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第30話 僕、そして魔劍

 その世界に、色はなかった。


 目を開けたその瞬間に、アイゼルは自分が死んだのかと錯覚した。

 だが違う。今、アイゼルの目の前にいる単調色モノトーンの男は、まるで全ての色を喰らったかのように白と黒と灰の色しか存在しなった。


「戦え」

「……無理だよ」


 グラゼビュートの言葉に、アイゼルはいじけたように答えた。


「戦えっ!」

「無理だってわかっているだろうっ! 誰よりも、お前が分かっているじゃないかっ!! 僕の腕はもう無い。身体も今ごろ焼かれてる!! 何よりも、あんな化け物に勝てるわけがなか(・・)った(・・)んだ!!」

「この馬鹿者がッ!!」


 そう言ってグラゼビュートはアイゼルを殴り飛ばした。

 地面を三回バウンドし、骸骨スケルトンの山に埋まるようにして、アイゼルの身体は止まった。


「勝てる、勝てないじゃない。勝ちたい(・・)のか、勝ちたく(・・)ない(・・)のか、どっちだ! 言えッ!!」

「……無理だよ…………。僕は弱いんだ。知ってるだろ……」

「だから、俺がいる」

「お前と、僕で何も出来なかったじゃないかっ!! 見てなかったのか? 光の速さで撃ち抜く魔法をアイツは連発出来る。太陽を生み出す魔法だって、まだまだ使うことが出来る。なのに僕たちに出来ることは何だ? 剣を持って戦う? 敵の動きが見える? これで、どうやって戦えるって言うんだよッ!!!」

 

 アイゼルの言葉に、グラゼビュートは静かにため息をついた。


「剣で戦うことだけが、戦いじゃないんだ。アイゼル」

「何だよ。精神的な勝利とでもいうつもりか?」

「見ろ」


 グラゼビュートが指を鳴らした。

 その瞬間に、この不可思議な空間の空に巨大な映像が映し出された。


 そこにいたのは、アイゼルの瀕死の身体を一生懸命に守ろうとするシェリーの姿だった。


「……来ないで」


 片足を奪われた少女は、アイゼルとイグザレアの間に入り込み両の手を大きく広げてイグザレアがアイゼルに触れられないようにしていた。


 とても、恐ろしいのだろう。

 だが、その体は見てわかるほどにガタガタと震えている。


「うーん……。王立魔術師学校アカデミーの学生だからねェ……。出来ることならここで始末しておきたいのだけど……」


 困ったように呟くイグザレア。


「アイゼルさんを殺すなら、私も死ぬ」

「それは困るなァ……」

 

 映像が、消える。


「お前は恥ずかしくないのか」


 悪魔の問い。


「……何が」

「あんな幼子に守られていることが、だ」

「……無謀だよ。それにシェリーは殺されないんだからいいじゃないか」

「お前……それは本気で言っているのか?」

「ああ、本気だよ。僕は放っておいてももう時期死ぬだろう。けど、シェリーは違う。あの子は死なない」

「お前は、本当に……呆れたよ」


 グラゼビュートの言葉は、しかしアイゼルの胸には届かない。


「お前は弱いが、もっと心は強い男だと思っていた」

「……買い被りだよ。僕は王立魔術師学校アカデミーで、三期連続で序列最下位ラストワンだった正真正銘の無能だ」

「だから、お前はもう少し『知ったほうが良い』」

 

 そう言った瞬間に、アイゼルの足元から水がわき始めた。


「『類感魔術』くらいは聞いたことがあるだろう。近しい属性を持つものは魔術的にも近しいのだと」

「あぁ……。うん」


 突然グラゼビュートが何を言い出したのかと思い、首をかしげる。


「お前とあの子の容姿は似ているし、何より魔法も『視る』ということで共通している」

「だから、何を言いたいんだよ」

「『視てこい』」


 そうグラゼビュートが言った瞬間に、アイゼルの身体は水へと沈んだ。




 


 


 そこに映っていたのは、彼女が『視た』自分の人生だった。


 過去を見た。


 少女アイゼルの目の前に見たことのない父親おとこと見たことのない母親おんながいた。

 ひどく、低い目線で二人を見上げているその子の髪は、金の色だった。


 母親は錯乱し、辺りにあるものを壊して回っていた。

 父親はそんな母親に疲れ、よく自分シェリーに暴力を振るっていた。


 その原因は、自分だった。


 過去を見た。


 村人たちから殴られた。石を投げられた。ゴミを投げられた。

 吊るされて殴られた。自分一人では何も出来なかった。救いなど無かった。


 その原因は、自分だった。



 過去を見た。過去を見た。過去を見た。




 そして未来を見た。


 全ては組織の言いなりだった。自分の中に感情はなく、意欲はなく、命じられるままに人を殺した。

 物を壊した。子供を殺した。必要と言われたら、簡単に身体を差し出した。


 そこに自分の意思はなかった。


 未来を見た。


 多くの人間が死んでいった。王家直属魔術師部隊ロイヤル・ウィザードとの激しい戦闘が続いていた。

 自分シェリーは死に場所を探していた。

 そして彼女は最強の魔術師けんじゃによって殺された。


 それが、彼女の人生におけるただ一つの救いだった。


 未来を見た。未来を見た。未来を見た。


 そして、訪れるべき近しい未来を見た。


 そこには自分を守ってくれたアイゼルが死んでいくさまが映っていた。

 自分は泣いて、泣いて彼の死を拒否した。





 そして現在いまを見た。




 その瞬間に、アイゼルはシェリーに自分がどう映っていたのかを初めて知った。


 アイゼルは、彼女にとって英雄だった。

 誰からも守られず、好まれず、疎まれてきた彼女にとっての救いこそが彼だったのだ。


 それが分かった瞬間に、まるで夢から覚めるかのようにアイゼルの意識は浮上してまた色のない世界へと戻った。


「どうだった」

「……戦えないよ」


 どうせ死ぬ。


「まだ言うか」

「腕が……無いんだ」


 どうやったって死ぬ。


「それがどうした」

「剣が握れないんだ」


 戦う意味なんて無い。


「それがどうした」

「戦えないだろッ!」


 だからっ……。


「よく聞けアイゼルッ!!!」

 

 グラゼビュートの怒鳴り声に、アイゼルは身を千々込めた。


「剣が壊れたのなら、拳で闘えッ! 拳が無いなら噛み殺せッ!! お前は、だろうがッ!!!」


 その瞬間に、何かが灯った。


「お前は一体、何のために努力してきたッ! 強さを目指したッ!!?」


 どうせ死ぬ。

 どうせ死ぬのなら…………。


「……ッ!!!」

「もう一度聞くぞ、アイゼル。お前は、アイツに勝ちたいのか。勝ちたくないのか。どっちだ」


 それは、アイゼルがもう捨てたと思っていた物だった。


「……たい」


 やがて、心に灯った炎はどこまでも巻き上がっていく。


「言えッ!!」

「勝ちたいッ!!!!」

 


 その言葉に、グラゼビュートが微笑んだ。



「良く吠えた。アイゼル、俺の名前を行ってみろ」


 グラゼビュートの姿が薄くなっていく。

 違う、この世界自体から切り離されていく。


「……『貪食の悪魔(グラゼビュート)』」

「ああ、そうだ。だから、俺は」




 ――お前が望むままに力を与えよう。









「やめてよぉ……。もう、これ以上アイゼルさんに攻撃しないでよ……」


 泣きながら、それでもアイゼルから離れないシェリーを見ながらイグザレアは頭を掻いた。


「面倒くさいなァ……」


 出来ることなら、禍根を残したくない。

 王立魔術師学校アカデミーの学生は一つでも多くの芽を摘んでおきたい。


 だからといって、シェリーをこれ以上傷つけることはできない。

 幼い彼女にはこれ以上の攻撃はショック死の恐れがある。

 これ以上は辞めておくべきだ。


 さて、どうしたものか……。


 そうイグザレアが考えを張り巡らせている時に、ピクリとアイゼルの身体が動いた。


「……ん?」

 

 不可思議に思った瞬間、イグザレアの胸が斬りつけられた。


「何だ!?」


 慌てて距離を取ったイグザレアの目に映ったのは――――手負いの獣であった。


 両の腕はとうに無く、腹に穴をあけ、背中に重度の火傷を負い、それでも強化された顎で『魔劍』を噛みしめイグザレアを斬りつけたアイゼルであった。


「まだ、戦うというか……」

 

 当然、心の中でアイゼルはそう答えた。


「だが、所詮はここで死ぬ男。そんな君に、敬意は払わぬよ。アイゼル」


 所詮は後一撃で沈む命だ。

 故にイグザレアは、この瞬間に全力を出すことを決意した。

 

 構わない。目でそう吠えると、アイゼルはさらに噛みしめる。


 両者は再び睨み会い、沈黙。


「駄目よ。駄目だよ! アイゼルさんは戦ったらいけないんだよっ!!」


 少女の銀の瞳が輝く。

 彼女が見ているのは、最後の英雄が死ぬ姿。

 人生最後の希望が潰えるその瞬間を、彼女は先に『視て』いた。


 それが、どれだけ恐ろしいことかアイゼルには想像もつかない。

 けれど、まだ10を超えたばかりの少女が全てを諦めてしまうまでに過酷な環境が、あってはならぬということくらいは分かるつもりだ。


 だから、


『アイゼル。よく聞け』

(何だ)

『お前の視界に表示されている数字は、5%を超えているな?』


 ふと視線をやると確かに数字の表示が【5.1%】となっている。


(ああ、超えている)

『なら、秘策がある。よく聞け――――』



 

(――それを、ミスればどうなる)

『死ぬ。どころか、最悪はお前がこの世界に存在したということすらも残らない』

(成功確率は)

『2%と言ったところか』

(上等。博打はそれくらいじゃねぇと、つまらねェ)


 アイゼルは刃を咥えたままニヤリと笑うと、一人の魔人と敵対した。


「『天炎イグニッション』」

「権能解放……」

 

 両者の莫大な魔力がぶつかり合って渦を巻き、地を割り、天を裂く。


「嘘……。あり得ない。そんなことって……」


 その刹那、シェリーが目にしたのは生まれて初めて未来(・・)が変(・・)わる(・・)瞬間だった。


 そして、両者が動いた。

 イグザレアが発動したのは絶対不可避の光速魔法。

 『煌白灼波ラアグ・エソォロ』の五発同時発射。


「……そんな、馬鹿な」


 次の瞬間、イグザレアの上半身が宙に舞った。

 しかし、アイゼルの身体に傷は一つもついてはいない。


 イグザレアの放った魔法はアイゼルをかすりもせず虚空に消えたのだ。



 これぞ貪食の権能、『因果暴食グラゼビュート』。


 その権能は、全ての結果という事象に対して存在する過程という幅を喰ら(・・)()ことによって、時間と空間と過程を無視して、世界を書き換え捻じ曲げる。

 そうして結果だけをこの世に顕現させるというまさに文字通りの魔法きせき


 此度アイゼルは、イグザレアを斬ったという結果・・をこの世に顕現させた。

 故に光の速さであろうと、神の速さであろうと、移動・・という過程を踏む以上アイゼルには当たるはずもなく。


 アイゼルはその場を駆けたのだ。


「ありえない」


 イグザレアは、分かたれた下半身を眺めながらそう呟いた。

 あり得ない。詠唱は絶対にこちらの方が速かった。


 いかに神速といえども人の身である以上、光の速さより速く動けるはずはないのに。

 己の技が最速であるはずなのに。


 ただ彼は、



 己が負けたということは、その場にいた誰よりも早くに理解した。



 アイゼルは、まず己が生きていることを知りそして自分が15メルの距離を瞬きする間に駆け抜けたことによって、『因果暴食グラゼビュート』が成功していたことに気がついた。


 イグザレアはしばらく何が起きたか理解していない様子だったが、流石に魔人といえども上半身と下半身を分離して長く正常状態アクティブでいられるほどの生命力はない。しばらくして、イグザレアは目を瞑り深い眠りに入った。


「……僕の、勝ちだ」


 アイゼルは剣を口から離すと、自分を呼ぶシェリーの声を聴きながらその場に崩れ落ちたのだった。

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