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第03話 転移

 朝、王立魔術師学校アカデミーに向かう途中で、神殿に並ぶ大勢の人間と出会った。


 「ああ、そういえばそろそろそんな時期か」


 アイゼルはそう呟いて、人込みの間を縫うようにして王立魔術師学校アカデミーに向かう。


 半年に一回、この国の人間は神殿・・に向かい自らと契約している悪魔に代償を捧げる。その代償は悪魔によって異なるが、共通しているのは自らの身体の一部であること。

 そして、契約者が多い悪魔ほど、代償は軽くなる。


 例えば国内で最も多い『嫉妬』の悪魔アヴァリタンは340万人の契約者がいるため、一人当たりが差し出す代償は通常の340万分の1だ。基本的には髪とか爪とかで良い。


 だから、普通はこの時期に合わせて散髪をしたり、爪を切ったりしてさっぱり小奇麗になったりするのはお約束で、


 「あー、足りないっ!」

 「どうする? お前の髪切るか? それとも爪にするか?」

 「……髪でお願いします」


 この時期に合わせて思うように髪が伸び無かったり、もしくは前回の散髪分を無くしたりして坊主になってしまうのも、またお約束だ。


 長髪の男が神官に髪を切られているのを周りの人間が笑いながら見ている。


 アイゼルは今まで一度もしたことが無い行為に少しばかりの羨ましさを覚えながら先を急いだ。


 王立魔術師学校アカデミーにつくと、既に数多くの学生が集まっていた。王城に勝るとも劣らないほどの立派な学び舎は、前『賢者』と今の国王が他国に劣らない魔術師の育成を目標に設立したものだ。


 魔術的に高い防御が施されており、また教師陣もこの国の中では『賢者』に引けを取らぬ猛者たちだ。故にこの学校は、この国で最も安全な場所と言われている場所の一つである。


 王国で15歳を超えた若者は男女、種族を問わずにこの学び舎の門を叩く権利が与えられる。そして、厳しい試験と面接を乗り越えた最も優れたその歳の魔術師120名がこの学び舎の門をくぐれるのだ。


 故に、皆エリート。落ちこぼれとて、王立魔術師学校アカデミー卒であれば食うに困らぬ職にはつけるだろう。


 ただ、落ちこぼれがそれをよしとするかは別の話だが。


 「はぁ……」


毎日の朝は、決まって憂鬱だ。


 アイゼルはその見た目により、ただでさえ目立つのに加えて序列最下位ラストワンだ。否が応でも目立ってしまう。何しろ三期連続で序列最下位ラストワンなんて学園史上始まって以来の落ちこぼれなのだ。同学年だけでなく、上級生や下級生にもその噂は知れ渡っている。


 曰く、今の二年の銀髪金目は無能だと。


 「校舎が別なだけましか……」


 そういってアイゼルが踏み込んだのは通常の学生たちが入っていく校舎の隣にある、別の校舎。この学園には、6つのクラスがあり、そのうち5つのクラスが本校舎で受け、1つだけ隔離されるようにして、別の校舎で受けるのだ。


 隔離されるような、ではない。隔離されているのだ。


 先天的に魔法を使える才能人たちは契約者たちにとってどんな影響を与えるか分からない。そうであるがゆえに、別の校舎に入れられる。


 本校舎で授業を受けるクラスは5つ。


 『傲慢』の悪魔ヴィアフェルと契約し、攻撃・制圧魔術に優れるⅠ組。

 『憤怒』の悪魔イライターンと契約し、身体強化・肉体付与魔術に優れるⅡ組。

 『嫉妬』の悪魔アヴァリタンと契約し、最も汎用的な魔術に優れるⅢ組。

 『色欲』の悪魔ラクシュメダイと契約し、精神干渉魔術に優れるⅣ組。

 『怠惰』の悪魔ピグフェゴールと契約し、治癒・防御魔法に優れるⅤ組。


 これにアイゼルたち2年生は、120人中115人が所属している。


 残りの5人は、それぞれが生まれ落ちた時より魔法の才に秀でるⅥ組所属である。


 「おはよー」

 「おっ、おはっ、おはようございます」

 「おはようなのだ!!」


 アイゼルに挨拶を返してきたのは一人の女子学生と、一匹のウサギに似ている謎の生物。

 彼女の名前は、エーファ・ラクトーニャ。白雪のように白く長い髪と、踊るような橙の瞳の持ち主だ。


 彼女は『召喚魔術』を扱う。いわゆる使い魔を召喚することが出来る魔術師だ。だが、アイゼルはこの学園に入学してからこの方、このウサギみたいな謎の生き物『リーナ』以外彼女が召喚したのを見た事ないが。

 しかし、召喚魔術の魔術師はこの国はおろか歴史上で見てもそうはいないレアな存在である。


 「他の三人は……今日も欠席か」

 「そうみたいなのだ!」


 基本的にエーファは無口で、アイゼルはもっぱらこの謎生物『リーナ』と会話している。この学校は試験さえ無事に突破出来れば別に文句は言われないので、他の三人はこの学園に入学してきて以来、サボタージュを決行しているというわけだ。


 噂では王家直属魔術師部隊ロイヤル・ウィザードで既に働いているだとか、もう卒業までの単位を取っただの、挙句の果てには教師が『色欲』の魔術師の幻覚を見せられているのだの、好き勝手な噂が流れているがどれが本当なのかは誰一人として知らない。


 多分、ローゼ先生と学長くらいしか知らないんだろう。


 「あっ、アイゼル……君」

 「アイゼルでいいよ」

 「エーファには名前を呼び捨てで呼ぶことなど出来ないのだ!」

 「せっ、成績、序列、どうだった……?」

 「いつも通りだったよ」

 「序列最下位ラストワンなのだ! あははっ!!」

 「いや、それが笑えないんだって。この学校、四期連続最下位だと落第らしい」

 「それは笑えないのだ。アイゼル、もっと頑張るのだ」

 「それで、エーファは?」

 「ひっ、103位下がりました……」

 「ってことは117位?」

 

 その言葉にこくりと頷く。


 あまりの落ち具合にアイゼルは何も言えずにしばし黙り込んだ。


 「まっ、まあ落第の恐れがないから良いんじゃないかな……」

 「落第の危険なんて普通無いのだ」


 リーナに正論で突っ込まれた。

 そう言われると弱いので、アイゼルは話題を変えることにする。


 「それにしてもローゼ先生遅いな。いっつも五分前には来てるのに」

 「きっと三期連続の序列最下位ラストワンがいるから学長と話をしているのだ。落ちこぼれを抱えると大変なのだ」

 「うるせー」


 いや、でも、その可能性もある。だって、昨日の面談で学長と話をするみたいなこと言っていたし。


 「やあやあ、ここが今のⅥ組(ごちゃまぜ)かい」

 「……誰だ?」

 「誰なのだ?」

 

 突然、教室に入ってきたのは紺のローブを目深に被り、己の顔を隠すようにしている男。ローブには強い防魔性が施されており、外側からの魔力攻撃のみならず、内側・・の魔力も抑えているのを、アイゼルはわずかに知覚した。


 「ふうん、そっちの坊主が『知覚魔法』の持ち主で、そっちの嬢ちゃんが……なるほど、これは面白い」


男はそう言うと、ふと息を吐いた。


「おっと、自己紹介がまだだったな。名乗るような名は無いが……そうだな、こういえばわかりやすいか。俺が、『賢者』だ」

 「……っ!」


 賢者。それはこの国で、最も優れた魔術師に与えられる称号だ。国中の憧れであり、そして国防の要であり、単独で国家の軍事バランスすらも崩してしまうとも言われている化け物に与えられる称号。

 いかにソフィアがこの学年で最強とは言え、この『賢者』には一太刀とて入れられぬであろう。


 「なっ、なんでここに賢者様がっ」

 「そうなのだ! きっと仕事をさぼったのだ!」

 「さぼってねえよ。ここの学長に頼まれたんだ。問題児たちを何とかしてほしいってな」

 「うっ……」


 アイゼルが呻く。

 絶対昨日のアレだ。それにしても早くないか……?


 「坊主、お前は一回『知覚魔法』の使い方を知るべきだ。それはお前ひとりじゃどうしても完結しない魔法だからな」


 賢者は、アイゼルの芯を見据える様にしてそう言いきった。


 「俺もあの『七冠』があってからこそ、賢者の位置にまで登りつめたわけだからな」


 七冠とは伝説級の魔導具のことだ。


 「そっちの嬢ちゃんは……俺がいうまでもないか。うん」


 賢者はそう言って頷くと、両手を掲げた。その後ろから三つの球がそれぞれ浮遊を始める。


 ……魔導具だ。


 魔導具とは、悪魔を封印して仮契約を結び簡易的に魔術を行使できるようになる物のことでいくつか階級が存在しているが、賢者のそれは最上級。


 「じゃあ、お前らを強くしてやるから、せいぜい死ぬなよ(・・・・)


 その言葉を最後にアイゼルの視界が暗転。真後ろに飲み込まれるようにして景色が遠のき、そして全ての視界がゼロになると同時に一気に目の前が開けた。


 「……ッ!」


 アイゼルの目の前にあったのは木。それも一つだけではない、視界全てを埋める様にして無数の木々が生えている。地面には土とともに足を埋め尽くすほどの植物。空は薄暗く、先ほどまで朝日を浴びていたアイゼルの目は目の前の暗さに適応するのにしばらく時間がかかった。


 「エーファ! アイゼル! 無事なのだ?」

 「あっ、ああ……」

 「こ、ここは……」


 アイゼル達がいるのは森。

 これは噂に聞く、『賢者』の転移魔術だ。

 

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