん。やっと神経が脳に認識されたって言ってたよ」
あの後、アイゼルが倒れた直後に王家直属魔術師、二番隊『桜花』が駆け付けた。
アイゼルの仲間が逃げたとイグザレアが言ったのは嘘であり、彼らはちゃんと応援を呼びに行っていたのだ。
その後、重傷者のアイゼルはすぐにその場で応急手当を施されると王都へと運び込まれ、王立魔術師学校からメイベルを呼び出し三日三晩かけて治療が行われたらしい。
その甲斐あって、アイゼルの両腕は元通りになったし腹の穴もふさがった。
背中の火傷も痕は残るらしいが、命の危機に迫るような傷ではなくなった。
だが、腕を治したとしてもそれがすぐに動くとは限らない訳で、
「まさか一か月かかるとは」
「つくづくⅥ組で良かったと思ったよ」
「本当に、無茶ばかりする」
「そうかな」
「そうだとも」
「アイゼルさーん、起きてますか?」
「おっと、看護師さんだ。じゃあ、僕は行くよ。ソーニャ」
「うん、リハビリ頑張るんだぞ」
「ああ。ソーニャも頑張ってね」
いつもの朝のやり取りを終わらせて、アイゼルは腕を使わず立ち上がって、医者の元へと向かった。
これからリハビリが始まる。話によると通常ならば、一週間ほどで新たにつけた腕は使える様になるらしい。
「はーい。手を握ったり開いたりしてください」
そう言われるがままに手を握ろうとするが、ぶるぶると指が激しく震えて握れない。
「大丈夫ですよ。誰でも皆さん、最初はそうなりますから」
そこから五分かけてようやくアイゼルは両の手を握りしめることが出来る様になった。今度は手を開くのだが、こちらも中々思うようにはいかない。
でも、とアイゼルは思う。でもこれは、名誉の負傷だ。誰かを守った時についた傷なのだ。こんなことをリーナやソフィアに言ったら、『傷つかずに守れ』みたいなことを言われるだろう。それでも、アイゼルは誰かを守れたということが誇らしいのだ。
何しろ、ほら……。
「アイゼルさーん!!」
ゆっくりとだが、手を握ったり開いたりできるようになったころに、向こう側から一人の少女が走ってきた。
「シェリー、病院の中を走っちゃ駄目だよ」
「ごめんなさーい!」
そう言って笑う少女の顔は年相応の少女の顔に見える。
そう、彼女は笑えるようになったのだ。
シェリーは『桜花』によって保護された後、王立魔術師学校へと預けられた。その後、ローゼが彼女の身柄を引き取ることになった。彼女はとても強い。再び、シェリーの身柄が狙われるようなことがあっても返り討ちにすることが出来るだろう。
「アイゼルさんはリハビリ中?」
「そうだよ」
手を握ったり開いたりしてシェリーに見せてやる。最初は自責の念に駆られていた彼女も、アイゼルの一か月にわたる説得によってアイゼルの怪我に対しての責任感はかなり薄くなっただろう。この怪我は、アイゼルが望んで負った物。彼女が責任を感じる必要はないのだ。
「早く良くなってね」
「うん。大丈夫だよ。ありがとうね」
しばらくアイゼルはシェリーと喋りながらリハビリを続けた。
この一日だけで、簡単な手の動きはよどみなく出来るようになった。
案外、一週間で元に戻るというのは嘘ではないのかも知れない。
「アイゼルさん、お手紙ですよ」
病室で食事をとっていると、看護師が郵便物を運んできた。手紙? 僕に?
『紙なんて高級物、どうしてお前に届くんだ』
(さぁ……。とりあえず見てみよう)
アイゼルは看護師から手紙を受け取ると、開いた。
「…………え?」
『どうした?』
それは、手紙ではなく招待状。何でも『賢者』より直々に勲章が与えられるらしい。
『良かったではないか』
(うん、まあ嬉しいだけどさ……)
『何か不満でもあるのか』
(僕、賢者苦手なんだよね……)
『それくらい我慢しろ』
アイゼルは招待状を丸めると、ベッドの上に置いた。
そして、壁に立てかける様にしておいてある魔劍を手に取る。
『何だ、まだ気にしているのか?』
(まぁね)
あの日、アイゼルが目を覚ましたその日にハリベルからアイゼルは忠告を受けた。
「治療をした際に君の身体を調べさせてもらったが、体の一部部分に未知の存在がある。心当たりは?」
「……あります」
アイゼルが戦闘中になると表示される謎の数字。今は【6.7%】と表示されているが、それが原因なのではないだろうか。
「そうかい。それなら結構。大方、想像はつくが……あの剣だろう」
「はい」
「魔導具は人に恩恵を与えるが、逆に人から何かを奪うものもある。序列最下位、悪いことは言わない」
ハリベルは、ひどく言いにくいことを言うように顔を顰めた。
「もう、その剣を抜くな」
「……それは」
「これは医者からの忠告だが、君の言いたいことは分かる。まあ、どっちにしろ魔術師という生き方を選択するなら長くは生きられない。抜くか、抜かないかは君の判断にゆだねるよ」
「……はい」
今、6.7%を指している数字は、今のアイゼルがどれだけ悪魔に近づいているかという数字を示している。
この数字が何%を指したときにアイゼルの身体に決定的なダメージが生まれるのか、どの段階で取り返しがつかなくなるのか、『知覚魔法』は何も教えてくれない。
だから、抜くか抜かないかの選択肢はアイゼルに任されたということになる。
『だが、まあ魔劍に頼らないほどには強くなった方が良い』
(そう……だね)
『うじうじするな、ちゃんと決めろ』
グラゼビュートの物言いに笑う。
こいつは何も変わらないな……。
(抜かないことにするよ)
『そうか』
(勘違いしないでほしいんだけど、僕は別にあの数字が怖いわけじゃない。魔劍がないと、何も出来ない自分にもう辟易したんだ)
『うむ』
(だからさ、グラゼビュート。僕は強くなるよ)
『それが良い』
(強くなって、強くなって、これ以上不幸な子供を作らないようにするんだ)
『ははっ、御大層な夢があるじゃないか』
(だからさ、僕が困った時には力を貸してくれ)
『もちろんだとも』
これは、英雄譚。
学園きっての落ちこぼれと、封印された悪魔が織りなす物語。
臆病で、弱い少年と、悪魔に騙された悪魔の、そんな二人の英雄譚なのだ。
Go For the Next Stage!!!