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第25話 異変、そしてシェリー

 「……臭いがおかしくない?」


 早朝。ノーマンが火急の用事で王都に帰った翌日のこと。

 微かな腐敗臭を村の方からアイゼルがかぎ取った。


 「どういうこと?」


 ふと呟いたアイゼルにダイムが反応した。


 「村の方から……変な匂いが」

 「そう? 私には何も臭わないけど」

 「……?」

 

 ニーナにもシェラにも分からないみたいだ。

 アイゼルも気を抜けば臭いをたどれなくなるほどに微かな臭い。

 でも確かに臭ってくる。


 【魔物(Monster)?】


 知覚魔法ですらも疑問形だ。よく分からないなら表示しなくていいって……。


 「気になるなら、戻ってみなよ」

 「まあ、戻るまでそんなに時間かからないし、戻ってみるのもアリだな」

 「うん、俺たちも行ってみるよ。村の人たちにはお世話になっているし」


 四人は顔を見合わせると村に向かって走り出した。

 五分も走らないうちに、腐敗臭はひどく強くなってきた。

 流石にほかの三人も気が付いたのか、顔をしかめて村への歩みを速める。


 【警戒態勢】

 【周囲1500メル内に500体を超える魔物を発見】

 【緊急事態】

 【魔物の数が増大中】

 【襲撃対象はラトシュ村】


 ラトシュ村は今回の合宿でお世話になっている村のことだ。

 だが、どうして急に魔物に増え始めたんだ。


 村が視界内に入った瞬間に、村に襲い掛かる魔物とそれに対抗している村人たちの姿が見えた。


 「おおっ、学生さんたち!」

 「加勢しますっ!」

 「助かるっ!! 村中が襲われているんだ。急に村が襲われるなんて……。だから悪魔の子をここに置いておくのは嫌だったんだ……」


 村人が悪態をつく。


 「ダイムはここで加勢してくれ、ニーナは東に、シェラは西に行ってくれ!!」

 「分かったわ」

 「…………」


 こくりと、シェラが頷く。知覚魔法に表示されているのは村の地図。

 そこには、村人が緑のアイコンで、魔物が赤のアイコンとして表示されていた。

 それらがごちゃ混ぜになって、村中にあふれている。


 「……北にしたのは失敗だったかなあ」


 アイゼルは背中の剣を確かめる。

 この三日間、森を走り続けて身体の重さをどちらかに寄せてしまうのは悪手と判断して、背中に付けることにしたのだ。


 魔物は、村の北を目指している。


 「……ダイムに行ってもらえばよかったよ」


 アイゼルは剣を鞘ごと外した。


 


 村の北にいる魔物数はおおよそで250体。魔物の半分が北側から襲い掛かってきていた。


 「そこのバリケードが破れます。誰か回ってくださいッ!」

 「ダメです! その怪我のままで戦わないで下がって!!」

 「新しく魔物が来ます!! 200メル先、大きな岩の奥からです!」


 アイゼルは知覚魔法によって表示される情報によって村の北側で指揮を執ることにした。戦いながら故に、正確な指揮は出来ないし被害が分かっているのに指示を出せないこともあるが、それでもアイゼルが来る前よりもだいぶ楽になっていた。


 知覚魔法の真価は攻撃に使うことではない。防御に使うことではない。全てを知覚し、処理するだけの能力があるならば支援に回るべきなのだ。

 アイゼルは皮肉なことに修行の成果を今痛感していた。

 3つのアイゼルには出来なかったが5つのアイゼルなら他人に情報を回すだけの余裕がある。

 それに加えて足腰を鍛えるトレーニングを三日だけだがみっちりやった結果、知覚魔法によって道のりを表示しなくても自らが歩むべき道が分かるのだ。


 その分、一つ別の情報を表示できる。


 『まあ、その、何だ……』


 必死になって剣を振り回していると、ふとグラゼビュートが声をかけてきた。


 (どうした?)

 『鞘を付けたまま振り回していると変人に思われるぞ』

 (今、それを言ってる場合かよ!!)


 アイゼルはゴブリンを殴り殺して、一息ついた。あいも変わらず魔物はこの村を襲っているがそれでも最初にアイゼルが来た時に比べればかなり数が減っている。

 

 「どうして、こんなことに……」

 「悪魔の子が引き寄せてるんだよっ!」

 

 アイゼルの呟きに、コボルトとの格闘をし終えた男性が叫んだ。


 「悪魔の子?」

 「この村にはいるんだよ。不幸を呼び寄せる子供がっ! どうせ今回の奴もソイツがやってるに違いねぇ!!」

 「不幸を呼び寄せる?」

 「ああ、ソイツに関わった連中は軒並み不幸になっちまう。今じゃ親も匙を投げてこの村のどこかで暮らしているよ」

 

 不幸を呼び寄せるとはどういうことだろうか。



 (特異体質かな?)

 『何故、俺に聞く。だが、まあそうだな。生まれ持った魔法のせいか、あるいは悪魔憑きか』

 (悪魔憑きなら知覚魔法が教えてくれる)

 『ふうむ。なら、生まれ持った魔法の影響かもな』

 (……なら、その子に責任はない。僕たちが助けるべきだ)

 

 「その子の、特徴は?」

 「あん? これくらいの背に、一度みたら絶対忘れねえ金の髪に銀の瞳の女だよ」

 「……シェリーか」

 「知ってんのか? だったら話は早い。アンタのその何でも見通せる『眼』でアイツを殺してきてくれよ。もう二度とこの村に災厄を持ち込まないようにな」

 「……考えておきますよ」

 『殺すのか』

 (そんな訳ないだろ)

 『だろうな』

 (あぁ……。どんな理由があっても、不幸になっていい子供なんて居ないよ)


 気が付けば、魔物の数は目に見えて減っていた。

 やはりバリケードによって魔物が村に押し寄せて来れる数を制限できたのは大きかった。


 知恵の回る魔物は迂回して東か西から村に入って来ようとするが、そこにはニーナかシェラがいるから問題は無い。


 魔物の軍の多くを占めている群体の魔物たちには、迂回するという発想が出てこないため、狭い入り口から一生懸命に入ろうとしてくるのだ。そこを撃破していけば村人たちでもたやすく倒せる。

 

 流石は辺境の村人と言ったところだろう。


 辺境の村において、魔物に襲われても誰にも助けを求めることが出来ない。

 辺境で暮らすなら、己の身を守れるだけの力を付けよ。とても、有名な言葉だ。


 助けがない故に、自らが信頼できるのは己の力のみ。


 だから彼らは初級の冒険者よりも強いのだ。


 そして魔物の数が減った以上、アイゼルがここに留まる意味はない。

 他の場所へ向かおうとしたが、ふと視界に表示されている魔物の位置がおかしなことになっているのだ。


 皆、一斉にこの村から手を引き始めている。


 「……?」

 『どうした』

 (魔物が、この村から逃げてるんだ)

 『……ふん?』


 グラゼビュートもその魔物の動きは予測できなかったのか、疑問符のついた唸り声が返ってきた。


 「違う。こんなことしてる場合じゃない。【知覚せよ】」

 

 そう言って視界に浮かび上がるのは大きな半透明の矢印。


 それはアイゼルがこれから向かうべき場所を示している。

 

 「……行かなきゃ」


 いま魔物が引いているということを伝えて、アイゼルはその場から立ち去った。

 家の間を縫うように移動してたどり着いたのは一つの建物。

 そこにはたった一人しかいないことが分かっている。


 アイゼルはノックもせずにその建物の扉を開けた。


 「シェリー」

 「……王立魔術師学校アカデミーのお兄ちゃん」

 

 その中にいたのは金の髪に銀の目を持つ少女だった。


 「どうしてここが分かったの?」

 「僕も君と似たような『魔法』を持っているからだよ」

 「どうして……ここに来たの」

 「あの魔物の狙いは君だろう?」

 「…………助けて」

 

 心の奥底から振るいだした声がアイゼルの鼓膜を穿った。

 アイゼルの知覚魔法がその全てを見抜いていた。


 魔物は村を襲っているのではない。

 原因は分からないがシェリーを狙っている。

 だから幼い彼女には、何も出来ずに納屋に隠れるしかなかった。


 そして、この惨事が起きた。


 「何があったのか、僕に教えてくれ」

 「私は、悪魔の子じゃないよぉっ!!」

 「知ってる。だから、落ち着いて何が起きたのかを教えてくれ」

 「……昨日、変なおじさんが私に会いにきたの。仲間にならないかって言われて、でもなんだか嫌な感じだったから断ったの。そしたら……」

 「そしたら?」

 「おじさんが何かを唱えて、時間がたったらまた会いに来るっていって消えたの。それから魔物に襲われ始めて……。お願い、信じて……」

 「うん、信じるよ」

 「はぇ?」


 シェリーはその言葉をアイゼルが信じないとでも思っていたのか、アイゼルの返答が飲み込めず素っ頓狂な声を上げた。

 アイゼルが彼女の言葉を信じた理由は単純だ。


 知覚魔法が彼女の体に刻まれた『魔術』を見つけているからだ。

 それは『色欲』の権能にこそ可能な業。


 『魔物寄せの魔術』が彼女の身体にかけられていた。


 無論、それも普通の物ではない。

 時間が立てばたつほどにその効果を強めていくという風に変えられている。

 

 故に、解呪も簡単だ。


 アイゼルはシェリーの掌に触れると、ゆっくりと魔力を流して魔術の弱い部分を探していく。

 うぅ……去年の冬に王立魔術師学校アカデミーでやった解呪訓練トラウマを思い出すぅ……。

 あれは教師ローゼによってかけられた1時間経つと即死する魔術を1時間以内に解呪するという訓練だった。しかも時間がたつほど体力が奪われて、集中力も途切れていって……。


 もうこれ以上は考えないようにしよう。


 あの時ローゼにかけられた魔術よりも解除するのは遥かに簡単だった。


 「うん、これで『魔物寄せ』の効果は無くなっているはずだよ」

 「ありがとう……。お兄ちゃん、あの、名前を教えて」

 「アイゼルだ。僕の名前はアイゼル・ブート。よろしくね」


 そう言ってアイゼルは彼女に手を差し出した。シェリーは奇妙な物でも見るかのような目でその手をしばらく眺めていると、やがてアイゼルの手を取った。



 そして次の瞬間、村中へと爆音が響き渡った。

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