第27話 強者、そして未来
森に飛び込んだアイゼルに真っ先に飛びかかってきたのは、スピードタイプの影貌Aだった。
知覚魔法によって背後の影貌Aの動きを手に取るように把握できるアイゼルは、一歩ズレることで影貌Aのタックルを回避した。
シェリーとアイゼルごと轢き殺すつもりの攻撃を回避されたことで影貌Aはそのまま木にぶつかって、へし折ってしまう。
「怖っ」
そうは言うものの、アイゼルは一切を気にした様子を見せずに森の奥へと入っていく。
木々を、地面から罠のように伸びる根っこを、腐葉土を踏み超えひたすらある場所を目指す。
その瞬間、空を埋め尽くしたのは熱を持った黒い雲。
『避けろッ!』
(分かってる)
アイゼルの両目に映ったのは、そこら一体を赤く埋め尽くす攻撃有効範囲。
左端のほうに小さく魔術の名前と効果が表示されている。
この魔術の名前は『火炎劫嵐』。
有効範囲内に収まっている物を骨も残さず焼き尽くす。
恐ろしいのはその有効範囲。
なんと最小半径150メルが、この魔術の攻撃範囲となる。
故に、この場においてここから逃れることはアイゼルには不可能。
だから、アイゼルはそのまま川に飛び込んだ。
シェリーもそれを察して大きく息を吸い込む。
アイゼルが川に潜ると同時に魔術が発動。
川の底から、辺り一体を焼き尽くすほどの地獄の炎を眺める。
『危なかったな』
(あぁ……)
アイゼルは川の底を蹴って川岸にたどり着くと、そのまま一番近くにいた影貌Bの足首を掴むとそのまま川に引きずり込んだ。
無論、向こうも抵抗するが今のアイゼルには身体強化魔法がかけられている。影貌、それも女性体の力で振り払われるようなチャチな筋力はしていない。
影貌の足が川に触れた瞬間、白い蒸気を発生させながら水に触れた影貌の身体が蒸発していく。
アイゼルそのまま全力で影貌の身体を水に引きずり込んだ。
影貌Bは苦悶の声を上げ、蒸発してしまった。
影貌は水に触れられない。
それが何故そうなるのか、どうして触れられないのかなど分かる人間はこの世界にはいない。
だが、そうなるという結果さえあればそれでいい。
魔術師タイプであった影貌Bが死んだことで明らかにAとCの動きが停まった。
それもそうだろう。水に触れられない影貌たちにとってBの存在は川に入ったアイゼルを攻撃する唯一の存在。
それが死んだ以上、アイゼルとシェリーに攻撃を加えることは出来なくなったというわけだ。
「シェリーはここにいて」
「アイゼルさんは……?」
「倒してくるよ。あの二体とも」
「そんな……」
「大丈夫、信じてくれ。僕は王立魔術師学校生だよ?」
「うん……」
あまり信じていないような顔をして、シェリーは頷いた。
ソーニャが言えば恰好もつくのだが、やはり序列最下位が言うと恰好もつかない。
アイゼルは川から上がると、二体の影貌と向き合った。
その瞬間を狙いすました影貌Aの攻撃。
まっすぐ踏み込んでこちらにやってくる何一つとしてひねりのない攻撃に、アイゼルはため息をつきながら彼の足を魔劍で強かに打ち付けた。
勢いを殺すことなくバランスを崩した影貌はそのまま川にダイブする。
音と悲鳴を立てて、影貌Aが消えて行く。
見える。敵の動きが驚くほどに見える。
『知覚魔法』の情報表示量が5つになったことで戦闘がぐっと楽になった。
それだけで人類の天敵である影貌相手に楽勝を決め込めると思い込むほどにアイゼルは楽天主義者ではないが、しかし二か月前の自分とは比べ物にならないほどに強くなっている。
『男子三日合わざれば、なんとやらだが本当にお前は強くなったな』
(おだてるな。これからだ)
『分かっている。気を引き締めていけ』
アイゼルの目の前にいるのは一体だけガタイも力も段違いの影貌。
アイゼルは魔劍を構えた。影貌Cも格闘技のような構えを取る。
……コイツ。
人間並みの知能を持つ影貌だが、人間の技を使う個体はそうはいない。
何しろ、彼らには教師がいないからだ。彼らのほとんどは我流か、もしくは今まで戦ってきた冒険者の使っていた構えの見よう見まねを取る。
つまりは、誰かがこの影貌と戦ったときに格闘技を使ったのだろう。
はた迷惑なことである。
果たして、先に踏み込んだのはアイゼルであった。
愚直なまでにまっすぐの突き。それを半歩ズレることで回避した影貌の掌底がアイゼルの鳩尾に叩き込まれるよりも先に、影貌の腕をからめとった。
それをそのまま逆関節へと向けることで腕をへし折る。
その瞬間に生まれる決定的な隙。影貌Cは回し蹴りでアイゼルの脇腹を強かに蹴った。
「……ぐっ!」
すかさず間に魔劍を挟んだが、勢いを殺しきれずにアイゼルは弾き飛ばされるようにして宙を舞うと、燃え尽きた木々にぶつかって停止。
追撃の踵落としをアイゼルは地面を転がって回避する。
立ち上がると同時にアイゼルは一刀を振り下ろす。
それを腕を十字状して防ごうとする影貌だが、流石に片方折れた腕ではアイゼルの剣を十分に防ぐことが出来ずに、もう片方も折れた。
好機ッ!!
アイゼルはそのままぐるりと回転しながら影貌の脇腹を魔劍で強打。
悲鳴を上げながらも折れた腕でアイゼルを掴もうとしてくる。
そのしぶとさにアイゼルは感激しながらも、
「終わりだよ」
その腕をつかむと、背負い投げで影貌の身体を川に叩き込んだ。
残心。
『強くなったではないか』
(身体強化魔術と、知覚魔法のおかげだよ。僕は何もしていない)
『それがお前の力でなくて何なのだ』
(…………)
「アイゼルさん、強いね……」
シェリーがアイゼルのことを見つめ直したのか、先ほどと打って変わって上機嫌になっていた。
「まあね。さ、村に帰ろう」
「うん」
今まで見せたことの無いような顔を見せてシェリーが笑った。
そう言えば、シェリーの笑った顔を見たのはこれが初めてかも知れない。
そんなことを考えながら、二人は手をつないで森を抜けた。
アイゼルが村に入った瞬間に、ふと言いようのない違和感を覚えた。
今のは、何だ?
その瞬間、知覚魔法の表示が表すのは可視化したこの村を覆う巨大な結界。
その用途は、中に入ったものを外に出さないこと。
「アイゼルさん……。逃げて」
震えるシェリーのその銀の瞳が、より一層深みを帯びて輝いている。
その顔も先ほどまでアイゼルと一緒にいた時のような笑顔ではなく、何をみたのか恐怖に歪んでいる。
……何かを『視て』いる?
彼女の目に映っていたのは膨大な炎と、刃に貫かれるアイゼル。
そして、それらを泣きながら見ている自分の姿だった。
「ほゥ、影貌三体を差し向けたが生き残ったのか」
「誰だ」
低く、唸るようなアイゼルの誰何の問い。
その言葉に、緑髪の死んだような灰の目の男は答える。
「君に名乗るような言葉はないよ。ああ、けど」
「逃げて、アイゼルさんは逃げてっ!!」
シェリーが叫ぶ。彼女の能力が、アイゼルの決定的な敗北を視た。
刃に貫かれる彼の呼吸が、体温が、血液がどんどん失っていく様を見ていることしかできない自分を『視た』。
「その子を渡してもらおうか」
ここで、少しばかりシェリーの能力について説明しよう。
彼女の魔法は【未来視】ではない。
彼女の魔法は無限に広がる未来の一つを視た後、その未来を自身へと引き寄せる魔法。
すなわち、因果を捻じ曲げ己が望む未来をつかみ上げる奇跡。
そんな彼女がアイゼルの死を見たということは、
それは、絶対のことである。