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第29話 戦い、そして敗北

 アイゼルは一瞬の迷いもなく『魔劍』を抜いた。

 敵は迷えるような相手ではない。抜かねば死ぬ。

 それを否が応でも教えてくれているのが、イグザレア・アラートという男だ。


「ぶっ殺す」


 アイゼルの中に渦巻くのは殺したいという純粋な殺害欲求。

 無論、それを見逃すグラゼビュートではない。

 しこたまにアイゼルの欲を喰らい、力に変換していく。


 アイゼルの全身が二倍にも三倍にも膨れ上がると、ふと元の大きさにまで収縮する。その後、身体から響くのは弓を引き絞るかのような怪音。

 アイゼルの全身の筋肉が、強化を受けたが魔術によって元の大きさに制限されているために、響き渡る音である。


 今までアイゼルの両目に表示アシストされていた五つのポップアップが爆発的に増殖。150を超える情報が一気に表示ポップアップ。そのどれもはイグザレアを殺すための剣筋ルートの表示。

 目の前の魔人をどう殺すかというその一点のみに注目された『知覚魔法』は、しかしどの剣筋ルートを選択しても殺傷率は30%以下を示している。


「これは戦いがいがありそうだ」


 アイゼルは魔劍を構えて、嗤う。


「目が変わったなァ……」


 一方、イグザレアも両手に魔力を集中させて、詠唱。


「『天炎イグニッション』」


 莫大な温度を誇る炎を、イグザレアが纏う。

 『知覚魔法』の表示アシストによると、あれは魔法のチャージに該当する魔法で、使うことにより威力を最大で5倍。術式展開を最大で3倍ほど速めることが出来るらしい。


 すなわち、この瞬間において両者は互いの首に剣を突きつけあっている状況にあるわけだ。


 だがしかし、どちらも動かない。

 アイゼルが今見ている表示アシストによると、どの剣筋ルートをとっても反撃をくらう可能性が100%。イグザレアを殺しきれる可能性は0%と映し出されているからだ。


 一方のイグザレアも、支援系の魔法使いであると断定したアイゼルからの思わぬ殺気に迂闊に手を出せなくなった。

 何しろ彼は、一度相手の実力を見誤り手痛い目にあわされているのだから。


 ごうごうと燃える炎が否応なしに両者の体温を上げていく。

 一つ、大きな木片が爆ぜアイゼルとイグザレアの間に落ちた。その瞬間にアイゼルは動いた。


 身体強化によって研ぎ澄まされた刃のように鋭く、イグザレアに飛び込む。


 炎によって一時的に狭まった視界の奥から飛び出してきたアイゼルに、反応出来ないようでは『正二位アルファ・セカンド』にはなれぬだろう。

 思わぬ急襲に、灰の目をわずかに見開いて驚いた表情を見せたイグザレアは、だがしかし振り下ろされた魔劍に左の掌を合わせると短く詠唱。


「『放焔バースト』」


 刹那、左の掌から発生した爆発によって剣の筋はずらされ、あらぬ方向を断ち切る。

 地面に剣を叩きつけたアイゼルは、こちらに迫りくる魔人の右手を確かに見た。


「『紅灼焔爆掌クリムゾン・マオ』」


 その瞬間に、アイゼルは確実の己の死を悟った。


 故に、こちらに向かって踏み込んでくるイグザレアの足を魔劍で貫きそのまま切り払って、全力で身体を傾ける。自身の身体のわずか数センという距離を灼熱の掌が擦過してわずかに火傷。

 そのまま、バランスを崩したイグザレアは右手を地面に着けた――その瞬間、地面が大きく沸騰・・すると同時に弾け、巻き散る。


 『知覚魔法』によって飛翔物の軌道は全て予想できるので、避けられるものは全て回避し、当たりそうなものは魔劍で弾く。

 アイゼルの視界の端では爆発によって体勢を立て直したイグザレアが詠唱しているのが見えた。


「『天炎イグニッション』」


 再び、その両の腕に炎が溜まる。


 イグザレアは一撃一撃の攻撃が重たすぎる。

 まだ二発しか発動していないのにも関わらずアイゼルは息が上がってしまっているのだ。


「これはやべェな……」

『無策に挑むからだ。落ち着いて、相手の動きをよく見ろ。勝てばお前は、一生かかっても使いきれぬほどの金と、『正二位アルファ・セカンド』の魔人を倒したという名誉が付いてまわるのだ』

「……それはそそるなァ」


 グラゼビュートが提案した言葉に、アイゼルの心の中にある欲望が喚起され、それを喰らってグラゼビュートはアイゼルの力へと変換していく。

 だが、足りない。

 アイゼルの勝利に対する欲望。グラゼビュートを殺して足りたいという欲望。そして承認欲求は遥かに常人をしのいでいるものの、足りない。


 それではあの魔人イグザレアには届かない。


 どんどん顔が険しくなっていくアイゼルに対して、今の攻防によってアイゼルの力量を大まかにだが判断できたイグザレアの顔は明るい。

 自分が全力を出さずとも勝てる相手であると判明したからである。


 しかし、それでも彼は全力でアイゼルをねじ伏せる。

 彼をねじ伏せればシェリーは全ての希望を断たれ、彼らの言うことを遵守することになるだろうからだ。


 だが、アイゼルには当然のごとくそれくらいのことは分かっている。

 だからこそ、自分は負けられないし、勝たなければいけないのだ。


「あァ、そうだ……」


 イグザレアが両の手を合わせる。


「少し、本気で行こうか」


 そう言った瞬間に、イグザレアが魔法の発動体勢に入る。呼吸が出来なくなるまでに濃厚な魔力が周囲を満たすとアイゼルとイグザレアの中心に収束し、一つの光点を作り始める。


 詠唱の直前に、アイゼルの両目に表示アシストされたのはこの場一帯が蒸発し、壊滅するという結末。

 三重の身体強化によって跳ね上げられたアイゼルの筋力が地面を穿って地面を平行に飛翔する。

 目的は一人の少女シェリー。遠く離れた場所からこちらを見続ける少女の身体を抱き上げると、もう二蹴りで距離を取る。


 その瞬間に、遅れて詠唱。


「『陽熾焔燼爛燕ミニモ・エソォロ』ッ!」」


 そこに生まれたのは極小の太陽。表面温度は摂氏六千度。中心部の温度は一億にも達する恒星をイグザレアは生み出した。


「焼き熔けろ」


 そう言って嗤ったイグザレアの笑みにアイゼルは背筋に悪寒が走るのを感じた。


 ……やばいッ!


【緊急事態】

【回避推奨】


 そう言って入り込んできた『知覚魔法』によって表示されたイグザレアの攻撃範囲はアイゼルの視界全て(・・)


 こんなの避けきれる訳がねぇッ!!


 悟ったアイゼルは地面にシェリーを置くと同時にその上から覆いかぶさった。刹那、極小の太陽が爆ぜた。


『歯を食いしばれッ!!』


 グラゼビュートが残っていた力の全てを使って防御魔術を展開。

 耐熱、耐衝撃の魔壁を生成すると、アイゼルと太陽の間に三枚生成。

 『正一位オリジンズ』とは言えども、契約者は一人に加えて、封印中というデメリットが合わされば『正二位アルファ・セカンド』の攻撃も満足には防げない。


 三枚の防壁もいともたやすく壊されるが、それでもその威力は大幅に減衰する。アイゼルは背中に熱波をもろに受けると、歯を食いしばって耐えた。

 アイゼル一人なら、ここで逃げることも可能だったろう。だが、シェリーは逃げられない。


「何で、何で私を助けたのっ!?」

が、王立魔術師学校アカデミーの学生だからだっ!」

「でっ、でも他の人たちは逃げたんだよ! アイゼルさんも逃げればよかったのにッ!」

「うるせえッ! 子供ガキなんだから、黙って守られてれば良いんだッ!!」


 これ以上、不幸な子供を作ってはいけないのだ。

 これ以上、生まれもった魔法で不幸になる人を生み出してはいけないのだ。

 

 アイゼルは、そのために強くなりたかったのだから。


「威勢がいいねェ……。威勢がいいのは良いけども、それには実力が伴わなければ滑稽だ」

 

 こちらに嗤いながらやってくるイグザレアを見ながらアイゼルは剣を構えた。

隙は無い。だが、攻撃出来ないわけでは――――、


 そう、構えた瞬間にアイゼルの左手が爆ぜた。


「……はっ!?」

 

 突然のことに、脳が理解を拒んで痛みを認識できない。


 何をされた? 『知覚魔法』には、何も表示アシストされなかった……。


『撃ち抜かれたんだ……』

(……どういうことだ)

『……分からぬ。だが、今確かに奴の手元が光った』

「……何をした」


 腕から血は垂れない。

 『知覚魔法』によると、左手の断面は高温の物体で焼き切られたかのように焦げているのだという。

 原因はイグザレアの魔法。

 だが、『知覚魔法』に表示アシストされない魔法などこの世界にあるのだろうか。


「まァ、私もこの五年間。遊んでいたわけじゃなくてね。ある魔法を身に着けたのさ。ほら、この通り。『煌白灼波ラアグ・エソォロ』」


 その瞬間、キラリとイグザレアの右手が光る。

 その瞬間に放たれた光の線はアイゼルの腹部を貫通した。


「……ッヅ!!」


 息をのむ。内蔵をやられた痛みと、腹が焦げ付く痛みでアイゼルは微かに唸った。


「見通しが良くなったなァ」


 光の速さで放たれる魔法。『知覚魔法』は詠唱をされてから、初めてその軌道を予測する。

 故に、詠唱から発動までほとんど空きがなく、また発射されてからアイゼルに着弾するまでほとんど時間を取らないこの魔法を読み取るのは不可能といえた。


「シェリー……逃げろっ」

「やだ、やだよぉ! アイゼルさんがいないとやだぁ!」

「俺じゃあ、勝てないッ! 逃げるんだ……!!」


 シェリーが、泣き始める。


 この状況から挽回する方法は、何か無いのか。

 どうすれば良い。どうすればアイツに勝てる。


 アイゼルは左腕を失い、腹部にも穴が開いている。

 また背中の火傷は今すぐにでも医者に見せなければ命に係わる大怪我だ。

 だが、相対するイグザレアは無傷。


「『天炎イグニッション』」


 再び、イグザレアが詠唱。魔法おおわざの準備に取り掛かる。


 駄目だ、もうチャンスはここしかない。


 アイゼルは素早く腰につけている大針を二本引き抜くと、身体強化された指で器用にイグザレアに向かった発射した。そして、それに便乗してアイゼルは疾走。


 もう、これしかない。ここで決めるしかないのだ。


「うぉぉぉおおおオオオオオオオオオオッ!!!」

「ヤケを起こすか」


 飛翔する針にイグザレアは何も対処しなかった。


 ……塗ってあるのは即効性の麻痺毒。終わりだッ!


 アイゼルがそう構えた瞬間に、放った針はイグザレアの手前一メルで溶けて蒸発した。


「……そんなッ!!」


 くそ、くそくそくそ!!!


 勝てない……! 俺では絶対に、勝てないッ!!!


 隠れる場所も無く、フェイントをかける余力も無く、アイゼルは愚直なまでにまっすぐイグザレアに向かって剣を振り下ろす――――途中で、イグザレアに腕をつかまれた。


『アイゼルッ!!』


 グラゼビュートの声を、どこか他人事のように聞きながら、


 「『放焔バースト』」


 アイゼルの右腕が吹き飛んだ。


「……ぁぁぁあああああああああっ!!!」


 魔劍が宙を舞う。 

 どうして自分がここまで戦えたのかが、分からなくなった。

 どうして勝てる訳もない相手に挑んだのかが分からなくなった。


「終わりだよォ」


 そう言って、イグザレアは片手の上に魔力を集めて極小の太陽を生成した。


「……あぁ」


 この期に及んで、アイゼルの漏らしたのは情けないまでに小さな諦めの声。


 勝てるわけがない。

 勝てるはずがない。


「僕は何も守れないっ……」

「遺言はそれでいいのかい?」


 四つの太陽が生成。アイゼルの周囲を囲みながら熱量を増していく。

 せめて、シェリーだけは……。


「……逃げろ」

「逃がすわけがないだろう」


 その瞬間、シェリーの右足が撃ち抜かれた。


「やめろっ! やめてくれ!! その子に手を出すな!」

「おかしなことをいう」


 イグザレアは首をかしげる。


「君が弱いのが悪いんじゃないか」


 その言葉をアイゼルが理解した瞬間、彼の心の中で何かが決定的に壊れる音がした。

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